Ep.2 彼こそ、素敵な探偵だ
何か、とても嫌な予感が漂った。神経が酷く刺激されるような、この感覚。今までの探偵相手にはない威圧感がヒシヒシと伝わってくる。
それも探偵と名乗った瞬間から、だ。今まで会ってきた探偵達は皆、素人と呼べる位のひよっこ達。
僕が探偵に警戒していると、白百合探偵の方から声を掛けてきた。
「どうしました? そんなに睨んじゃって……わたしの顔に虫でも付いてます?」
そこで言われて容姿のことに注目した。もしかしたら、彼の高潔な風貌や声が探偵としての魅力を引き出しているのかもしれない。探偵は聞き込むことも仕事のうち。相手も探偵が素敵な顔や体付きをしていた方が話しやすいだろう。よくミーハーな女子がイケメン相手にべらべら個人情報を喋ってしまうなんて話も聞く。彼は探偵として僕達とは違う段階の立ち位置にいる。無意識にその点を察知していたのかもしれない。
僕はそう思って敵意を無くそうと考えたが、元々自分が探偵嫌いなのを思い出した。最近は事件を解く方が先だと探偵となれ合っていたせいで、僕の目的のうち一つを忘れていた。
この世にいる探偵を全滅させる。
それが目的であり、自分のアイデンティティでもある。彼も殲滅すべきリストに入れて、共に行動しよう。ちょうど良いところで挫折させられるよう、努力しよう。取り敢えず、失敗させることが挫折への近道だろうか。試してみよう。
そう心に決めて、彼に協力を願った。
「まぁ、顔に力が入り過ぎてました。すみません……部長の捕獲を手伝いましょう」
「いきなり協力的になったね」
鋭い指摘が入る。こちらに裏切ろうとしている意があることをそのまま伝えれば、用心してしまうだろうから、適当に真実を混ぜて、嘘をつく。
「いえ。自分も今までしてきたことを考えると人に迷惑ばっか、考えていましたので。こういうところで人の役に立てたら嬉しいなって」
「いい心掛けですね……では、早速、うちの大学に行ってみましょう。そこに罠が仕掛けてあります」
彼はどうやら、既に罠を作っていたらしい。何だか探偵の思い通りに動くという状況に腹が立ちそうになるも、これは良い機会だと考えることにした。もし、その罠が正常に機能しなければ、彼に文句を言える。
一体、どんな罠なのかと尋ねてみた。
「罠って」
「研究室近くにメモと携帯を一つ置いてあるんです」
「えっ、携帯ですか?」
「ええ。一つ、わたしの携帯を使って。そこには別府教授が話を聞いてくれると書いて、ね。その携帯電話を持ったところで君の先輩はジ・エンド。GPSで追跡可能という訳です」
「ああ……」
そこまで聞いて、足を引っ張る作戦ができないと考えた。彼の行動を失敗させるためには電話の電源が切れるのを待つしかない。そこまでの時間稼ぎができる方法を思いつかないし、できたとしても彼が失敗したことにはならない。時間を有益に使わなかった僕が責められる羽目になる。
今は彼の言葉に従い、絆みたいなものを作る。別の事件で裏切って、彼の権威を失墜させるしかないだろう。今回の作戦は諦め、彼の言葉に従うことにした。
「で、一応、わたしのスマホから確認できるんだけど、まだ携帯は動いてないな。ううん。ねぇ、一回確かめに行ってもいいですか? 電源が切れちゃったのかもしれないし。そのまま電源を切って持ち逃げしたのかもしれないですし」
「……え、ええ」
「もしかしたら、部屋の外で待ってるかもしれないし。梅井さん、ええと、虎川くん、君達で説得できるように一緒に来てください」
僕と梅井さんはその頼みに頷き、近くのバス停まで歩く。そこからはバスで白百合探偵達が所属する
バスは昼間なので、そこまで混雑はしておらず。僕達はゆっくり座ることができた。白百合探偵が僕と梅井さんとは離れた座席でスマートフォンを見続けている。その間に白百合探偵の情報を集めとかなくては。
