Ep.1 うちの先輩がストーカーだって?
「あの、すみません。貴方の先輩ですっけ? うちの教授が迷惑被っているんです? どうにかしてもらえませんか?」
突如、自宅に訪ねてきた、チェック柄の服を着た人は玄関でそう語る。僕は目の前にいる相手が男性か女性かを考える。黒く短い髪ではあるものの、しなやかで女性のよう。しかし、首の太さや骨格が少々少年っぽいようにも思えてしまう。どちらの性別なのか、じっと考える。
彼が眉をひそめて、顔を近づけてくるのも関わらず。同じことを考えていく。好奇心に耐えきれなくなって、ついには聞いていた。
「あの……貴方は一体……? 性別はどっちなんですか?」
「男ですけど、見て分かりません?」
「す、すみません、分かりませんでした。不勉強ですみません」
「って、話をすり替えてないですよね? 貴方の先輩について、責任を取ってもらいたいんですが。そこんとこ、どうなんですか?」
僕はその話題から逃げたかった。先輩と言うのは、部長のこと。厄介な彼の行動がどうやら、目の前にいる相手の関係者を困らせてしまったらしい。しかし、僕は彼の保護者ではない。彼が何かしたからと言って、いきなり後輩の家に押し掛け、詰問するのは違うと思う。
「あの……僕はその部長が何をしてるのかも知りませんし。止めようがないじゃないですか。そもそも、何で僕のところに……って」
彼の後ろに立っていたのは申し訳なさそうに手を合わせている梅井さんだった。彼女がこちらに入ってきて、事情を説明してくれる。
「まず、何だけど……達也くんと一緒に話しながら、まぁ、デートと言うか、何と言うか、そういうものをやってたんだけどね……そこでばったり、うちの大学の教授に出会っちゃったんだ」
「梅井さんとこの大学教授?」
「うん。まぁ、うちの大学に所属するね。あんま、別府教授の授業は受けたことないんだけど。そこにいる
「その教授に部長は何をしたんです?」
「ストーカーをしてるんだ……」
教授と聞いて、口元に
そこにストーカーと言うことは、女性の尻を追い掛けていることを示しているのだろうか。部長は梅井さんなる心に決めた人がいながらも、こんなはしたないことをするのかと軽蔑しながら、質問をする。
「一応、部長の好みに合う人なんですか? その人」
「いや、別府さんは……かなりの高齢の男の人」
梅井さんが遠慮がちに表現しているのを見て、白百合さんの方はキッパリ言い放つ。
「そんな遠慮しなくていいよ。頭の真ん中が禿げてるじじいですよ。性格もそこまでいい人じゃありません」
そのイメージを聞き、謎が深まっていく。流石に部長のタイプではないはずだ。長年幼馴染をやっている僕だからこそ、その点は何よりも知っている。
僕が下を向いて考え始めたところで、梅井さんが事情を解説し始めた。
「ああ……好き、とかじゃなくて。別府教授と会った時、あの人、いやらしい視線を向けてきたんだよね。で、それに怯えていたら、達也くんが前に出て守ってくれた……そこまでは良かったんだけど、彼、そこで言われた『お前とその子じゃあ、絶対結ばれんな』とか断言しちゃって」
途中で何かおかしいと僕は呟いた。
「そんな、突然現れて自分に嫉妬してる人の言葉なんて、無視するはずなんだけどなぁ、うちの部長」
そこでこそっと一言口にしたのは、白百合さんだった。
「普通の人だったらね……」
「それはどういう?」
「わたし達の入ってる別府ゼミ……で彼は恋愛学について、研究している人なんです」
「うむっ? それって心理学じゃないんですか?」
「まぁ、そうとも言いますね。わたしが入っているのは心理学科だから。ちなみにそこの彼女は音楽学科だよって言うのはどうでもいいとして。とにかく、心理学の中には児童心理学、犯罪心理学とか色々あるじゃないですか。その中で恋愛について語るのが恋愛心理学、略して恋愛学なんです」
「へぇ……つまるところ、部長はその研究している人だって知っちゃったんですか?」
梅井さんの方が頷いて「そう」と答えた。「本当にごめんなさい」と付け加えてから、彼女自身がしてしまったことを語っていた。
「そうなんだ。つい……『恋愛学の教授がそんなことを』って小さい声で言ったの聞こえちゃったみたいで……」
「それで部長は」
「否定してもらいたくて、ずっとずっと彼を追ってるって訳なの」
「どうしましょうか」
部長の暴走はちょっとやそっとでは止められない。核兵器を一発撃ちこむ位の覚悟がなければ、無理だ。と思ったら、それでは足りないと梅井さんが告げていた。
「彼、実は家に帰ってないんだって。心配になって親御さん聞いてみたんだけど……寝もせずにストーカーを続けてるって」
続けて白百合さんがこちらに文句を飛ばす。
「で、別府教授は最近付け狙われているって言って、わたし達ゼミの生徒にも八つ当たりを……本当に困ってるんです。こうやって家族がどうにかできないのなら、友人か後輩が尻を拭うしかないでしょう?」
なんて言われても、困る。そもそも彼がやっているのも八つ当たりされたことに苛ついて、僕に当たっているだけではないのか。
疑問を持ちつつも、心の中では罪悪感が芽生えていた。部長の頼みを何でも聞いて、甘やかしてきたのは自分だ。自分が責任を取らなければ、誰が取るか。
「……僕の言うことなら、聞いてくれますかね?」
白百合さんは「その可能性は高いですよ」と言ってきた。すぐスマートフォンに電話を掛けてみるも、出てくれない。彼が推測するには「これはきっとスマートフォンの電源が切れてるのにも気付かないんですよ」とのこと。
部長に会って直接談判するしかないらしい。しかし、何処で彼を見つければ良いのかが分からない。
ここにいる僕に部長が行きそうな場所の心当たりがない。頼れるのは別府教授の居場所が分かる白百合さんだけだ。
「ええと、白百合さん。別府教授の場所は分かるんですか?」
「だいたい、この時間なら大学の研究室に籠って何か作業をしているかと思いますよ。そこで捕まえてみますか? そういうのは得意ですよ」
「得意? 狩猟か何かやってるんですか?」
「いいえ、わたしがやっているのは、探偵なんですよ。そっ、依頼は迷子の動物探しや捕獲から、身辺調査、殺人事件の解決までやってみせます」
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