Ep.21 信じたくない

 胸に手を当て、自分の心臓を鷲掴みにするが如く肌を握った。一見痛そうに見える行動だが、目の前で泣き叫ばれる苦しさよりはマシであった。

 彼女の甲高い声以外にも脅威は存在している。周りからの視線だ。まるで小さな子を虐めている人を見下すよう。

 今もなお月長は僕にされたこと、苦しかったことを延々と述べている。そちらは皆が哀れんでいるよう。

 僕が正しいことをやっているのか、分からなくなってくる。このまま推理を続けて、問題が解決するのだろうか。そもそも推理を話せるかも不明だ。彼女の声は次第に強くなっていく。


「何で優花が疑われなきゃいけないのっ!? 何でっ!? 何でっ!? 何で何でっ!?」


 僕の胸が張り裂けそうな痛みを訴えた。これ以上は耐えきれない。推理ショーをやめてしまえば楽になれる。

 その選択をすれば、僕は救われる。そう思った矢先だった。彼女の泣き声の数倍は響く男の声が梅井宅を揺らしていく。


「おい! 氷河っ!? 何をやってるっ!?」

「部長?」


 彼は月長を庇うつもりであろう。彼女の前に立って、僕に敵意を剥き出しにした。低姿勢になって僕にどのタイミングでも飛び掛かれそうな態勢を取っている。その上、僕に向かってこう叫ぶ。


「氷河は昼間に言ってたよな。プラムンとお前をどっちを信じればいいか!」

「ああ……だが、それは今言うことですか?」

「そうだ! 今言わせてもらうぜ! どっちも信じねえ! 信じるとしたら、この月長さんだけだぜ! か弱い女の子になんちゅう難癖をつけやがる!?」


 迫力ある部長の主張。思わず僕は論破される根拠もないのに、気圧されてしまう。後ろに下がって、彼等の様子をじっと見る。

 月長の方は彼が味方につくや否や、泣き止んだ。そして、彼を全面的に後押ししていた。なんていう変わり身の早さ。


「そうだよ! そうだよ! 言ってよ言ってよ!」

「氷河! 本当の犯人はもしかしたら、たまたま間違えたのかもしれないぜ! 曲を知って勘違いして……」


 今の彼は梅井さんに嫌われることも構わない。彼女が眉を下げようとも、部長は僕に指差して推理の不鮮明な場所を突いていく。


「いや、その前に、だ! どうして犯人がこの中にいると言い切れる!? 外の人が入って事件を起こしたのかもしれないし、プラムンが自分が殺されそうになっていたという主張で犯人じゃないことを勝手に主張してたのかもしれないぞ! 今の推理も犯人のプラムンがお前にわざとさせたものかも、だ」


 梅井さんが「達也くん……」と言うも、彼は眉、髪一本すら動かない。ただただこちらの反応を待っている。彼がその気なら……。


「いや、そうはならない……!」

「何故だ?」


 だったら、僕は部長の言葉を叩き斬るだけだ。


「さっきの推理には続きがある。その続きの中に、彼女が犯人だって言う決定的な証拠があるんだからなっ!」

「うぐっ!?」


 彼の大袈裟な反応で察した。彼は、僕が推理を続けやすいよう、わざと月長の味方を演じたのだ、と。

 彼は僕を、梅井さんを信じていないのではない。梅井さんが本当に犯人でなく、堂々としていられることを。僕が彼に貰ったチャンスを生かせることを。信じて、戦ってくれたのだ。

 このチャンスを逃す訳にはいかない!


「赤葉刑事! あの証拠の準備をっ!」

「えっ、はいっ!」


 彼女が懐から取り出したのは、尾張さんが殴られた際に着けていたうさ耳頭巾だ。耳の部分に付いている血が事件の隠された真相を暴く、鍵となっていた。


「それは、犯人がバットを持って構えた時、落ちた血の雫じゃないでしょうか」


 部長はすぐ聞いてきた。


「ん? それは、尾張さんの血じゃないのか?」

「いえ。尾張さんは血をほとんど出していませんでしたし。付着するのであれば、頭を殴られたんだから、もっとうさ耳頭巾の内側じゃないとおかしいんです。何で、この場所にだけ血が付くのか……!」

「そうか……そうか……そうだな」


 ようやく部長はこちらに戻ってきてくれた。異変に気が付いた月長は部長に抗議する。


「ちょっと! 何認めてんのさ!? こっちの味方じゃないの?」

「生憎だが、すまんな。最初から氷河達の味方なんだ」

「へっ?」

「後は自分で犯人じゃないって証明してくれ。まぁ、氷河に対抗すんのは難しいと思うけどさ」

「うっそ!? ちょっ! 優花どうすればっ……!?」


 彼女の気が落ちている間に証拠の意味を語ろう。言い訳ができない位、メンタルをすり減らすのだ。


「あの日。きっと、アンタは手の平を怪我していたんじゃないか? マイクを持つ時に震えていた手は、痛みに耐えていたのではないか?」

「はっ? そ、そんな訳ないし……!」


 嘘だ。目が泳いでいる。


「きっと、アンタは犯行前にナプキンか何かを手に付けたんだろうな。その血が飛ばないようにも、指紋が付かないようにも。ナプキンに付着していた油分が凶器にもくっついていたそうだ」

「……優花知らない。そんなの知らないっ!」

「知らないだろうなっ。暗闇で尾張さんを襲った際、お前の手から血の雫がするりと垂れたんだ! 垂れて付いたのが、この頭巾にある血なんだよ! アンタは暗い部屋で自分の血が落ちたことにも気付かず、証拠隠滅もできなかったんだよ! お前にとっては梅井さんが証拠を持って行ったのも予想外だっただろうな」

「あっ……」


 とどめだ。


「これから、アンタの血だという調査結果が出た。もう抵抗を諦めるんだっ! 認めろ! アンタがこの悲劇の犯人だと言うことをっ!」


 月長は近くのテーブルまでよろよろと歩いていく。その時間がとても長く感じてしまう。

 彼女は罪を認めるのか。これにまだ言い訳をするのか。彼女が口を開き、そのどちらの選択を取ったか教えてくれた。


「単に……ぐみを殴りたかっただけ。調子に乗ってるプラムンに痛い目を見せようとしただけなのに……どうしてこうなっちゃったの……何で、美樹が死んでるのよ……美樹はこれから素敵な人生を歩むはずだったのに……どうして……?」


 罪は確かに認めたようだ。しかし、彼女の動機にうまく理解できない箇所があった。

 メッセージの件。確か僕が推理した犯行方法があっているとなると、偽装メッセージのところで疑問が現れる。彼女が梅井さんを襲っていたとしたら、犯人になっていたのは尾張さんだったのだ。


「でも、アンタは自分の罪を尾張さんに擦り付けようとしてたよな?」


 荒山さんもここぞとばかりに月長を責めていた。


「おい……単に都合のいいこと言ってんじゃねえぞ」


 そんな彼が後ろに下がろうとする程、大声を出した月長。


「そんなんじゃないよっ!」

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