Ep.3 あいつこそ、最悪な真犯人

 すぐさまこの大学にパトカーが到着し、死体の第一発見者となった僕達。当然、警察からの事情聴取をその場で受けることとなった。

 顔馴染みの刑事、赤葉さんがまた僕達の担当をしてくれる。


「二人とも、よく事件に巻き込まれる性質だね……」


 梅井さんは腕を抱えて「嫌な体質です」とのこと。僕の方は苦笑いで応じるしかなかった。

 ふと白百合探偵の方を見る。どうやらこの中に彼と知り合いの警官はいなかったらしい。不満そうな顔で、ここにいる警官に対する嫌味をポツリ。


「あれ……警部がいませんね。貴方達だけで大丈夫なんですか?」


 赤葉刑事がその言葉に「あらあら」と生意気な子供を宥めるような声を出す。


「君は別府邦弘くにひろ教授のゼミの子だよね。何か警官にでも分からないようなことが見えたのかな?」


 一度、彼は僕達を嘲笑うような、黒い表情を見せつけてきた。僕の体が熱を持つ。

 白百合探偵の本性がここで現れた。彼は自分の方が警官よりも役立つと言わんばかりの様子で推理を口にする。


「この事件は簡単です。犯人は、この氷河くんの先輩である石井達也で間違いありません!」


 部長が犯人……?

 僕は全く口を開かなかったものの、隣にいた梅井さんと赤葉刑事が「ええええ!?」と同時に声を合わせて驚いていた。

 そこが彼に舐められる原因とも知らずに。


「あれ? 警官の人は彼もご存知で? その驚きようからして、かなり親しいってことが伝わってきますね」


 赤葉刑事はすぐに首を横に振って、自分の意思を明らかにした。そして、何故彼を犯人と決め付けるのか尋ねていた。


「うん。確かに知ってるよ。よく事件現場で顔を合わせるし。でもね、近しい人間だからって真実は決め付けないから安心して。それよりもどうして達也くんが犯人に?」


 彼はまず、ストーカーのことについて雄弁に話り出す。そこには探偵としての威圧感があった。


「まず、動機の面からです。調べれば分かるでしょうが、別府教授は評判がよくありません。確かに恨んでいる人物は何人もいますが、殺す程ではありませんでした。もし、そうだとしたら、とっくに彼は殺されています」

「そっか。じゃあ、達也くんには他と違う動機が?」


 赤葉刑事も大人として、刑事としての誇りを失わないためか、胸を張っている。頷きながら、手帳に彼の話を書き記していた。


「ええ。彼にはそこにいる梅井さんの仲を否定されたって理由があります」


 動機についての発言に彼女は違和感を指摘した。


「それも、殺す程じゃなさそうな気がするけど」


 ただ、僕達は知っている。そこまでやるのかと疑問に思う彼の常軌を逸した行動を。白百合探偵は事情を伝えていく。


「でも、彼の様子はおかしかったです。自分も見ていましたが。そのことを訂正させるよう何度も付きまとっていた……あの回数は異常です。精神がおかしくなっていたかもしれません。いえ、かもではありませんね。刑事さんの言葉を聞いて、ピンと来ました」

「こ、こっちの言葉が?」

「ええ。先程おっしゃられたのを聞きましたよ。彼とは事件現場で何度も何度も遭遇すると。つまり、死体ばっかり見ている彼なら精神異常の気が見られても、不思議ではないですね」


 僕はまだ彼に意見すべきではないと口を閉じていた。しかし、梅井さんの方が彼の推理に我慢できなくなったのか、異論を飛ばす。


「ちょ、ちょっと! 知らない人のことを勝手に決め付けるのは……。前の事件でも、彼は普通だったよ。別に心が壊れてるような様子は見受けられなかったし」

 

 そんな彼女の元に視線を向けた白百合探偵。人差し指を左右に振りながら、嫌味を口にする。


「そんなの一回一回分からないんですよ。前はこうだったから、次はこうじゃないとは断言できません。そんなのが成立するのは、推理漫画位です。もっと現実を見てください」


 いちいち癪に障る行動を見せつけられるも今は、耐えるべき。その推理にある無茶苦茶な点を最後の最後で指摘するのだ。そうすれば、推理の最後で自信満々、絶好調状態の探偵に特上の恥を掻かせられるだろうから。

 梅井さんを俯かせた白百合探偵はそのまま推理を続けていく。


「で、状況の方を語らせていただきましょうか。動機だけじゃ無理でしょうから。じゃあ、何で彼は通報しなかったんでしょう?」


 そこで僕は予想もしない言葉が出て、心の中だけで戸惑った。通報のことは考えていなかった。

 赤葉刑事はその推理に不思議がる。「通報は二回あったよ」と。


「ねぇ、最初の一つは君達だけど、二つ目はたぶん、焦ってたけど男の子だって情報が……だから一応、通報したと思うけど」


 その疑問に「そういう意味じゃないんです」と彼は口にする。


「死体を見たら、すぐに通報が当たり前ですよね」

「そ、そりゃあ……」

「二回目の通報があったみたいです。しかし、わたし達はずっとこの事件現場にいましたが、後からその達也くんがこの事件現場に入ってるのを見てないんですよ。つまり、先に彼は死体を見たはずなのに、どうして、真っ先に通報しなかったんでしょうね」


 梅井さんがまた顔を上げて、反論しようとするが、彼はまだしていない発言をすでに見抜いていた。


「通報するものがなかったとは言わせませんよ。あんな目立ったところに罠として置いてあった携帯があったじゃないですか。あれはパスワードも電源もちゃんと入ってます。何で、これを使わなかったんでしょう……。ああ、死体を見て錯乱した訳じゃないってのは、さっき貴方が教えてくれましたよね。死体には慣れてるって」


 梅井さんは声にならない高い声で呻いている。白百合探偵の言う通り、なのだ。部長は自分のスマートフォンを持っているはずなのに、どうしてすぐさま通報しなかったのか。

 彼は人差し指を自身の頭に当てて、推測を喋っていく。


「できなかったのは、何か工作……いえ、彼が真犯人で。少しでも時間を空けて、通報した方がいいと考えたからでしょう。まぁ、彼が怪しいことは間違いありませんよね」


 彼の持論を聞いて、今が反撃の時か。


「……いいですか?」


 彼に発言の許可を貰おうとする。すると、彼は当然意地悪な言葉を一つ投げかけてきた。


「いいけど。君の大事な先輩だから、だからやらないって言うのは成立しないよ」


 僕は頷き、淡々と意見を告げていた。


「ええ。当たり前です。僕は誰だって疑います。彼だって完全に無実だと、白百合探偵の話を聞いて思えませんでした。ただ……信じてないからこそ、です。信じてないから気になることがあるんです」






 


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