Ep.3 探偵が終わったら、撮ってみる(終)

 どちらも下校している最中だった。彼は僕が通っていた中学校の制服を着て、時々額部分に巻いてあった包帯の部分を擦っていた。そんな姿を見て、すぐに彼の元へと駆け付けた。

 彼の探偵行為に注意をしたり、動画を消した理由を聞いたりしたかったから。それだけではなく、やはり心配もあったからか。意図せず、僕は彼にこう言っていた。


「それ……大丈夫?」


 彼は僕の存在を確認すると目を見開き、年相応にニカッと笑ってみせた。


「ああ、平気だ。それよりも氷河探偵、奇遇だな!」

「うん。そうだな……でさっ……あれからどうなった? 動画……のことだけど」


 先に探偵行為について、どうにか文句を付けたかった。そうすることで探偵を殺す僕の目的を果たせるはずなのだ。しかし、先に動画のことについて尋ねてしまう。僕の真っ先に謎を解きたがる悪い癖だ。

 彼は動画の話題についても表情を変えず、笑い顔のまま説明してくれた。


「まぁ、警察から注意されてな。特にあの音声配信に関しては犯人の名前を出したってこともあり……炎上して、あの鬼刑事に消すように言われて……それからはもう叱られて𠮟られて」

「そうか、お気の毒に……」


 叱られた割には何か生き生きしているような。全く応えていないのだろうか。と思っていたら、そうではなかった。

 眉を下げ、自ら失敗を告白していた。


「いや、大変なのは刑事の方……だな。犯人の名前については後に全国報道されるからいいとして。刑事が自分を守れなかったってことで相当叩かれていた……これは自分が悪いはずなのに……自分が勝手に犯人を刺激したせいで……警察が叩かれて。これじゃ、正義の意味がない……正義を執行する人に辛い思いをさせて……」

「映夢探偵……」


 彼は警察に対しても申し訳ないと思っていたらしい。確かにそうだ。僕も似たようなことをやっているから人のことは言えないが。探偵の行動で警察のプライドが傷付けられることがあってはならない。彼らは日夜、市民の安全を守るため、二十四時間年中無休で必死に働いているのだから。

 僕が頷いたところで彼は二つ目の反省点を口にした。


「証拠も不十分なのに追い詰めた……これは自分の責任だ。事件現場で証拠がなく、強引に推理を進めようとしたり、こちらの痛いところを付かれたからと言って勝手に犯人にキレたりしてちゃ、探偵としてまだまだだ」

「そこまで考えてたんだ」

「だから、自分の誇りを一回捨てることにした。まぁ、陽子刑事にも全部消すよう言われてたんだがな」

「言われてたんだ……まぁ、そうだよな……事件の取材をしてて、犯人に襲われることってよくあることだし。動画を出していたら、自分が犯人を捕まえようとしてますって意味を見せてるものだから、襲われかねない。警察のように特殊な訓練を受けてる訳じゃないし、危険すぎる」

「その通り! 動画を一回全部非公開にして、だな。氷河探偵のように……しっかり探偵としての自分を磨くことにする……」


 思わず「頑張れ」とまで言いそうになって、口を閉じる。僕の考えは探偵を殺すこと。探偵をおびき寄せて、探偵として殺すこと。それなのに探偵行為を助長してどうするのか。

 自分の考えを反省してから、一つ彼にお願いをする。


「……その時はまた、動画を撮るんだよな?」

「ああ。事件関係の動画をまた……いや……事件関係の動画にするべきかな。とにかく自分の身を守れる位に力をつけてから、撮るよ」

「まぁ、そのジャンルは君の好きでいい。君自身が好きで撮る映像が一番面白そうだから……その時は一緒に動画を撮らせてくれたらな……」

「氷河探偵だったら、いい絵が取れるはずだ。大歓迎大感激だ!」

「あはは、ありがとう。だから、それまで危険なことはするなよ……絶対に僕と一緒に撮るんだからな」


 彼は大声で「ああ!」と了承してくれた。


「じゃ、そのためには連絡先を……!」


 僕はそこでようやく彼の連絡先を手に入れた。そのまま彼に別れを告げ、離れていく。

 こうして自然にゲットできた彼の連絡先。

 たぶん、彼が撮った美伊子の取材動画が、彼女の実力を探偵達に伝えたのだと思っている。あの夏の夜、彼が彼女を取材しなければ、美伊子がユートピア探偵団に狙われなかったのでは。アズマに嫉妬されなかったのでは。

 映夢探偵も知らずに協力してしまった可能性が高い。だから彼を責めるつもりはない。中学生である彼をこれ以上、危険に巻き込むこともしない。自由に連絡できるようになれば、自然に彼の行動を誘導し、危険から逃がすこともできる。他の人にはバレないよう、電話で情報をやり取りすることもできる。

 やっと一歩だ。

 アズマの情報を自分の足で集められている実感がここで初めて味わえた。

 アズマに関わっている「アイリス」という男。彼に出会えるよう、明日から頑張ろう。今日も誰もいない公園の中で一人誓ってみせる。


「美伊子……待ってろよ……絶対に、絶対にだ。見つけ出すから。そして、また行こう。夏祭りに……今度は絶対、自分の力で射的で欲しかったぬいぐるみを取ってやるからさ。好きなものを奢ってやるからさ」


 一人で言って寂しくなってくる。悲しくなってくる。それでも涙を飲み込んで、続きを喋っていく。


「いい思い出作ってあげるから。全力で笑わせてやるからさ。だから、戻ってきてくれ。絶対にだ、ぞ……」


 ふと目の前に幻想が浮かんだ。公園の入り口で黒髪を揺らしつつ、心地よさそうにソーダ味のアイスキャンディーを頬張る少女。セーラー服にポトリとアイスの雫が落ちる。彼女の服に当たると同時に幻想は消えてなくなった。

 そこで目を擦って、再度公園の入り口を確かめた。そこには、熊のぬいぐるみを小さなカートに乗せて遊ぶ女の子がいた。


「あれ……」


 ちょっと古くなってはいるものの、見覚えがあるものだ。そうだ。あの祭りで僕が小さな女の子に渡したもので、ないだろうか。彼女もそうだ。あの時の子に違いない。

 彼女はぬいぐるみに「今日も遊ぼうね!」と声を掛けて、キャッキャッとはしゃいでいる。

 そこでふと「正義」という言葉の本質が頭に浮かんできた。


「そうか。別に悩むことなんてないんだ……正義って、推理して謎を解くことだけじゃない。大切な誰かの、笑顔を守るために頑張ればいいんだよね。みんなが守りたいものを守るように……!」


 


 


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