Ep.16 くらべられる子

「そ、それは……」


 梅井さんの不快な様子と僕のあまりに失礼な態度に知影探偵は隣から小突いてきた。


「ちょっと言い過ぎよ!」

「ただ、言わないとダメですから」

「でも氷河くん、落ち着いて。ここで気分を害して、帰られたら氷河くんも困るでしょ?」

「……そうですね。忠告ありがとうございます」

「一旦、コーヒーでも頼んでから話を始めましょ」


 知影探偵がコーヒーを注文している間、待っている間は無言の時間が流れていく。ただただお互いを見つめ合い、心を休める時間だった。

 この間に言いたいことを心の中でまとめておく。どんな言葉を選べば、彼女は犯人を庇うより、突き放すことが大事だと分かってくれるのか。

 最適な言葉を見つけたちょうどその時、「お待たせしました」と店員からコーヒーを提供された。一回震える程の渋みと苦みを味わってから、梅井さんに問い掛けた。


「梅井さんが尾張さんが間違われて殺されたことを隠したかったのは、彼女の尊厳を守るためでしたか?」


 彼女もコーヒーを飲みつつ、「そう」と答えていた。彼女からの話は更に続く。


「だって……うちが買った恨みはいっぱいある。犯人が美樹じゃなくて、うちを殺そうとしていた。それで美樹が美樹じゃなくて、うちと間違われて殺されたら。うちと比べられちゃう! 無意味な死ってことになっちゃうじゃない!」


 そもそも元々殺人というものが無意味な死だ。誰が死んでいたとしても同じ。僕はそう考えながら、伝えていく。


「でも、それは誰を守るんですか? 亡くなった尾張さんですか?」

「そうよ。美樹のために……そして犯人のために」


 なるほどと主張を飲み込み、次の質問へと移る。


「あの、犯人になろうとしたのは、犯人を庇うためでもあるんですよね」

「ええ。うちのやったことが悪いんだからね。すぐに自首をしたかったけど、殺人が起きた晩、すぐに自首しちゃうと本当の犯人がうちを守るために出てきちゃうと思って……しなかったんだ」

「そうだったんですか。でも、間違ってます」

「……無意味な行動って言ってたね」

「ええ。そんなことして、本当に犯人のためになるのか、分からないんです。だって、今まで罪を犯してきた人。過ちで犯してしまった重い罪を背負って、自分で断罪した人もいます」

「断罪……?」

「つまり、自殺です」

「えっ!?」


 梅井さんに続いて知影探偵も「そんなことがあったんだ……」と呟いている。彼女も一応関わった報復喫茶連続殺人事件の例を出していたが、その真実を彼女に伝えていないことを思い出した。

 まぁ、今はその真実より未来に起こるであろう悲しいことについて話さなければならない。


「今まで、僕は何人もの犯人の自殺を……止められませんでした。もし、貴方が庇う程の優しい人物だとしたら。貴方の行動のせいで心が悪に染まったとしたら。自分のやった行動をどうすることでしょうか……」


 その言葉を聞いた梅井さんが乗っていたコーヒーを溢す勢いでテーブルを叩いた。そして、コーヒー塗れになった手で叫んでいる。


「そ、そんなのダメッ! 絶対ダメッ!」


 僕は「そうでしょう」と答えてから、唯一の対処法を口にした。


「それを止めるためには、真実を知らないとなんです。真相を全て暴いて、警察に逮捕されて。公平な形で裁きを受ければ、犯人が背負っている罪悪感は自死したくなるものではなくなるでしょう。警察にいれば、守ってもらえますし」


 知影探偵も共に犯人を捕まえないことの危険性を語ってくれた。


「そうね。そのままほっぽっといたら、自殺だけじゃなくて……。尾張さんの死を悲しみ、梅井さんが犯人だと納得できない誰かが殺した人物を見つけあげ、何をするか分からない」


 彼女の言葉に合わせて、僕も更に注意喚起をした。


「ですね。梅井さんのファンもそうかもです。梅井さんのことを慕ってる人は本当の犯人が梅井さんに罪を擦り付けたってことで、暴動が起こるかもですし……」


 そう言ったが、まだ梅井さんは心配が残っているらしい。先程話した尾張さんの尊厳について、だ。


「わ、分かったんだけど……やっぱり、怖い……美樹の尊厳が……消えていくことが。彼女の生きた証が……」


 まだ被害者のことを考えて離れない彼女に困惑した僕。今回はその代わりに知影探偵が動いた。彼女のスマートフォンで、梅井さんが尾張さんに送った歌を流し始めたのだ。

 そして、こう問うた。


「じゃあ、これは無駄だったの? これは彼女の生きた証じゃなかったんですか?」

「えっ?」


 戸惑う彼女に知影探偵は厳しく問い詰めていく。


「貴方の亡くなったお姉さんは事故でそのまま生きていた証を失ったんですか?」


 梅井さんは開ききった目で違うと否定した。


「彼女達がうちに音楽を作るモチベーションをくれた。アイデアをくれた……。そして、歌を世界に流す勇気をくれた……無駄なんかじゃない……」

「じゃあ、後はそれを背負って、これからも歌を作っていけばいいじゃないですか。プラムンさん。これからも素晴らしい曲を作り続けて行ってください。楽しみにしてますから」


 そのまま彼女は目を閉じ、輝く光を横に飛ばして「うん!」と頷いた。その後に知影探偵はコーヒーを一気飲み。「まずっ!」と舌を出して、微妙な顔を見せていた。今、結構格好良かったのだが、最後の余計な行動で台無しだ。

 少し笑わせてもらってから、話を進める。今からすることは梅井さんが本当にした行動を確認することだ。


「じゃあ、落ち着いたところで失礼します。梅井さんがやったことは、僕達が荒山さんと尾張さんを探し、帰ってくる前にはもう最初の発見をしてたんですね」


 今まで、梅井さんが隠蔽しようとしていた真実が明かされる。


「そう……なの……うちはたまたま彼女と出逢って、家まで一緒だったの。そこで一階に置いてあった、その頭巾とジャンバーを渡してね。玄関で別れたの。その後自分は二階にいて。途中で音楽を聴くためのヘッドフォンが欲しくなって地下に降りたら……!」

「倒れていて。二つの証拠の隠蔽を図った訳ですね」

「ええ。その二つは取り敢えず、警察が来た時はクローゼットの中に自然に隠しておいて。その後で再度捜査の手が入る前に貸倉庫の中へ。後で持ってくるね」

「お願いします」


 そんな説明のところで知影探偵が突拍子もなく発言をした。


「ちょっと待って。この状況で行くと、怪しい人が出てくるわよね! この事件の真犯人がっ! 月長さんじゃないの?」


 それに対し、梅井さんは別の人が犯人である可能性を指摘した。


「いえ……もしかしたら、考えたくないけど。荒山くんが犯人なのかもしれない……」

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