Ep.3 こんばんは、恋泥棒さん

 部長は住宅街の中にある一際大きい家の前で深呼吸を繰り返していた。いつもなんかはオシャレなど気にも留めない彼が蝶ネクタイが緩んでいないかを気にして、何度も僕に話し掛けてくる。変な心地だ。


「後、氷河も大丈夫だよな。氷河ももっとスーツとか、用意してくれば良かったか?」

「あの部長? 部長は知影探偵の付き添いみたいなもんなんですよ? 本人より目立っちゃってどうすんですか?」


 僕が彼にそう告げた直後、「ごめーん! 時間には遅れてないよね」と暗い一本道を駆けてくる知影探偵。彼女が身に着けていたのは茶色いキャップにコートだ。彼女はシャーロックホームズと言わんばかりのコスチュームを着飾っている。

 部長よりも一応は目立ってるみたいだ。いや、逆に普段の余所行きコーデの僕が目立つような気がする。

 しかし、プラムンさんは普通の衣装をしているはずだ。この二人が異常であり、僕の服が普通なのだ。頭が一杯になるまでそのことを考え、落ち着いていた。

 知影探偵が真っ先にドアの元へ行き、インターホンを鳴らす。


「すみません。知影でーす! この時間でいいんですよね?」


 同時に待ちかねてドアの中で待っていたとでも言うかのように、プラムンさん本人が飛び出してきた。


「はーい。入ってってくださいねー! 達也くんに氷河くん、知影ちゃん、今日はありがとねー!」


 瓜実顔と呼ばれるような細長い顔がまた可愛らしい少女。その頭にはうさ耳の頭巾が被ってあり、服は赤頭巾が来ているようなイメージのものを着けている。現実を見て、頭が痛くなってきた。

 この四人の中で空気が読めていないのは、僕だけ。帰りたくなってきたものの、鼻孔に美味しそうな料理の匂いが漂ってくるせいで腹が鳴ってしまった。

 急いで誤魔化そうとするも、プラムンさんには聞こえていたみたい。「入って入って!」と言われ、逃げられない状況に陥った。渋々、家の中に入ろうとして、横を見る。表札には梅井と書かれている。そこでコメントをしていた。


「梅井……プラムって英語にした名前なんですね」


 彼女は「そうそう」と言って、自己紹介をしてくれた。


「うちの名前は梅井ぐみ。今日はよろしくねー!」


 部長は小さい声で「よ、よろしくお願い致します」と珍しく緊張している。それから何か言おうとしていたみたいなのだが、声に出せず終わっていた。

 隣から落ち着くよう、声を掛けてみた。


「部長、普段ならもっとハキハキ喋ってるじゃないですか。どうしたんですか?」

「い、いや……いやな。口がな、動かないんだ……乾いちまってしょうがないんだ。本当、すごい……歌声だけじゃなかった。顔までこんなに素敵だったなんて……それに……それに……」


 汗をだらんと垂らし、目を回しそうになる部長。どうにもこうにも憧れている人の前ではダメになる、と。彼の新たな一面が見れた。

 そんな様子を理解してくれた梅井さんが穏やかに笑って、部長の手を取った。部長の頭から湯気が出て、黙ってしまう。面白い反応だ。


「あっ、で、もう一度ワタシからも言っておくね。プラムンちゃんはSNSでこの前、メールを送ってくれてね」


 廊下を歩く僕達に後ろから歩いている知影探偵が梅井さんのことを教えてくれた。梅井さんの方からは知影探偵を誉める言葉が流れてくる。


「だって凄いんだもの。ワタシと同じ大学生……それに一つ下の子が学校で起きた事件やら、クローズドサークルで起きた連続殺人やらをバンバン解決しちゃってる訳でしょ? つい、曲のモデルにしたくなってきちゃった!」

「へぇ……」


 僕が声を出したのは、その事実を初めて知って驚いたからではない。知影探偵への嫌味だ。

 その功績は彼女のものなのか。僕が知影探偵の方に向けると、彼女は何も知らないというかのように口笛を吹く。

 ただ、ここで知影探偵を叱るのも面倒だからここではノーコメントにしておく。何故か僕が助手になっているけれど。


「そうそう。知影ちゃんによると、そこの子もいい証拠とか持ってきてくれるんでしょ? まさに縁の下の力持ちとはこのことなんだねー」


 ここも言うことはない。

 部長の方は自分は何だという風に知影探偵を見ていた。そこで知影探偵が苦笑いをする、ということはたいして重要な役であると言ってないのだろう。

 彼女は梅井さんが何か言おうとしているの褒め言葉で遮ろうとしていた。


「ま、まぁ達也くんも犯人に対して立ち向かったとか」


 が、梅井さんの言葉は止められなかった。歌い手と言われているのも頷ける響いた声で部長のことを語る。


「とってもユニークな人って聞いたよ。その思春期特有のユニークな点を活かし、知影ちゃん達にヒントをあげたんだってね。しっかし、そのえっちぃサイトでどういう風に事件を解決した……って、あれ、達也くん?」


 部長は力が抜け、目が死んでいた。知影探偵はなんてことを梅井さんに吹き込んでいたのか。後から自分の発言を悔いていた知影探偵が「ご、ごめんごめん! 紹介の仕方がマジで変だった!」と手を合わせて、謝罪を続けていた。

 そんな二人の様子に梅井さんはポツリ。


「……二人が来てくれて、正解だったな。自分に自信が持てた気がするな」


 何のことを言ってると気になっているところで、部屋から廊下に出てきた少年がいた。


「何だか騒がしいな。さっさと客をリビングに連れてこいよ」


 梅井さんとは似てない、鋭い目付きをした男性だ。

 そこが部長は弱々しい声で尋ねてみた。


「も、もしかして……プラムンと付き合ってる……のか……?」


 梅井さんは戸惑って「へっ!?」と焦っている。その反応が部長にとって辛かったのか。今にも昇天しそうな顔で倒れそうになっていた。ただ、次に救いが男の口から飛び出した。


「そうじゃない。単にこいつの歌の動画を編集するのが俺の務めでな。今日も動画編集の打ち合わせで呼び出されてたって訳よ。悪いが、彼女はいるんでな」


 ほっと一安心して、こちら側に意識を戻す部長。僕が「良かったですね」と声を掛けると、「ああ……ああ……」と何度も頷いていた。

 そんな彼がちょっとトイレと言いながら廊下の奥へと進んでいく。そこで知影探偵と梅井さんが談笑している間に僕へ手招きした。部長もそれが見えたようで、近づいていく。

 廊下の途中には二階と地下に繋がる階段があり、僕がそちらに注目していたら、部長に抜かれていた。彼が先にトイレのそばで待っていた男性に、警告の言葉を受けた。


「……達也って言ったか? あの女狐めぎつねに惚れ込んでるようだが、騙されるなよ。あいつは人の心を惑わす魔女だからな……」

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