Ep.5 邪魔をしないで
草津さんの言う通りだった。草津さんにアリバイがあれば、その事実を知っていたのは部長だけか。
いや、違う。まだ彼だけが知らなかったことを証明できていない。僕が反論しようとしたところを先に梅井さんが歯向かった。
「ちょっと、待って! 草津くん! さっき、白百合くんが君を呼んだってことは、白百合くんや他の人も事情を知ってるんじゃないの!? そこんところ、白百合くん、どうなの!?」
疑問を向けられた白百合探偵は笑いながら、首を横に振る。
「わたしは草津くんがトイレなどで容疑者の石井達也と接触する可能性があるから、単に怪しい約束をしたり、怪しい独り言を聞いたりしたかも、と思っただけです。草津くん、わたしには一回もこの話題について聞いてませんよね?」
草津さんは親指を立て、彼の話に同意した。
「おお。これが初めてだぜ。こんな話、別にする必要もねえし、他の人に話してねえからよ。それに、あの禿げ教授が自分の予定をいちいち無駄に話すとは思えねーし。アイツしか教授がいることを知らねえんじゃないか?」
彼の言葉を信じるのであれば、部長が一番怪しく思えてくる。そう考えている僕の顔をチラチラと見てくる梅井さん。「何ですか?」と問うと、当然梅井さんは部長を信じないかと尋ねてくる。
「達也はきっと、やってないよ! たぶん、口裏合わせなんかじゃないの? きっと、そうだ」
「でも証言を嘘だという確たる証拠がないですから。このままだと言いがかりになってしまいます」
「そ、そんなぁ。このままじゃあ、達也が」
「ううん……」
梅井さんは「そんなに達也が信じられないの……?」との一言。僕の胸に鋭いナイフが刺さったかのような感触を味わった。
以前、僕は信じた人物が犯人であったことに衝撃を受けた。あの悲しみをもう二度と味わいたくないと絶望した。ただ、逆に信じた人であるのなら、犯行を止められるとも思っていた。だけれども、今の彼が起こしている奇行の正体が分からない限り、信じられないのだ。
どうして、そこまで愛のために執着するのか。その強さは殺意に繋がらないものなのか。
「……分からないんですよ」
そう僕が答えた途端、梅井さんは草津さんに食って掛かっていた。
「嘘はやめてください。達也はそんな人じゃありません! 達也は人殺しなんかじゃありません!」
瞬時に部屋に怒声が響き渡った。
「何だとごらぁ!? 俺の言うことが信じられねぇんか!? ああ……!?」
赤葉刑事もきょとんとしてしまう程の迫力を醸し出す草津さん。皆が皆、怯んでいる中、梅井さんは一人抗っていた。
彼女の声もまた部屋の中で
「だって、おかしいじゃない! 何でそんな時間の犯行が限定されるって言うのに、殺人を犯すの!?」
「殺人犯の考えることなんて、知るかよっ!?」
「殺人犯なんかじゃありませんっ!」
「殺人犯だよっ!」
彼等の怒鳴り声に頭が痛くなってきた。どう止めるべきか分からないが無駄だと言うことは分かる。単に梅井さんがエネルギーを浪費しているだけだ。
証拠のない主張で水掛け論を初めても全く意味がない。いや、それどころか、僕達に不幸をもたらすようなものだ。
その間に白百合探偵は「わたしはもう少し調べたいものがあるので」と出て行ってしまい、これ以上反論ができなくなった。それどころか、代わりに女子が二人入ってくる。
梅井さんが一旦、草津さんとの口喧嘩をやめ、その名を呼んでいた。
「確か、貴方達は……別府ゼミの有馬さんと箱根さんだったかな」
有馬さんと呼ばれた女子大生はほぼ初対面なのにも関わらず、僕に突っかかる。
「あのさ! さっきから外から聞いてたんだけど何か別府が死んだとか、どうでもいい話で白百合の邪魔をしてるみたいね。やめてくんないっ!」
人の死について軽んじていることに僕はたいそう腹が立った。それでつい売り言葉を買ってしまった。
「やめてくれって、どういうことですか! これは疑問を言ってるだけなんですよ!」
「そんな疑問どうだっていいわよ! そもそも犯人が誰かなんてこそ、どうでもいいの!」
「どうでもいいって……!?」
「それよりも白百合には大切な仕事があるんだから!」
「事件よりも大切な仕事……?」
僕がその発言が嫌に気になった。有馬さんは手元から一枚の紙を取り出し、僕達に提示する。
「これよ! これ! うちの愛猫探してるっての! この猫!」
上にある写真には白と黒のぶちがある子猫がいた。あら、可愛いと隣で赤葉刑事が呟いている。
僕はそこから気付いたことを口にした。
「つまり、白百合探偵はその仕事を請け負っていて、この事件に集中されては困ると」
「そういうこと……!」
「でも、こっちだって……困るんですよ。事件の真実をハッキリさせないと」
「ハッキリも何もこっちの方が大事よ! うちの子に何かあったら、アンタが責任取ってくれるの!? この世の中、何があってもおかしくないんだから!」
有馬さんに睨み付けられている間、僕は喋ることができなかった。この点については否定できるものがない。そもそも、彼女との話だって今は何の生産性もない。僕はそのままスルーして、事件現場から立ち去ることにした。
今は一人でじっと考えたい。
部長が本当に犯人なのか。
彼がほとんど初対面と言える人に対してそこまで敵意を向けられるものか。単なる好奇心なら、妹である美伊子か、それ以上に持っている。ストーカーをしても、おかしくないのか……いや、もしかしたら、ストーカーになった理由は違うものがあるのではないか。
例えば、誰かを助けようとしていた。
誰かの敵意を感じ取って、被害者である別府教授を守ろうとしていたのであれば納得がいく。または別府教授から誰かを守るために見張っていた、それもあり得ない話ではない。
きっと、彼がやっていないと分かる時が来るはずだ。
今は彼を疑いながらも、信じなくては。やはり、彼は僕がよく知っている彼だと思いたい。彼を信頼する自分のことを信じたい。
決意した瞬間に後ろから、誰かの声が聞こえた。
「……信じるって……君さぁ、探偵なんでしょう? 探偵なら、もっと人を疑いませんか。君は探偵として失格なんじゃないかな。友人だからという理由で人を信じて、さ。ああ、最も嫌いな探偵だ。君は」
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