Ep.5 ふわふわ迷宮ガール
尾張さんは綺麗な笑顔を絶やすことなく、リビングに入ってきた。そこでソファーに座り、皆の顔をじっと眺めている。幸せそうな感じの女性だ。
そこで僕達が気付かぬ間に食事の準備を済ませていた梅井さんが叫ぶ。
「まぁ、取り敢えず、探偵さん達の歓迎会の始まりだよーっ! 食べ物も全部用意してあるし! さぁ、お酒が入ったら、どんどん話も進むし! どんどん飲んで! 食べてはっちゃけちゃおう!」
それからテーブルの上にあった大きいワインのボトルの蓋を回し、勢いよく開ける。テーブルの上にあった七つのグラスに注ぎまわっていた。賑やかなのは大変良いことだ。
しかし、その方法で歓迎するのはだいぶ問題があった。部長は勢いでちょっと飲んでしまっていたが、その後に荒山さんが慌てて取り上げる。そのままグラスに入ったワインを飲み干して、梅井さんに注意を促した。
「おい……お前等未成年だろ。梅井……何、お酒を勧めてんだよ」
「あっ、ごめん! 知影ちゃんや氷河くん、達也くんには、ジュースあるからねぇ……しまったぁ、いつもはみんなお酒飲むから……」
「ったく……こんなことを新聞記事に書かれたら、どうすんだ? 大スキャンダルだぜ」
「ごめんねぇ」
知影探偵と僕のグラスに入ったワインは月長さんが「優花がもらうねー!」と言って、飲んでいった。香りを楽しんでいる暇もない。ただからっからの喉に水を入れ込むような感じで飲んでいる。ラベルは見るからに高級そうなワインなのだが、その飲み方でいいのか、なんて余計なことを考えてしまった。
尾張さんは相変わらず、クスクス笑っている。
その後は皆さん、相当楽しんでいたようで。席に着き、クリスマスのような豪華な食事の前で騒いでいた。カラオケも用意してあり、順番にマイクを持って歌っていく。正直僕は遠慮したのだが、マイクを持った梅井さんが「歌おうよー」と強く迫ってきたために断ることができなかった。
取り敢えず、知っているアニメソングを歌わせてもらう。歌が下手と言われる訳ではないが、巧くもない。微妙な心持ちで声を上げていた。
次に知影探偵が探偵ドラマのソングを。先程のちょっぴり飲んだワインで酔ったらしい部長が千鳥足で梅井さんの曲を熱唱していた。
梅井さんの方はファンが自分の曲を楽しんでくれていることに対し、肩を回してまで嬉しがっていた。次に梅井さんの番になると、今度は部長が固まった。確かに素敵な歌声だ。部屋中に響き、皆がうっとりしてしまう程の歌唱力。これは世の中に評価されて当たり前だと思う位だった。
歌い終わった後はここにいるほとんどの人が拍手を送っていた。僕も、知影探偵も、首を動かしながらテンポを取っていた尾張さんも。部長はもう何度も何度も。
荒山さんと月長さんは彼女の歌に慣れていたのであろう。月長さんはナイフでチキンを切ることに集中し、荒山さんは切れた肉をそこから奪うことだけに執着していた。
二人はまだ歌わないと言うことで、もう一度僕の番が回ってくる。ただ、一応拒否をしておいた。今日はもう喉が痛いかな、と。
部長はガハハと笑いながら、勧めてくる。
「いいじゃねえか。まだまだ歌えんじゃねえか?」
梅井さんも少々酔いつつ、僕に歌をお願いした。
「お願いだよ。氷河くん……! ここにいる人を楽しませてよー!」
嫌ですと言おうとしたが、部長の視線が強くなる。完全に女王の命令に従わせようとする狂信者の顔だ。断れば、どうなるか。
「わ、分かりました……」
僕が渋々歌おうとしていたその時。月長さんがテーブルを眺めて、大声を出す。
「あああっ! 優花のお酒がもうないっ!」
梅井さんは「さっきまでたくさんあったのに!?」と眉を下げて反応する。そのたくさんあったはずのお酒の缶や瓶。尾張さんの元に置かれていた。たぶん、たくさん飲んでいたのは尾張さんなのだろう。
そばにメッセージの入ったスマートフォンが置かれていて、梅井さんがそれを読んでいる。
「何々……? 『お酒飲んでるんだけど、全然足りないなぁ。もっと買ってきてもいいかなぁ』……ええっ!? じゃあ、お金出すからさ、荒山くんと美樹で行ってきてよ」
荒山さんは「何で俺まで」と言おうとしていた。しかし、梅井さんに食べていたものを人差し指で示され、顔色が変わる。
「だって荒山くんがみんなが歌っている間にパクパク食べちゃってるから……」
「へいへい、すまんなすまんな!」
と言うことで二人共々、買い物に行ってしまった。残された僕達がまた歌うことになった時、月長さんが立候補した。
「今度は優花が歌うね歌うね!」
お酒がたっぷり入って気が大きくなってきたのであろう。マイクを取るともう離さない。何曲も予約を入れていた。他の人からしたら、「多すぎない?」と思うかもしれない。ただ、歌わされそうになった僕にとってはかなり嬉しい出来事だった。
彼女は手を、腕を何度も震わせて、大きな声で歌う。彼女もまた独特な歌声。僕は梅井さんより、こちらの方が好きかもしれない。荒っぽいところもあるが、楽しんでいるところも見受けられる。
梅井さんは彼女の曲を聞きながら、僕や部長、知影探偵に言った。
「あの子も歌い手になれば、いいのに。で、そういう事務所に入れば、もっともっと伸びるのになぁ」
知影探偵がそこで好奇心を発揮した。残ったピザのチーズを伸ばしつつ、疑問を投げ掛けていた。
「そういえば、プラムンさんって、事務所に?」
「小さい個人の事務所に入ってたんだけど、やっぱ自由にやりたいってことで。一応、事務所とは繋がっているんだけど、幽霊社員的な感じかな?」
「へぇ……そんなことが」
「まっ、実際うちの事務所だからそんなことができるだけで、他のところはどうか知らないけど」
こうして夜は続くのだ。僕達は今まで起きた事件を話したり、時折カラオケをしたりして楽しんでいる。時々トイレに出たり、外の夜風に当たったり。
ずっと部屋にいたのは、僕と知影探偵、部長位だった。十時頃だったか、梅井さんのスマートフォンにクラシックの「運命」の曲で着信が入る。
「あっ、ちょっと待っててね」
また先程のトイレのように外へ出るだけか。そう思っていた僕達に聞こえてきたのは荒っぽい梅井さんの声だった。それも一気に雰囲気が覚めるようなもの。
「別に友達と一緒にいるだけだからっ! 二人は黙ってて! うちの邪魔をしないでっ! 何やってもうちの勝手でしょっ!?」
眠りかけていた部長もそこでひょこっと、起き上がる。目を丸くして、廊下の方に顔を向けていたのであった。
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