Ep.15 ビター証拠デコレーション

 そこだ。普通であれば、殺人を決行する前に犯人が人違いに気が付くはずであろう。まず、間違えた一つは酒で酔っていたから、であろうが。あそこにいる人は一応、正常な判断ができる状態ではあった。その主張だけでは彼女の異論を否定しきれないだろう。

 だから僕は犯人が被害者を間違えなければならなかった状況を説明しようと考えた。そこを理解してもらうためにまず、推測した事件の流れを告げていく。


「まずは電話で呼び出された被害者……と言っても、たぶん動かすことのできる子機を使って、梅井さんのスマホに連絡する。そこで本当は、犯人は梅井さんを狙いたかったんでしょうが……。たぶん、尾張さんは『運命』の曲を聞いて紛失した自分のスマホが鳴っていると勘違いしてしまったんだ。それが犯人の誤算でもあった」


 今まで梅井さんに圧倒され、何も喋っていなかった知影探偵が横から相槌を入れていく。


「氷河くん……スタジオに置かれていたんだね。スマホ」

「そうですね。尾張さんを呼び出したんだと思います。犯人は後ろから金属バッドで襲おうと、スタジオの内開きのドアの中に隠れて、ね。で、スタジオの扉を閉めた時の状況を考えれば分かるでしょう」

「扉を閉めた……あっ、ちょっと待って。電気がないとあの部屋、真っ暗よね」

「ええ。それを僕はさっき確かめました」

「電気切ったのわざとだったのね」


 こちらの行動に納得し、神妙な顔で納得していた知影探偵。僕は少し苦笑いをさせてもらってから、すぐ真剣な表情に戻す。

 そして僕は自分の目を指差しつつ、わざと自分の推理を否定した。


「勿論、これだけで被害者が間違えたとは言いません。暗闇の中で待ち構えたんですから、犯人だって目が慣れていたはずです。髪型の違いだって、服装の違いだって少々違和感はあったと思います。本来ならね。そうですよね。梅井さん」

「あっ……! ううっ! そこまで分かってるなら、じらさないで」


 僕がわざわざ「髪型や服装」の反論を予期していたことに梅井さんは唇を噛む。まるで今いる場所が地獄だと言うのか。目を瞑って痛みを耐えるような表情で、僕の言葉を待っていた。

 お望み通り、言葉で提示しよう。あそこにあっただろう幾つかの証拠を。梅井さんが隠したかったものを。


「僕達を出迎えてくれる時に使ったうさ耳頭巾ですよ。それとたぶん、上着か何かだと思います。うさ耳頭巾の方は貴方の家を探索させてもらいましたが、何処にも見当たりませんでした。結局、貴方が隠したんですよね。一回目に見つけた時に、それを」


 そこで汗を垂らして何も喋らなくなった梅井さんの代わりに隣の知影探偵から質問が飛んでくる。彼女は何故か手を上げ、発言していた。


「ねぇねぇ、質問どえらいもん! 何でそんなたまたま、うさ耳頭巾を尾張さんが被る訳? プラムンさんがお茶目で使ったもんを何故?」


 たぶん、そこは事件当時、外の状況が関係していると推理していた。


「あの日、尾張さんを探すために外に出た僕達が感じ取ったじゃないですか。凄く強い風を」

「ああ、確かに寒かったわね。あっ、そう言えば、達也くんの髪も滅茶苦茶になってたわね」

「そうです。倒れていた尾張さんもそうでした。髪が乱れていて。間違いなく外の風に吹かれたことでしょう。たぶん、帰ってきたところで体はすっかり冷えて、女性の大事と言える髪は、ボサボサに」

「だからプラムンはどっかで髪を隠すためのうさ耳頭巾と体を温めるための上着を貸したってこと?」

「そうですね。そうすれば、後ろ姿から見れば……これが尾張さんだとは気が付きません。それが分かっていたんですよね。一回目にスタジオで尾張さんを見つけた時……!」


 最後の梅井さんは終始魂が抜けたと言っても過言ではないだろう顔でこちらのやり取りを聞いていた。

 一回顔ごとテーブルにうつ伏せてから、背筋を伸ばした状態へ。彼女は酷く悲しそうな声で話し出した。


「そうだよ……たぶん、間違えられた……うちが、証拠はだいたい隠したのに、よく分かったね」


 彼女がそう言うものだから、ついでにスマートフォンのことを教えておいた。


「一応、月長さんのスマホが梅井さんと同じ『運命』の着信音を鳴らしたので、そこでもしかしたら、尾張さんもお揃いの着信音を使ってるのかな、と思ったのもありますが。確証を得たのはスマホのメッセージですね」

「ああ……」


 梅井さんも分かったよう。まぁ、作曲者本人だから当たり前か。一応、知影探偵が唇をタコの口のと同じ形にして分かっていなさそうな表情をするものだから、解説しておいた。


「梅井さんのスマホで電源を付けた時出てきた曲なんですが、あれを作ったのは梅井さんなんです。ですが、本当は尾張さんをモデルにしたものだって、部長が言ってたので。もしも、犯人がそのメッセージを偽造していたんだったらと考えたら、もしかして被害者は梅井さん、最重要容疑者を尾張さんにするつもりだったんじゃないかなって」

「ああ……そういうこと……でも、あれ」

「何です?」


 知影探偵はまたも気になるところを発見したようだ。今度はその疑問が何かを尋ねていた僕にではなくて、自分の罪を認めた梅井さんに理由を聞いていた。


「ちょっとややこしくなって分かんなくなったけど。どうしてじゃあ、スマホは置いてったの? 結局、プラムンさんのスマホがあったからメッセージのことも分かっちゃって、プラムンさんが隠したかった、犯人が被害者を間違えたってことが分かっちゃったんじゃないの」


 彼女は最初の方で僕が推理した怪しいふりをした行動起因について交えつつ、知影探偵の疑問を解消しようとしていた。


「ああ……それは。自分が犯人を庇うために犯人になるとしたら、そのスマホが落ちてたことが大きな証拠になるんじゃないかって思ってね。まっ、あそこで結局犯人とは思われなかったんだけど」


 これで話は終了か。答えは否だ。

 犯人を庇おうという意思はまだ彼女の中にある。僕はただ、その強固なる思想を明らかにしただけだ。今からその腐った性根を叩き直さねばなるまい。

 真犯人を上げるためにも、だ。梅井さんのやったことは慈悲でも何でもない。実際はとても残酷なことだ。だから敢えて厳しい言葉を使い、残酷な過去の例を提示して責めさせてもらう。


「梅井さん、その行動がどれだけ迷惑なのか、分かってますか? その守ることがどれだけ無意味なことなのか、分かってますか?」


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