Ep.2 自分らしさの正義で
「嫌いでもいいじゃないか……それが自分らしさと言うことだ」
彼の言葉に納得できず、聞き返してみた。
「自分らしさ……ですか。何で、嫌いでもいいんですか? 僕は何か……」
「ああ。だから、お前は勇敢にも強盗に立ち向かった……。推理をぶつけていた。それも君が守ろうとしたからだろ? 仲間を。そして、何も罪もない人達を……」
「ま、まぁ……」
照れていいのか分からず、何だか微妙な心地になる。
「自分のあるがままで正義を貫いたってことだ。君の正義は自分自身で判断できるんじゃないか? それが正しいか、間違っているか」
「……自分で判断? 本当に?」
「本当だからこそ、お前は仲間を守れたんじゃないのか? 仲間のために自分が
「……ううん」
僕が腕を組み始めると同時に彼は自分の体験を通し、自分らしさの良さを説得してきた。
「自分らしさと言うべきか……誰かを傷付けようとする考え方が大半の自分らしさだったらどうにかするべきだが、誰かを救いたいという考え方は例え自分が間違ってると思っても、変える必要はないと思うな
「……そうなんですね」
「自分の場合、息子を助けたい自分らしさを誤って……。強盗をしようという傷付けようって考え方に変わった。それが下手に動いて、大事なものを失う羽目になった……」
「大事なものを……でも、自分もそうです。自分らしさを付きとおし、自分の思う正義を貫いた結果、とんでもないことに!」
彼は懸命に自分らしさの良さを語ってくれているが……。
そう。犯人を追い詰めて、殺人をさせてしまった。自殺させてしまった。
自分らしさの推理で犠牲者を出してきたことも事実だ。その悩みを彼にぶちまけると、何故か小さく笑っていた。不快に思う感情よりも不思議に感じる感覚が先走った。思わず「どうしたんです!?」と大声で聞く程に。
「……とんでもないことを経験してるお前だからこそ、他の探偵には成し得ないことができるような気がしてな。それに気付かず、大事なものを自分から捨てようとしていることが滑稽でな」
「大事な……?」
「ああ、お前の大事な自分らしさ。きっと、それは誰かを救える武器になる……もっと未来を見ろよ」
彼の言葉ではまだまだ納得できない。自分がやはり、好きにはなれなかった。ただ、だ。何となく、期待していた。自分らしさが奇跡を起こすのではないかと。
そうこう話しているうちに面会時間に終わりが来る。僕は彼に一礼をする。彼もこちらに深々と一礼をしていた。最後に僕から一言。
「ありがとうございます。とにかく、自分らしさを人に迷惑を掛けない程度に出してみようと思います」
「おお……そうしてくれ。お前の活躍、楽しみにしてるからな……息子のように、な」
彼の言葉を心に残してから、部屋の外に出た。そのまま廊下をゆっくり歩きながら、考える。
楽しみにしている、か。彼が社会に復帰した時に僕は活躍しているのか、分からない。もしかしたら犯人に殺されて死んでいるかもしれない。探偵行為の中で何か重大なミスをして、刑務所に入ることとなることだって否定はできなかった。
ただ応援されているせいで、ネガティブだった気分が少しだけ吹き飛んだ。
「まぁ、これからも頑張ってはみよっかな。美伊子を探すためにも迷ってはいられないよな。自分らしさを生かして……何とか、何とか前に……」
前に進もうとしたところで一つ思い出し、歩みを止めた。僕を呼んだ張本人でもある赤葉刑事が結局、面会の部屋に現れなかったのだ。
謎に思いつつ、再び歩き始めた。階段がある角の場所でバッタリ彼女と出くわした。
「あっ、赤葉刑事」
彼女は眼鏡にまで汗を垂らし、僕に状況を尋ねてきた。
「あ……もしかして、面会終わっちゃった?」
「ええ。もう時間でしたし。一応、話はしてきたけど……たぶん、赤葉刑事が思っているものじゃなかったと思います」
「わたしが思っているものって?」
「そりゃあ、何か事件の真相について口を割らないから、聞いてほしいとか……」
疑問符を浮かべた僕が彼女に質問する。彼女は大きく首を横に振った。そして、驚くべき発言を口にした。
「元気づけてほしかったんだ。増岡さん、自分と話している間にも凄いしょんぼりしちゃって。やっぱり、息子さんが殺されたんだから生きる活力を失ってもねぇ……だから、息子さんとほぼ年が変わらない君に話し相手になってもらってね……」
「えっ、僕に?」
僕が口をポカンと開けているうちに彼女は何度か頭をペコペコして謝ってきた。
「でもさっき来た知影ちゃんの電話で聞いたんだけど。氷河くんもふさぎ込んでた……ごめんね。落ち込んでる人に落ち込んでる人と面会させても話せることなんて……」
「ちょっ、ちょっと待ってください!」
彼女が勝手に話を進めていきそうになるものだから、僕は急いで止める。話が見えてこない。彼女が言う増岡さんの様子と、実際の様子とがかけ離れ過ぎていたのだ。
「何?」
「いえ。増岡さん、僕を励ます位には元気だったんですけど。前よりも凄いフレンドリーな感じで」
そんな僕の言葉に彼女が顔をこちらに近づけ、事実確認を始めてきた。
「ええと、それ、同じ増岡さん?」
彼女があまりにも現実離れした雰囲気を纏ったがために何か違う気がしてくる。ただ、質問をすれば分かるだろう。
「じゃあ、他にも増岡さんって人がこの留置所にいるんですか?」
「いや、いないけど……」
「完全に増岡さんじゃないですか」
「そっかぁ。何が元気にさせたんだろ?」
僕もそこは分からない。彼が自分で心を癒した可能性もあるし、誰かの励ましが心を打ったという考え方もできる。
謎に思う中、赤葉刑事は違う話題も投げかけてきた。
「あっ、そう言えば……知影ちゃん、言ってたよ。『落ち込んでてワタシの文句聞いてなかったから、赤葉刑事が伝えといて』って」
「うん? そう言えば、事件の後に知影探偵に会って、何か言ってたような……」
「言ってたわよ。『動機を調べに行った、ワタシのことを忘れてたでしょ!』って」
「あっ、すっかり忘れてた……」
同時にもう一人の探偵が頭に蘇る。映夢探偵に色々言いたいことがある。その大半が推理について。彼のやり方には危険が多いと伝えてやらねば。
さて、連絡先の交換とか全くしてなかったんだよな。
彼の居場所についてまたヒントがないか。また動画を見て、探してみようと思ったのだが。彼の作品全てが動画サイトから消えていた。
彼の動画を使い、美伊子の所在を知るであろうアズマをおびき出そうとしていた僕にとっては非常にショックだった。いや、利己的な話だけでなく、寂しさもあったのだ。何だか、心に来るものがある。
もう彼とは会えないのだろうか。残念に思っていたものの不思議な巡り合わせがあったのか、三日後に再会することとなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます