Ep.18 限りなく黒色へ

 知影探偵と一回別れて、一人の時間を貰う。近くの公園でベンチに座り、何も聞かずに考えたいのだ。

 ただ無音と言うのも落ち着かない。梅井さんとは別の人が作った曲を再生しようとして、広告に阻まれた。脱毛クリームだとか、企業の立ち上げ方だとか、今の僕には全く必要のない情報だ。

 溜息をつきながら、早くスキップボタンが来ないか待っていたのだが。その広告は長い上にスキップボタンが全くないものであった。一旦、違う動画を再生して、元の動画に戻れば動画をスキップできることもあるのだが。今の僕は、ただ早く音楽を聴いて思考に集中したい気持ちが強すぎて、その解決方法を一ミリたりとも思い付かなかったのだ。


「……ううん……鬱陶しい」


 そう思っていたら、広告から梅井さんの曲も流れてきた。彼女、広告収入は出していないらしいが、広告は出しているらしい。

 初めて聞く歌だった。先程の広告より非常に聞きやすい。スキップ画面が出ているのにも関わらず、ついつい最後まで聞いてしまう。きっと梅井さんは他の人が感じられない経験を、悲しみを、味わってきたからこそ描けるものなのだろう。

 悲しみを共有し、二度と起こらないよう喚起する。傷付いた人の心に寄り添って励ましていく。歌に携わる人々はそんなことを考えているのだろうか。

 それに対し、自分は何ができるのだろうか。

 うんうん悩んでいたら、自分が本来聞こうとした曲が終わりを告げていた。聞いていなかったから、もう一度再生してみようとスマートフォンに手を触れる。その時だった。

 Vtuberになっていなくなった僕の大切な幼馴染、美伊子からの通知が来た。何か話をするらしい。すぐさま美伊子がいる動画配信アプリを開いてみる。

 

『今日は才能と努力。天才と努力を積み上げた少年達のお話をします』


 何故だか毎度、僕にヒントをくれるような話をする彼女はありきたりな少年漫画の内容を語り始めた。

 天才と呼ばれた人と努力を積み上げた人。どちらがテニスの世界で一番になれるのか。最後は二人ともが大会で残念な結果に終わるも絆は育んだ、というハッピーエンド。

 とても珍しい終わり方だった。毎度毎度彼女が紡ぐ物語の中では、登場人物の誰かが絶望的になるものだけれど。


「……でも、ハッピーエンドになったからって、こっちは何もヒントが得られないんだよなぁ」


 頭をボリボリ掻いて、再度思考を動かしてみた。

 犯人がまだ分からない。手掛かりとなるのは、歌のメッセージだけ。あれは被害者を勘違いした犯人が残したものだとしたら……。

 スマートフォンを起動した際に出てきた歌が、尾張さんをモデルにした梅井さんの歌。では、何故インターネットの方に荒山さんと梅井さんが共同で制作した歌が出てきたのだろうか。

 梅井さんは出したタブは毎度削除していると言っている。つまるところ、インターネットの方にタブが残っているのは奇妙なのだ。

 犯人が作ったとしたら、何をどうして間違えたのか。尾張さんをモデルにした曲を動画サイトで一発出せば良かったのではないか。

 なんて考えている間に僕は歩き出して、梅井さんの家へと向かっていた。歌のメッセージよりも現場を再捜査した方が、犯人の手掛かりが見つかるかも、と思ったのだ。

 赤葉刑事は梅井さん宅の周囲で熱心に聞き込みをしていた。どうやら警察は窓の外から入った不審者の線も考えているらしい。彼女が知らない人の敷地から出てきたところで捜査状況を尋ねてみる。


「どうですか? 終わりましたか?」

「あっ、氷河くん」


 肩を落とす様子を見れば、成果が出ていないことが一目瞭然だった。


「……落ち込まないでください。まだ、迷宮入りって決まった訳じゃないんですから」

「そ、そうだよね……。ふぅ。あの夜、不審に走り回ってたのは達也くんだったみたいだし」

「走る姿、見られてたんですか。お恥ずかしい……」


 そんな部長の恥を嘆いていると、今度は彼女が明るい顔で彼を肯定した。


「そんなことないよ。彼、ちゃんと凄い熱心に捜査を手伝ってくれてるから。今も自分と一緒に聞き込みに回ってくれてて、凄い助かってるんだ」

「あ……良かったです」

「で、成果も出てるよ」

「えっ?」

「あの夜、誰かが大きな声で鼻歌を口ずさんでいたんだって。夜、近所のジョギングをしていると言うおじさんから聞いたんだって。事件前、聞いた鼻歌」

「鼻歌ですか……」


 鼻歌を……と言っても、あまり重要な証拠には思えない。あの家では僕達が散々歌いまくったのだ。今更誰が何を歌っていようと、犯人に繋がる事実にはならないと思っていた。しかし、彼女の話にはまだ続きがあった。


「その鼻歌があったってことから、考えて再度梅井さんのスマートフォンを解析してみたら……実は犯人がインターネットで検索していた動画を犯人が鼻歌検索アプリで再生してたってことまで分かったの」

「えっ、鼻歌検索アプリ?」

「氷河くん知らないの?」

「いえ、知ってはいます。歌詞とかタイトルが分からない曲を調べるものですよね……」

「そうそう!」


 つまるところ、犯人はトイレで偽装メッセージの準備をしていたのだろうか。となると、その歌を口ずさんでいた人が一番怪しいではないか。


「その歌っていた人は……?」

「あっ、ごめん。そこまでは分からなかったって。ジョギングしてた人もイヤホンつけてて、かすかに聞こえてきただけって言ってたから」

「ああ……それに準備してる人が大声で歌ったら、周りにいる月長さんか、荒山さん、二階にいるかもしれない梅井さんにバレるかもしれないですし……小さい声で歌ってるはずですよね……」


 僕はもやもやしたものを頭に浮かべながら、仕方がないと納得した。犯人もそう馬鹿ではない。そうそう大きなヒントは残さないだろう。

 項垂れる僕とまぁまぁ、気にしないでと言ってくる赤葉刑事。

 再び情報を集めようとしたところで、梅井さんが駆けてきた。手に持っているのは、ジャンバーとうさ耳の頭巾だった。


「う、梅井さん!?」


 僕は彼女の登場ときちんと罪を告白する勇気に驚き、つい声を出してしまった。梅井さんは僕に一礼をしてから、赤葉刑事に話していく。


「す、すみません……この証拠、隠してました……事情はちゃんと話します。本当に申し訳ありませんでしたっ!」


 再度頭を下げる彼女。僕は彼女が持っているものに注目した。その頭巾の耳の部分に血が付着している。自分から見える他の場所には付いていない。ただ一か所、そこにほんの少しだ。

 赤葉刑事が証拠を受け取り、「話はちゃんと聞くからね」と告げた後に割って入らせてもらう。少々感動的な場面が台無しになっていく。だが、許してほしい。

 気になって気になって仕方がないのだから。


「あの、その血って……梅井さんのものですか?」



 

 

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