Ep.4 絶対不可避の証言

 梅井さんが眉をひそめ「えっ」と口に出す。


「信じてないの? 達也のこと……」


 彼女はどうやら僕が信じているものばかりだと思っていたらしい。しかし、僕はそう甘くない。今の状況で部長の犯行をただ根拠もなしに否定はしない。

 ただ、今ここに部長の性格や状況を考えると、摩訶不思議な部分が見つかったから指摘するだけである。

 気になったのは、僕達が入室した際に見た光景だ。

 遺体が運ばれた後の事務椅子を指差して、説明していく。


「部長ってそんな綺麗な性格だとは信じてないんです……梅井さんと部長には悪いんですが、もっと、ガサツなイメージの人なんで。それなのに、何で椅子は倒れていなかったんでしょう」


 赤葉刑事が詳しく聞いていく。


「どういうこと? 椅子が倒れていないのが……」


 あまり状況を想像できていないようだから、犯人の真似をすることにした。僕は椅子に近寄って、そこに人がいるかのようにコードで首を絞めるポーズを取った。


「こうやって、持った電子ポットの電源コードを引っ張るとどうしても被害者も抵抗したことでしょう。椅子が倒れたり、場所が動いたり。はたまたはその辺りの資料やパソコンが落ちてもおかしくないはずなんです」


 梅井さんは僕の説明に納得してくれた。


「そっか。でも、入った時は特に荒らされてるようなこともなかったし。椅子も普通だった。ここで事件が起きたとしたら、何でこんなにも片づけられてるのか……おかしいのよね」


 そこでやっと白百合探偵の反論が飛んでくる。待ってました。


「そんなの、達也くんが直していっただけのことでしょう。考える必要もないと思いますが」


 その考えは甘いと言わせてもらいたい。僕は全力で彼の考えを否定する。


「でも、不思議ですよ。真犯人で電話もこの場から離れてからしないといけない程、焦っていたんでしょう? 何で、落ちたものを直さないといけなかったんでしょうか? その間に偶然誰かが来てしまえば、犯人として疑われること間違いないはずなんですが」


 白百合探偵はそこまで言われて、手を上げる。これぞ、お手上げか。部長を散々怪しいと言った割には潔く、自分のミスを認めるのかと安心していた。そんな僕の心に油断が登場。

 彼が次に取る行動を読めていなかった。


「じゃあ……仕方ないですね。もっと怪しいってことを言えるかもしれない人がいるかもしれないんです……同じゼミの人なんですが、呼んでもいいですか?」


 何かするつもり、かは分かった。ただ、どんな証言を用意しているのかは分からない。部長の犯行シーンを目撃した人物がいるのであれば、もっとハキハキと声を出すような気もするし……一体。

 今は考えていても仕方ない。彼が新たな証人を呼ぶ前に確かめておくべきことがある。

 部長の消息だ。梅井さんが既に何度か電話を掛けていた。


「……繋がらない」


 それが逆に彼女の不安を煽っていたらしい。こう思うに違いない。犯人だから、怪しいことをしているから出られない、と。少なくとも白百合探偵はこの件からも部長を怪しく思っている。

 こちらがメールを送っても既読は付かない。

 

「部長は何をしてるんだか……怪しくないなら、電話に出てくれ」


 なんて願っているうちに結構な時間が経っていた。白百合探偵が呼んだという背の高い男子学生が部屋に入ってきた。少々目付きが悪く、近くにいるだけで威圧感を覚えてしまう。第一印象はかなり恐ろしいものであった。

 赤葉刑事の方は怖気ず、事件のことについて何か知っているのかを尋ねている。


「で、貴方が白百合くんと同じゼミ生の草津くさついずみくんだね」


 優しい態度を取っているにも関わらず、逆に草津さん傲慢的な対応をする。


「ああん? そんなこまけぇことどうでもいいから早く言わせてくれ! こちとら、折角遅めのランチで……レストランで一発でかいクレームを入れてる最中だったのに!」


 第二印象最悪。ただ白百合探偵は穏やかに話し掛けていた。


「まぁまぁ、お願いします。わたしの顔を立てて」

「分かったよ。お前には借りがあるしな」

「お願い」


 草津さんは床に唾を吐いた後、事件について思い当たることを証言し始めた。


「その達也とやら、だろ? 一昨日だったか。あの禿げ教授をトイレの中まで追いかけてきたんだよ。俺は個室の中、アイツら二人は小便器の方だったから、話だけ聞いてたんだけどよ」

「そこで……何が?」


 赤葉刑事の答えにとんでもない話題がやってきた。これは、僕……ではなく、梅井さんにとって非常に衝撃的なものだった。


「今日の十五時に来てくれ。いつもはいないけど、その時だけはお前のために時間を作ってやる、とな」


 赤葉刑事はまだその話を理解できていなかったらしい。彼女だけが表情を変えなかった。

 梅井さんが驚いた意味。それは部長しか犯行があり得ないと証明されてしまったから、だ。この事件、犯人が散らかったものを悠長に直していることから、かなり犯人に余裕があると見える。たまたま訪れた人による、行き当たりばったりや衝動的な殺人だとは考えにくいのだ。

 殺意を持ってこの部屋に尋ねたとしても被害者の教授がいなければ意味がない。かといって、辺りをうろついて教授が来るかどうか待っていたら、他の人の目に付く可能性がある。

 余裕を持って犯行をするには教授が何時なんどき、この場所へ来るか知っていないといけない。唯一知っているのは、被害者とトイレでやり取りをしていた部長と聞いていた草津さん、だけみたいだ。

 一応、僕からも彼に確かめてみる。


「他にトイレに人はいなかったんですよね?」

「何だぁ、お前?」

「とにかく答えてください! お願いします!」


 白百合探偵も「聞かせてあげてよ」と言ってくれた。つまり、この証言で部長を有罪にできる自信が彼にあるのだ……。


「ああ。男子トイレには他に人がいなかったなぁ」

「で、その時間を知っていた貴方はレストランに……遅めのランチって言うのは」

「十三時っ位からかなぁ。そこから二時間はずっとレストランでゲームやってたわ。店員も何度か呼びつけたし、見てるだろ……ああ、アリバイって奴を確かめたかったんだな? たぶんだが、殺された時間はずっとレストランかデパートの中だぜ……つまり、教授がいる時間を知っていたのは……そいつしかいないんだよな?」


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