Ep.22 君の神様になれなかった
「どういうことなの……?」
知影探偵は首を捻って、指を回しながら考えていた。僕も理解ができない。その答えを、月長だけが達した領域の話が今、彼女自身の口から語られていく。
「美樹は周りの目を何度も何度も気にしているから、何度も声が出なくなっちゃうんだ。彼女はそれなのに前へ向こうとする。優花が止めても聞こうとしない。でも、それじゃあ、何も変わってこなかった! 何度も失敗ばかりだった。だから……プラムンを殴った犯人として、ただ傷付けた犯人として、留置所にでも何でも拘留されてればよかったんだよ。そうすれば、彼女を馬鹿にする人はいない。警察が彼女を誹謗中傷からも守ってくれる。ネット環境もないから問題ないでしょ」
そんな自分勝手の理想が正しいと言うのだろうか。自己満足だ。そんな考えだから、事件が起こり、取返しがつかなくなったのだ。
その思いを乗せて、僕は彼女に怒りをぶつけていた。
「アンタはそれで満足なのかよ? 本当に尾張さんが傷付かないと思ったのかよ。アンタが犯人になったことで、アンタの友人も何も傷付くんだぞ?」
「はっ?」
「尾張さんだって、信じてたアンタに嵌められたと絶望して、何を思うんだ?」
「そ、そんな……」
「声を出すためには」
僕が最後まで語ろうとした。しかし、月長が牙を向け、鋭い視線でこちらを刺した。
「そんな綺麗ごとを語って、何になんの!? 馬鹿じゃないの!? 探偵が自分の思うように喋ってるだけじゃん!」
「えっ……」
「努力も何かも何回も何回も試したんだよっ! この三年間! でも、何回も何回も! まだ自分達よりも生きていないアンタに何が言えるっ!?」
「ううっ……」
探偵と言われて、僕は心が折れてしまいそうになる。ただ、ただ、彼女の間違いを説得するつもりだった。傷付けるために放った言葉ではない。
そうであるはずなのに、彼女は傷を守るように怒鳴っていた。
「優花は頑張ったんだよ。頑張って何に対しても頑張って……頑張って頑張ったけど……ダメだった。最後にこの手を使うしかないと思った……それもこれも全部、プラムンのせいだ……」
「うち……?」
今度は憤怒の矛先が梅井さんの方に向いた。月長は本当に襲いたかった相手である彼女を罵倒する。
「だって、アンタが全部奪ったんだから。一人だけ優遇されて表舞台に立って。それで事務所の企画にも参加しないでのうのうと自分勝手に生きている。優花だって、美樹だって夢を持ってたのに! それなのに!」
部長が「それは違う!」と前に出そうになるも、梅井さんが手を彼の前に出して抑えていた。
「ごめん。これはうちの問題だから」
「ああ……」
月長はまだまだ口を止めない。
「それでアンタ、自分のお姉ちゃんになんて曲を送ったの? 自分と比べんなって上から目線のような曲を送ったって、荒山も言ってたじゃない! それで結局、アンタの姉は死んで、美樹も声が出せなくなった。全部、アンタの歌のせいだ! アンタのせいよっ!」
そこに凛とした梅井さんが質問をする。
「じゃあ、この三年間ずっと仲良くしてたのは……」
「仲良く……? アンタをずっと見張ってただけ。アンタがどんな卑怯な手を使って、上へ上り詰めたのか! 優花達を見下していたのか、知るためだよっ!」
「そうだったんだね」
「噂で知ってるんだよ! お金で事務所に入ったって! 他の子達は、優花達は頑張ってるのに! アンタは金の力だけで買い取ったって!」
「お金の力か」
「そうよ! それがなければ、優花達の誰かが歌で活躍できていた! アンタがいなければっ! アンタがいなければっ!」
月長が目をかっぴらき、梅井さんの方に近づこうとする。赤葉刑事が肩を掴んで止めているも、動こうとする。今も
赤葉刑事がこれ以上月長を刺激させる訳にはいかない、と考えたのだろう。そのまま連れて行こうとしたところを梅井さんが「待って」と告げる。
「聞かせて。どうして。あの夜だったの? あの夜に犯行を?」
「あの夜……お酒も混じって酔ってた……ってのもあったし、自分の指をナイフで誤って切った時。思ったんだよ。どうしてプラムンは何不自由なく暮らしてるのに、うちは今もまだ汗水たらして、
梅井さんは「そう……」と言ってから、とんでもないことを口にした。それは月長にとって、史上最悪の事実。
「……優花……馬鹿よ。優花……アンタがうちの代わりに事務所でデビューできないか。掛け合ってたんだよ。後、一週間、後ちょっと待ってくれたら、こんなことにならなかったのかな……」
月長は声にならない悲鳴を上げ、整った自分の髪の毛をくしゃくしゃにし始めていた。頭を掻きむしって、抱えて、梅井さんの言葉を嘘だと一喝した。
「えっ? 嘘っ……! 嘘だっ! 嘘だっ! そんなはずないっ!」
「嘘じゃない。美樹のことを第一に考えてるアンタの姿。歌の実力ではうちに敵わないアンタの素敵なところが、歌に生かせるんじゃないか。ハートを他の人に届けることができるんじゃないかって……いつか声を出せるようになる美樹と共にデビューできるように、なるところだったのよ。夢はもうすぐにあったはずなのよ!」
「今更何言ってんの!? 今、優花をからかって楽しいのっ!?」
信じられないと涙を流して告げる月長の前に、梅井さんは近くにあった棚から取り出した一枚の紙を見せた。契約書みたいなものだったのだろう。
月長は固まって、動かなくなった。
「……他にも言うとね。確かにお金があれば、入らせてくれるって事務所もあったけど……自分は歌が好きだから。断ったわ。歌の実力や歌を作る発想力で勝負したの……。で、他の人達を支えたかった。せめて、仲の良い貴方達の神様になりたかった……でもなれなかったな。勘違いさせて、事件まで起こさせちゃったんだもの……ごめんね……ごめんね」
最後に僕も話しておく。探偵ではない。一人の人間として、だ。
「僕もこの結果不思議じゃないと思う。だって、あの日の夜、歌ったアンタのカラオケ、本当に魅力的だったから。目の前に梅井さんがいるのにこんなことを言うのは変かもなんだが。アンタの歌、梅井さんのものより好きだったよ」
月長はやっと動いたかと思うと、赤葉刑事の手から離れて、その場に座り込んだ。顔中が涙に濡れた彼女の懐から一つのガラス瓶が落ち、床に当たって砕け散る。大量の錠剤が床の至る所に転がっていった。
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