Ep.23 キミノエガオ紹介犯

 推理ショーの夜から幾度かの日が過ぎた、ある日のこと。家で過ごしていたところに部長がうちのインターホンを押していた。画面の向こうでピースをしている。

 午前九時。学校は休みだし、家でだらだら過ごすからとパジャマのままでいた。相手は幼馴染の部長だから別に恰好を付ける必要もない。欠伸しつつ、この状態で彼に応対しよう。すぐさま、部長のために家の扉を開けた。


「暇ですねぇ……部長は……ん? そういや」


 扉は鍵が掛かっている訳ではない。彼が入ろうと思えば、入れるのだ。と言うか、彼がインターホンを押して入ってきた覚えがないのだ。

 今回に限って何故か。疑問に思って扉を開けると、部長の隣にいた梅井さんと目が合った。彼女は苦笑いをしながら、僕に挨拶をした。


「朝からアポなしで来て、ごめんね」

「はぁああああああああああい! ちょっと待っててください待っててくださいっ!」


 僕は扉を勢いよく閉め、部長が悲鳴を上げていることも構わず、二階へ駆け上がった。自分の部屋で素早く正装に着替え直して、すぐさま玄関に戻る。

 そして扉を開けると、何度も謝罪の礼を繰り返す。


「すみません! だらしなくてすみません! すみません!」


 梅井さんは「こっちもいきなりだったから、いいのよ」と言ってくれているが。自分としては一生の不覚。変人になるまいと地道に努力を続けてきたのである。それなのに……。

 部長にはブーブー文句を言われてしまった。


「おいおい! 人の手を扉に挟むなよ!」

「ああ……そちらもすみません。申し訳ないです」

「次からは気を付けろよな! 結構痛かったから!」


 申し訳ない気持ちを残しつつ、彼等をリビングへと案内した。「散らかってますけど」と付け加えて、炬燵こたつのところに座らせる。

 梅井さんに対してのお茶菓子を何にしようかと考えていたら、「これでも」と高級そうなお土産のクッキーを渡してくれた。

 ありがたくいただいて、炬燵の上に広げていく。それから二人に質問だ。


「で、お二人は何を? 朝早くから遊びに来たって訳じゃないでしょうし」


 先に話し出したのが梅井さんだった。


「まずは、この前のお礼……事件の真実を解いてくれて、ありがとうってのを伝えたかったんだ。本当にありがとう」

「そうだったんですか。じゃあ、梅井さんはそうしようと僕の家に向かってたところで出くわした、と?」

「ううん」

「ん?」

「この前、達也と連絡先を交換して。歌を作曲するパートナー的なものになってもらったのよ。まぁ、専属モデル的な?」

「へっ!?」


 あまりに衝撃的で心臓がグッと不思議な感覚を味わっていた。梅井さんが部長を呼び捨てで呼んでいること、パートナーと言っていること、その二つが夢みたいな出来事だった。

 部長の方は「へへ」と照れて、自身の頭を擦っている。梅井さんはそのまま僕が気になっていると考えたのだろう、馴れ初め的な話をし始めた。


「この前の推理の時、かっこよかった。勿論、推理をしてくれた貴方も、うちのことを信じてくれて、貴方もことも信じて。戦ってくれた姿がうちにとって、嬉しかった。あそこまで真っ向から信じてもらえるなんて。今までのうちにはなかった経験だから。それをこれから作る歌にしたい」

「……ああ、なるほど」


 梅井さんは突然立ち上がり、「ちょっとお手洗いを貸してもらいたいんだけど」と僕にトイレの案内を求めていた。彼女にトイレが廊下の突き当りにあることを教えると、走っていく。

 ここで部長と二人きり。

 彼が先に話を切り出した。彼が月長を庇ったことについての話題だ。


「あの時は推理ショーの最中に悪かったな」

「いえいえ。助かりました。月長を奮起してくれたからこそ、うまく推理を続けることができたんですし」

「あ、あとさ……欲張りですまん」

「欲張り?」

「お前のどっちを信じるかって疑問だよ。お前がプラムンか、氷河、どっちを信じるかって迫ってきただろ? その答え……結局、どっちもしか言えないんだ。そういうもんなんだよ。友情も恋愛も。比べられねえんだよな。それがオレの生き方っちゅうか、なんていうか……信念というかな」

「……捜査の最中はあんな生意気な態度を取ってしまってすみませんでした。これからも部長はそうであってください」

「えっ?」


 何か照れ臭い。しかし、彼にこの言葉だけは伝えたいから大声でもう一度。


「部長はこのままでいてください!」

「おうよっ!」

「お願いしますね」


 彼が了承したところで、今度は疑問が飛んできた。


「あっ、後」

「後?」

「知影探偵から聞いたんだけどさ、氷河……プラムンの罪を暴くとき、例えとして……庇うってことを使ったみたいじゃないか」

「えっ……」

「知影探偵も気になっていたらしいぞ。氷河は普通、犯人は利己的な人間だって考えて責めるのに。どうしてプラムンの行動を仮定した時は、犯人を庇うなんて仮定を考えたのかって」


 複雑な心境に陥った。確かに僕はこう言っていた。


『自分の経験則で仮定しますが……きっと、貴方は誰かを庇いたかったのかもしれないかと考えました』


 知影探偵がこの言葉一つを疑問に思っていたとは。これではおちおち彼女の前では話せないかもしれない。自慢の女の勘で僕の全てが見透かされてしまいそうだ。

 「犯人を庇う」と考えた理由か。他にも確かに仮定する方法はあった。わざと怪しまれて後で殺人犯として疑ってきたことに対し警察に文句を言おうとしていた、とか。わざと犯人になることで現実そのものから逃げようとしていた、だとか。幾らでも梅井さんを悪にして、仮定するなら、案があった。

 だけれども、僕は彼女が誰かを庇っていると考えた。

 理由は僕の卑しい部分にある。自分で感情的に決め付けてはいけない、論理的に物事を見なければと言いながら、反していた点。


「……僕が滅茶苦茶だからですね。言ってることとやってることが違うんです。人に信じるなと言いながら、自分で信じちゃってるんですから。もう、どうしようもないです」

「そうか……」


 本当に僕はおかしい。


「後、梅井さんがそんなことをしそうな人かなって思っちゃったんですよ。部長があそこまで庇おうとしてた人。きっと、梅井さんにも優しさ故に迷ってしまったことがあったんじゃないかって」

「……なるほどな」


 感情を証拠にして、推理を告げていた。僕らしくない、その理由を。


「それと……先輩が教えてくれた彼女の歌、笑顔のせいですよ」

 

 


 

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