Ep.4 アダルティックレコード
「えっ?」
明らかに梅井さんに対する悪口だった。
あまりにも失礼な物言いに、僕は誰でも分かるような嫌悪感を顔で表現してしまった。近くの窓ガラスに反射した僕の表情は自分でも不快だと思った。
そんな言葉に部長はどう反応するか。僕の予想が三つ挙げられる。一、「そんなことねぇよ」とすぐさまフォローする。二、興奮して「おいおい! そんな訳ねぇだろっ!」と感情的に主張する。三、相手をする必要がないと考えて「行こうぜ、氷河」と僕に呼び掛ける。
三つの中のどれかを選ぶのだと思っていたのだが。完全に違った。彼は男の言葉を聞いて、更に梅井さんへの想いをヒートアップさせていた。
「あの人が華麗な女狐……だと? ああ、騙されたいぜ。彼女のそばにいれれば……」
やはり今の部長は僕の想像とかけ離れている。行動が予測できない。いや、毎度のことにも思えるけれど。
それはともかく、自分が編集を担当している彼女のことを何故悪く言うのか。何よりも気になっていた。やるべきことは一つ。彼にその理由を尋ねるのだ。
「……ええと、貴方は……」
「
ぶっきらぼうに名前を教えてもらったので、仕切りなおす。
「どうして荒山さんは悪口を……何か、他の人に梅井さんを取られたくなくて。言ってるようにも思えますけど。やはり、付き合っているんじゃあ」
言い終えた時に、彼は不機嫌そうに
「ふっ……ひぃ……こんな返し方をされるとはな……。実に
僕は彼の言葉にあった「性質」について、聞こうとしていた。
「梅井さんが正直だったら……?」
僕が一旦口を閉じ、疑問を吐こうとする。そこで梅井さん本人がこちらに向かって、ハイテンションで呼び掛けてきた。
「おーい! 三人共どうしたの? 早く来なよー!」
部長がすぐさま飛びついていく。荒山さんの方も「ここで話はお終いだ」と示さんばかりの無表情で僕の元を去っていった。一人になり、用がなくなった僕もリビングの方へと移動する。
普通にホームパーティができそうなリビングではうさ耳頭巾を取り、テレビの近くにある機械をいじっている。その後ろで黒髪の梅井さんとはまた違った赤みの掛かった茶髪で短いツインテールを作っている少女がいた。時々、梅井さんの方に抱き着いて、怒られている。
「こらこら! 今、カラオケのセットを準備してるんだから邪魔しないの」
「ええ……もっとべたべたさせてよぉ……」
何か一人、梅井さんを溺愛している少女。彼女は僕や部長が来たことに気が付くと、梅井さんから離れ、深々と頭を下げた。
「あ、お見苦しいところをすみません……!
すると、僕の近くで梅井さんに見とれていた部長が固まった。女性ではあるが、立派なライバルがいるみたいだ。
ただ、その事実を梅井さん自身が否定する。
「ちょ、ちょっと、優花、アンタ、いつからうちと付き合ってることになってるの?」
「三年前から」
「うっそ……って、違うからねぇ。恋の形は人それぞれだけど、うちは男好きだから……」
何か言い方が誤解されそうなものになっているが。誰も指摘はしなかった。部長なんかは心配がなくなったようで、仏像の如き、ご尊顔を僕達に見せてくれた。はいはい、ありがたやありがたや。
取り敢えず、僕は梅井さんに今日の予定を聞いてみた。
「で、今日は僕を含めた五人で対談するんですか? そのカラオケでもやりながら」
「だよっ! 今日ははっちゃけちゃって! 当然、料理もたくさん用意してるから、美味しいものでも食べながら!」
ちょうどそこでインターホンが鳴る。知影探偵が梅井さんに「ピザの出前を?」と確認を取っていた。
「じゃあ、優花が取ってくるよ!」
梅井さんからお札を数枚要求してから、玄関へと向かっていく。ただ、会話がない。ピザ屋であれば、多少の会話はしても良いはずなのだが。
ひょこッとリビングの方から顔を出し、玄関の状況を確かめた。そこには月長さんとピザの箱を持った、女子大生っぽい人がぽつり互いに見つめ合っている。
何故、喋らないのか。
訪ねてきた方の女性は時々何か笑うような顔をするも何も言わない。優花さんは彼女からピザの箱を受け取ってから、入るように言った。
「そこで会ってきたから、自分が代わりにお金を払っておいたってことね! ありがとう!
そう言われても、彼女は何も喋らないまま。月長さんはリビングに戻ってきて、またもとんでもないことを言い出した。
「はいはい! 来たよ来たよ! 彼女は
そこで荒山さんが「美樹も呼んだのかっ!?」と如何にも苗字らしい、荒々しさを持った言葉を梅井さんにぶつけていた。梅井さんの方はそんな言い方に嫌な顔一つせず、笑顔で答えた。
「そうだよ。彼女も歌を作ること好きだし。いいアイデアを貰えると思って! 今日はこのメンバーと一緒に過ごすことでアイデアを捻りたいの!」
そこにまた月長さんが言葉を入れる。
「そうそう! 優花のフィアンセ達に協力を惜しまない!」
またも梅井さんは「うちはアンタの恋人じゃないって……」と否定する。しかし、玄関からやってきた薄い茶髪の彼女はニコッと微笑むことしかしない。一切、声を出さないのだ。
ちょっと交流を試みる。
「……ええと、尾張さん?」
彼女は僕に声を掛けられると思っていなかったのか。口を開け、両手を振って素っ頓狂な顔を見せるもののすぐにスマートフォンを持ち、しきりに叩いていた。不思議に思っていたら、彼女自身から事情を伝えてきた。
『何でしょうか?』
彼女がスマートフォンの画面を指差し、更に文章を見せてくる。
『すみません……自分、声が出なくって。代わりに携帯電話で筆談させていただきたいのです』
「そういうことでしたか」
『まぁ、でも、気兼ねなく話し掛けてきてください。人の話を聞くのは大好きですから』
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