Ep.6 逝かないでよ
知影探偵が何なのとすっかり酔って、テーブルに顔を伏せている月長さんに事情を聞き出していた。
「な、何なの? 誰と話してるの?」
月長さんは人のプライバシーを
「ああ……彼女の両親だと思うよ。彼女、親の自分勝手なところに文句言ってんのよ。ほら、リビングの端に金属バッドやら、多くの旅行鞄やら。散々、自分達はスポーツや旅行ですぐ家を空けて好き勝手散財したり、豪遊したりする癖に、歌手になりたいって夢は否定したんだよね」
「ああ……」
知影探偵が相槌を打っていると、また話し出す。ここまで話してもらってよいものかと僕が疑念を持っている間にも話は進んでいた。
「で、実際、彼女が親の旅行中に先生だっけかな。別の保護者の許可を受けて、事務所に応募したんだよ。で、実際受かって大ブレイク。動画上で伸びて収益が入った途端、親は目の色変えて、この家にスタジオを用意したり、金の力で色々やったのよ」
「そっか……反発したくなる気持ち、分かるような気がする」
「そりゃあ、親が自分を投資の材料に使ってるんだからね。彼女は彼女で色々対抗しているみたいだけど、これからがどうなることやら」
途中で月長さんが視線を外の方に移し、口を閉じた。で、僕も続きを話そうとする知影探偵に口を閉じるよう告げた。
少々機嫌の悪そうな梅井さんがリビングに戻ってきたのだ。ただ、僕達が彼女の事情を聞いていたことは全く知らず、こちらの顔を覗くなり笑い始めた。
「ああ、席を外しちゃって……ごめんごめん……」
何もなかったかのように話は続くが、そこ部長が別の話を持ち出した。
「それはいいんですがよ……あれ、まだ二人が帰ってきてないんだ……」
そう言われてふと思い出す。荒山さんと尾張さんがまだ帰ってきていない。そこで月長さんはジュースを飲み、呆れ顔で一言話す。
「二人とも、どっかの居酒屋でぐぴってやってるんじゃないの?」
梅井さんは頬を横に出して、「ええ……歓迎会の最中なのに二人で……」と嘆いていた。そんな様子を部長が助けようとする。
「じゃあ、オレが探しに行きますよ。こんな楽しい会から抜け駆けをするような人は許せませんからな」
探しに行くというワードで月長さんは僕達にまで視線を向ける。僕はそっと目を逸らすも、知影探偵がこちらの腕を掴んで離さない。
「ワタシ達、探偵ですから! ご期待ください! 絶対に二人を見つけてみますよ!」
そう言って連れ出される。梅井さんは「お客さんにそんなことを」となっていたが、俄然やる気の知影探偵はお構いなし。外では風が酷く唸っているも、気にしない。
僕を連れて、外に出た。梅井さんも「取り敢えず、心当たりある場所を探してくるね!」と言って、道路に飛び出していく。寒空の下で彼女と部長は僕の行動を待っている。
「知影探偵……自分で探してください。ほら、部長も。思考を止めないでください。何のための仮装なんですか!」
ホームズの仮装の意味がないではないかとツッコむと彼女はすぐに「い、今考えるところだったのよ!」と言い放つ。その信用できない言葉をアテにするとしよう。
「ええとねぇ……普通に考えれば、分かるでしょ。近くのコンビニにお酒を買いにいったんだから、まず、そこを見てみましょ! そこでたむろしてるかも」
「不良ですか……まぁ、いるかもしれませんし、行ってみましょう!」
知影探偵がそう言うと張り切り出す部長。彼は僕達を置いて、スマートフォンを見ながら近くのコンビニへと走っていく。向かい風で部長の髪が変になっていくのを観察しながら、僕達も後をついていく。
しかし、結果は空振りだった。コンビニの店員へ世間話のついでに聞いてみるも、二人の男女が酒を買っていった覚えはないとのことだった。そもそも客が来ていないとのこと。「寒くて風の強い日はみんな家にいるのだろうか」と店員は呟いていた。
ダメだ。
近くのスーパーだろうかと思って行ってみようとなるも部長がスマートフォンを見ながら止めてきた。
「おい……もう九時半だぜ。この辺でやってるスーパーはないな……」
知影探偵はがっくりしながら、「探しても無駄ってこと?」と吐き捨てる。僕も手掛かりなしには推理のしようがない。
「一旦、帰ってみますか。帰って来てるかもしれませんし」
僕が彼女の家に戻ることを提案すると、荒山さんと玄関でばったり出くわした。けれども、尾張さんがいない。
僕が先だって聞いてみる。
「あれ……尾張さんはどうしたんですか?」
「いや、スーパーにいる途中でトイレを指差してたから、そこで別れた。で、気分的にすぐに帰りたくなかったから古書を漁ってきてた」
では、もう尾張さんは家の中に……?
家に入ると、ちょうどトイレから出てきた月長さんが出迎える。
「おかえりー。あ、荒山! あれ? 美樹は?」
「何だ、まだ帰ってきてないのか? 長いトイレだな……」
そこで梅井さんも二階から降りてくると、出迎えてくれた。同時に荒山さんに文句を放つ。
「おかえり……で、何で店に美樹を置いてくかなぁ……帰る時に文句言ってたよ……」
ただ何か様子はおかしかった。外を走ってきて、息が乱れているようだけれど。僕達よりも先に帰ってきているのだから、とっくに息切れが治まっていても良いはずだ。
その違和感に誰も気付かず、荒山さんは言葉を返していた。
「悪かった悪かった……で、美樹は何処だ?」
「さっき道端で会ってね。帰るよう行ったけど……ねぇ、優花? もう帰って来てた?」
説明を求められた月長さんが玄関に出てきて、一瞬あわあわと困惑してみせてから、謝罪した。
「あっ……ご……ごめん。酔い潰れて、ソファーで寝てた」
「そういや、凄いいびきが聞こえてきてたね……」
「は、恥ずかしいなぁ……他の人達の前で言わないでよ……」
梅井さんはニコッと笑いはせず、顔を強張らせたまま、二階へと戻ろうとする。ただ途中でぶつぶつ独り言。
「ちょっと待っててね。さっきの教えてくれたことをメモ帳に書いておきたいし……。あっ、スタジオにヘッドフォンを置き忘れてたんだ……」
その様子がおかしくて、ひっそり後をついていく。階段で少々様子を見ようとしていると、知影探偵と部長も興味津々でこちらに近づいてきた。
その二人をどうしようかと考えていた時だった。
「起きて! ねぇ! 起きて、どうしたのっ!? ねぇ!?」
悲鳴。
僕達が瞬時に階段を駆け下り、その正面にあるスタジオへと入る。照明の下で縮こまる梅井さん。そのそばには尾張さんが目を
他にも近くに落ちているバットに気が付いた。両者に血は付いていないが、何が起きているかは分かる。
尾張さんが何者かに金属バットで殴られたのだ。
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