「あの、梅井さん」
「何?」
「白百合探偵って、本当に私立探偵みたいなことをしてるんですか?」
「ええ。そうね。あの大学でサークルみたいに一室を借りて、依頼者が来るのを毎度毎度待ってるのよ」
「へぇ。で、人気なんですか?」
「一応ね。何人か依頼してるの見てたし、忙しいみたい。まっ、そのおかげで彼に歌のモデルを断られて。結果としては……君や知影ちゃん、達也に会えたんだから、良しとしなきゃ、かな」
「ああ……」
「で、まぁ、達也、変なことしてなきゃ、いいけど……」
その心配はごもっとも。ストーカー疑惑が深まれば、警察沙汰になることだってある。部長はその点を理解しているのだろうか。
不安が大きくなっていくと、何だか心持ちまで悪くなる。バス酔いなんてしないはずなのに、降りた頃には神経が参っていた。
「うう……」
梅井さんや白百合探偵が僕の背中を擦ってくれた。「もう大丈夫ですよ。ありがとうございます」とお礼を言ってから、白百合探偵に案内を頼む。
「で、その教授の部屋って何処なんですか?」
「ついてきてください」
彼が四階にある研究棟まで走っていく。僕や梅井さんは見失わないようにするだけで必死だった。フットワークが軽いのは良いことだけれど、人を置いていかないようにする精神は忘れないでほしい。
そんな文句を言えない程にへとへとになって階段を上り切った僕と梅井さん。互いに困り顔を見せ合った。僕はちょっと呟いてみた。
「探偵って自由気ままなんですね」
「それ、君が言う?」
「そこまで自由って気はしてなかったんですが」
「十分、好き勝手にやってたように見えたよ」
「そ、そうなんですね……」
話をしながら、白百合探偵が立ち止まっているところまで歩いた。辺りは静かで、昼間だと言うのにかなり暗い。何だか、白百合探偵まで真っ暗な雰囲気を漂わせているものだから、少し恐怖してしまった。
彼の視線を辿ると、置かれたままのスマートフォンがある。
「結局、罠には掛からなかったかなぁ。それとも来ていないんでしょうか……おかしいな。って、そうだ。今日は別府教授、いないんだった」
「えっ?」
僕は彼が突然吐いた戯言におかしな声を上げてしまった。彼は自分のうっかりをドアに貼られている予定表を指差しながら、説明していた。
「今日の午後は引き籠ってるんじゃなくて。休みだったんだ……午前中いたから気付かなかった。きっとおたくの部長さんは教授の家の近くで張り込んでるんでしょうね」
そんなことを忘れていたのか、と呆れそうになったところで、梅井さんがとある指摘をした。
「でも、何か電気付いてない?」
「ん?」
ドアに付いているガラスから確かに光が見える。白百合探偵は「きっと、パソコンか何か」とコメントしていたが、僕はドアノブに手を触れていた。ついいつものくせで開くかどうかを確かめたくなったのだ。
結果、開いた。鍵が掛かっていない。
その先には奥の椅子にもたれかかっている誰かがいた。少ない髪の量からして、白百合探偵達が説明していた別府教授で違いない。白百合探偵が言って、電気を付ける。
「ちょっと、暗い部屋で作業をやってると今も酷い老眼が更に酷くなりま……」
この部屋に光が注がれた瞬間、僕達の目には黒い電源コードが彼の首に絡みついているのが見えた。白百合探偵が「何があったんですかっ!」と速足で近寄って、彼に触れると椅子と体が同時に倒れていく。
梅井さんは白目を剝いた男の形相に驚かされ、悲鳴を上げる。
「いやぁああああああああああああああああああ!」
白百合探偵は、厳つい表情で僕達にこう告げる。
「絞殺されてる……! 急いで警察に連絡してくださいっ!」
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