Ep.7 うそはき

 誰がこんなことを……と探す前に今は、警察と救急車を呼ぶことだ。


「知影探偵、救急車を! 部長、警察を!」


 二人は同時に頷き、手元にあったスマートフォンで連絡をする。部屋の外から、梅井さんの声を聴いて入ってこようとする荒山さんと月長さんには足止めをさせてもらう。


「すみません! 入ってこないでください。現場保存でお願いします」


 現場保存。このまま今の立ち位置を動かないようにする。指紋が余計なところで付いたら、証拠が滅茶苦茶になってしまう。ただでさえ、倒れている尾張さんの髪も滅茶苦茶になっているのだ。

 彼女の手元に置かれているのは、尾張さんのものらしきスマートフォン。僕は指紋が付かないように触れないかと戸惑ったところ、知影探偵が手袋を貸してくれた。


「これなら、つかないわ。その中にもしかしたら、誰がやったか書いてあるかも、でしょ」

「意識があるうちに書いてれば、の話ですがね」


 スイッチを押してみる。途端に流れ出したのが、不思議な音程のメロディーだった。開いているのは動画サイト。お気に入りにした動画の中からこちらを選び、再生していたよう。

 この曲が何のメッセージになるのかはハッキリしない。そう思っていたら、部長が呟いた。


「嘘だろ……いや、嘘だろ……?」


 何かおかしい表情。知影探偵の方も事情を知っているのか、黙って梅井さんの方を向いている。そのまま動画について調べてみると、タイトルにはなかったものの歌詞に聞き覚えのある言葉が入ってきた。


「『私と他の人を比べないで、私は一人で私、他の人も一人で他の人、全然違うのだからちゃんと見分けてよ』。部長が言ってたものですよね……まさか、このメッセージが言ってるものって……」


 誰も声に出さなかった。そのまま動画の投稿者を確かめる。名前はプラムン。歌い手も何もかもがプラムンであり、それ以外の何物でもなかった。

 つまるところ、犯人は梅井さん……?

 僕が疑いの眼差しを向けるも、彼女はずっと動けない尾張さんを起こそうとしているだけ。

 しかし、彼女が犯人だとしたらおかしいことがある。何故にスマートフォンからのメッセージを消そうとしなかったのか。そう思ったところで違う案が思い浮かんだ。消さなかったのではなく、消せなかったのか。僕達が彼女の後ろを歩いていたことに気が付き、すぐに倒れた彼女を見つけたふりをしなくては……と思ったのか。

 

「ううん」


 ただ、違う可能性も考慮してみなければ。

 僕はたまたま動画が彼女のものになった可能性も考え、他のアプリも確認させてもらう。タブというもので、どこでアプリが中断しているのかが分かるのだ。

 一番探したかったのは電話かメール。もしかしたら、そちらの方で犯人に繋がるものがあるかも、と思ったのだ。メールでこのスタジオに呼び出し、襲った可能性もある。

 ただ、タブには電話がない。あったのは、インターネットだけ。そこには「私を嫌わないで」との曲名が検索されているだけであった。


「私を嫌わないで……か」


 そこでまた部長が暗くなる。階段の方から、月長さんが言った。


「どういうことなの? 何でプラムンの曲名を呟いてるの……?」


 月長さんが言うには、この曲も梅井さんのものだと。調べれば調べる程に梅井さんの疑いが濃厚になっていく。

 他に証拠はないかとタブ以外のものも調べていく。電話だ。着信履歴はあるのかと。

 スマートフォンに謎の着信履歴。この電話番号に心当たりがあるのか、尋ねてみた。


「……うちの電話番号……それに、今持ってるの……うちのスマートフォン……」

「えっ?」


 梅井さんはこのスマートフォンが自分の物だと告白した。


「そうだよ……この動画も……自分が再生したものじゃない……」


 部長は「そうですよね! そうですよね!」と激しく頷き、同意していた。

 その様子を見ながら、容疑者のことを考える。梅井さんの証言で怪しい人の条件が浮かび上がってくる。


「あの……梅井さん、ここの家の電話を使えるのは誰ですか? ええと、一階の電話だけですかね……?」

「一応、親機がリビングに。子機が二台……二階と地下室のスタジオでたところにある」

「つまるところ……」


 自由に使える人物。この家の中にいてもおかしくない人だろうか。犯人は電話を使って呼び出したのだとしたら、怪しいのは二階の子機を使える梅井さん、リビングの親機を使える月長さん……そして荒山さんも地下一階の子機を使えば何とかなる。

 後は、犯人が起こしたことについて考えよう。

 まずは被害者が梅井さんのスマートフォンで呼び出されて入ってきたところを、内開きのドアに隠れて待っていた。そして、金属バットで殴打。

 そこで犯人は梅井さんのスマートフォンを残したまま、彼女に罪を擦り付けて逃走した。


「……だと考えたら、おかしいよな。犯人がするにも、被害者がするにもおかしい……どうして、メッセージなんて残す必要があったのか。梅井さんが犯人だと思うのなら、そのスマホをぎゅっと握りしめてるだけでいいし、下手に痛い頭を使ってやる必要がないんだよな……」


 と、そこまで考えてふとやめる。僕は探偵ではない。ついつい現場保存のついでに考え事をしてしまったが、後は警察の仕事である。

 僕の出番ではない。

 きっと、この傷害事件も警察の捜査によってすぐ終わる。若い救急隊員の人も言っていた。


「大丈夫……命に別状はなさそうだから」


 尾張さんが真相を語ってくれるはず。

 そんな甘ったれた幻想は僕達が事情聴取を終わらせ、家に帰宅した次の日にはすっかり消えていた。まるで蝋燭ろうそくに付いていた儚い火のように。

 尾張さんの体調はその後、急変。搬送された先の病院で死亡が確認された。

 つまるところ、これは決して傷害事件などではない。人の命を奪った、許されざる犯行。殺人事件だ。

 しかし、後は警察が動いている。そこで僕が余計なことを言うために入ることができるのか。土曜日の朝、そんなことを考えていると、玄関から入ってきた男がいた。


「部長……」

「氷河……お前の推理を聞かせてくれないか? 知影先輩が犯人はプラムンだって言うんだよ!? そんなの嘘だよなっ!? なぁ?」

「……ううん、知影探偵がですか……?」

「ちょっとプラムンのうちの前まで来てくれっ! そこで知影先輩に言ってやってくれよ!」


 僕は困惑する。部長が幾ら梅井さんを信じるかはどうだっていいが。僕には梅井さんを無罪にできる証拠や主張を持っていない。彼女をこの事件で最も怪しい人だとしか思っていないのだから。

 

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