Ep.2 右肩の部長
結局、部長はお泊りだ。薄暗い明かりの中、彼は僕のベッドを使ってゴロゴロ転がっている。ベッドから転落して、床で寝ている僕にぶつかったらどうしよう。こちらが凶器を持っていて、部長が落ちて勝手に怪我した場合、僕は傷害罪で裁かれるのだろうか。きっと彼が落ちてきて僕を窒息させた場合は寝ている時の事故だと判断されて、彼は罪に問われないのだろうが。
何、この理不尽。
彼への不満を積もらせていた。すると、その張本人が声を掛けてきた。
「なぁ、プラムンのこと、本当に知らないのか?」
遠足を楽しみにしている小学生の如く、目が冴えているだろう彼の問い。僕は否定で返す。本当に知らないのだ。
「名前が……ううん。聞いたことあるようなぁ、ないようなぁ、感じですね。すみません……」
部長は「うー」と唸り声を上げていた。どうやら、僕の知識が偏っていることに疑問を抱いているらしい。
「なぁ、氷河。お前、色々知ってるよな。事件のこととか。ほら、アリバイとか指紋とか、ルミノール反応とか、そういう系の言葉はすらすら出てくるじゃないか。他にもちょっとした雑学を知ってるが……」
「ええ。それが?」
「何で芸能系やスポーツ系は
「ああ……って、部長知ってるじゃないですか」
「そういやぁ……」
僕の部屋にある大量の辞典を見てもらえれば、明らかだ。母が推理作家として集めてきた辞典をこれでもかという程に貰っている。子供の頃は絵本よりもそちらに興味がいって、様々な雑学や論理的思考、一般的と言われる常識を知ってきた。
いや、興味を持ったからの理由だけではない。母が僕に「これは何故?」と言われたら、すぐに辞典をよこしてきたせいだ。ついでに同じページに乗ってる知識やたまたま開いたところを読み込んで、余計なことまで覚えていた。
今一度、その趣旨を部長に説明しておく。
「……だからまぁ、芸能やスポーツのルールついてはあまり辞典に書いてないですし」
「なるほどなぁ。その辞典に歌い手というものが詳しく載ってないんだな」
「まぁ、母が若かりし頃に買った辞典ですし」
「じゃあ、今から講座をしようじゃないか!」
「えっ……」
彼はまず、「歌い手のことから教えていこうか」と自慢げに言い放つ。ゲッと声が出そうになった。僕は寝たいのである。
ここで「嫌です」と答えても、「いいじゃないか」の無限ループを繰り返すことになると思った。寝るための近道は彼の言葉を肯定していくことだろう。彼が満足するまで付き合うしかない。
「じゃあ、良さそうみたいだし。行くぜ。って、言っても歌い手ってどこまで知ってるんだ?」
記憶を探りながら、答えていく。間違えても怒られる訳ではないが、恥ずかしいのはごめんだ。
「動画サイトに自分の歌をアップしてる人ですよね。そのだいたいがプロでなく、アマチュア。子供から大人まで多くの人が気軽に楽しめるコンテンツでもあるで、いいでしたっけ?」
「その通りだ。最近は、その歌い手がゲームやアニメの主題歌を担当するってこともあるみたいで。随分、有名になってきてるんだよな」
「ああ、確かに。最近だとテレビで若い子が一人出てて、アイドルじゃないのにどうしてって思うことがありました。そういうことだったんですね」
「氷河の考える通りで間違ってないな」
納得してから、彼に問う。プラムンさんのことについて、だ。
「じゃあ、プラムンさんは歌い手なんですか。そういや、さっき聞いた曲もプラムンさんが歌ってましたね。『恨みますよ……』って奴」
「『怨恨のロンド』だな。プラムンの凄いところはその曲を表現する美声と熱狂したくなるようなアレンジなんだよなぁ……で、そうそう。プラムンは作曲家でもあるんだよ。その『怨恨のロンド』を作曲した」
「作曲もするんですか!? 自分で作って、自分で歌うって言う……へぇ。器用なことができるんですね」
僕のコメントに「器用どころじゃねえぜ」と言って、プラムンさんを称賛、いや、崇拝するような語り口で喋っていった。
「ああ……プラムン様のようなネットに作った曲を上げている作曲家全員に言えることなんだが、周りに流されないところが凄いんだ」
「周りに流されない? どういうことです?」
「アイドルとか、タレントはどうしても大勢の人をファンにしないといけないから、需要の広い曲を歌わなきゃ、いけないんだよな。だけど、ネットでは再生数こそあれど、ほとんど制約なしで好きな曲を作れるんだ。その中には一部の人が心から救われるような心の問題を描いた曲もあるんだ……」
「確かにアイドルは恋心や社会問題とかを大まかに歌っていますね。それが悪いって訳じゃないですけど、さっき聞いた『怨恨のロンド』も一部の人にはそういう大衆的な歌より、こっちの方が心に響きますね。誰かを恨んでる人とか……」
部長を恨んでいる僕にピッタリだった。そんな熱い視線を向けていることに気付かず、彼は語る。
「そうそう。他にも『私と他の人を比べないで、私は一人で私、他の人も一人で他の人、全然違うのだからちゃんと見分けてよ。パパ、ママ』」
「部長……」
突然歌詞を話さなくても良いと彼に言おうとしたところ、驚きの返答がやってきた。
「なんだ? まだ、タイトルの途中だぞ?」
「はっ? 今の歌詞じゃなくて、タイトルなんですかっ!?」
「ああ。この先も彼女の想いがタイトルにぎっしりと詰め込まれてるんだ。それに感動しちまってな。確かにこの曲はまだ他の歌い手が歌ってみたを出していない位、狭い人気の曲だが、すげぇ、光を感じてなぁ……まさか、そんな彼女に会えるなんて、マジでオレって幸運だよな……それでさ」
彼のマシンガントークが始まり、僕は嫌気が差してきた。取り敢えず、プラムンが素敵な作曲家であり、歌い手であることは分かった。それだけにしておいてほしい、と僕は耳を塞ぎ、寝たふりをする。
「おーい……氷河……あれ? 寝ちまったか?」
答えない。
「仕方ないなぁ。話の途中で寝ちゃうなんて、子供みたいな奴だなぁ。まぁ、そこが可愛いんだがな」
どっちが子供だよ、と思わず飛び起きそうになったのだが……大人を意識している自分はぐっと我慢した。
部長に不満を抱く日々を送る中、すぐに約束の日、約束の夜はやってくる。
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