Epilogue.4 上辺だけの正義はしたくない
Ep.1 面会
自販機館で起こった殺人が解決し、ハッピーエンド。それがたいていのミステリーの終わり方だが、僕の場合はそうもいかなかった。
心の中に
「僕は……悪くないのか?」
自販機館にて、僕は刑事の話も聞かずに事件を解いてしまった。陽子刑事はあの後、会うこともなく逮捕状も何も来ていない。大丈夫だとは思うのだが、人が嫌がる手を使って正義を執行したことについては間違いない。
結局、陽子刑事は探偵が傷付くのを避けて、事件に関わらせないようにしていた。ただ嫌っているのではない。嫌悪感しか持っていなかったら普通は探偵の論理など聞き入れる訳がない。それだったら、僕が導いた犯人が内部にいるかもしれないとは考えないはずだ。しかし、違った。
彼女は探偵の言葉を受け入れ、事件の犯人と真面目に戦っていた。
そうであるはずなのに、僕達が邪魔をした。勝手に事件現場に入り、過去のトラウマを刺激した。
本当に申し訳なく思う。ただ謝りたくても謝れない。
家の中で延々と後悔し、
『今時間空いてる? 授業終わった?』
「今日はもう終わりましたから。大丈夫ですけど」
『だったら、面会に行けない!? 留置所に!』
突然、面会を誘ってきたのである。しかも留置所。少し怖いと思ったのが、留置所にいる犯人からの報復だった。ただ、留置所は犯人とはガラス越し。暴言以外の攻撃は来ないのだ。
不安から疑問に変わる。
では、一体誰の面会をするのだろうか。
「誰のです?」
『強盗犯……ストライカー、いえ。
「えっ、あの人に?」
『まぁ、ちょっと会わせたいの! それとも、会いたくない?』
「い、いや、何かあるのなら」
『じゃあっ! 迎えに行くね!』
僕が「どういうことなんですか?」と聞く前に切ってしまった。何故そんなに急いでいるのか。少し考えてみると、すぐに予想がついた。
留置所の面会時間は十七時まで。今はだいたい、その一時間前と来た。ここから留置所がある警察署まで行く時間を考えると、あまり余裕がない。赤葉刑事はそこで焦りを感じていたのだろう。車、事故らなければいいが、と祈っておく。
彼女に何故か聞いてみよう、と思っていたら、迎えに来たのは違う警官だった。事件現場の何処かで見たようなひ弱い顔の男。「忙しい赤葉刑事の命令で送迎することとなった」とのこと。彼にも事情は伝えていないらしく、結局警察署に着くまで、赤葉刑事の目的は分からずじまいだと思っていた。そこで更に、じらされることとなる。
赤葉刑事とは階段で遭遇したものの、違う人と電話をしていて会話はできず。彼女の手からストライカーと面会できる部屋が記されているメモを貰っただけだった。あやつ、僕を面会をしているタイプの面会だと思っているのだろう。実はほとんど面会の経験はなし。裁判もののように捕まった犯人と話す機会も全くと言っていい程ない。
だから、今の場所からどう留置所までいけば良いか、覚えていない。ただ勢いで階段まで歩いていたら、彼女と会っただけ。前はこうだったか、と勘を頼りに進んでいくと、三階の廊下でばったり嫌な奴に出会ってしまった。
奴はこちらを睨み付ける。
「……何の用だ……? 警察署に何の用だ?」
どうやら探偵としての行動でここに来たのだと思われているらしい。ただ調査ではない。
「知り合いの面会です……」
そう答えるもピリピリした雰囲気は続く。僕も陽子刑事に対し、威圧感を掛けているのだ。見下されたら、終わり。堂々としていなければ、言葉の弾圧に押し負けてしまう。
彼女が先日のことを持ち出してくる可能性もあった。だから全くとして油断はできない。彼女がどんなことを言ってきてもすぐに都合の良い返事ができるよう心の準備をしていく。
そう力んでいたのだが、あっさりと陽子刑事は引いていた。
「……あっそ」
「えっ?」
「何だ? 何か不満か?」
「いや、前と態度が……」
「今お前に構ってる暇がないと言うか、今後一生そんな暇はないだけだ。分かったらどけっ! こっちには仕事があんだよっ!」
彼女は怒鳴り声で僕を圧倒すると、何処かに消えてしまった。代わりに残された僕は一人。近くにいた警官に留置所の場所を尋ね、面会の場所へと進むことができた。マップを見れば無駄に歩かなくても済んだのでは、と言われてからそのことに気付いたのは内緒だ。
さて。気を取り直し、ガラスで仕切られた部屋に入る。面会の部屋に来ると、そこはそこで緊張感が漂っている。一回大きく深呼吸で不味い空気を吸って気を落ち着かせようとした。
それでもなかなか気分は晴れない。いや、それどころではない。僕が入った数分後にやってきたストライカーこと、増岡さん。角刈りの男に対し、何を話せばいいかが全く分からない。結局、赤葉刑事から何も話を聞いていないのだ。
話題がないのは非常に気まずい。別にこちらが事件のことに触れられないし、下手に話してしまうと彼を刺激してしまうかもしれない。特に彼は息子を事件で亡くしている。まだ情緒不安定の中、僕が彼の感情を動かさず言えることなんてあるのだろうか。
迷いに迷いを重ねて、取り敢えず、世間話を始めておくことにした。
「あの……増岡さん、ですよね……」
「敬語か……」
「ん? どうかしましたか?」
「いや、突然、敬語を使われたものだからな……前はもっと激しい」
「別に……今は何も悪いことはしてませんし……自分は……まぁ、そこは何でしょう。気分なのか」
しばしの無言。本当に気まずい。そんな僕の心を見抜いてなのか、増岡さんから話が投げ掛けられた。
「それよりも、前より何か顔が青くなってるような気がするが……ちゃんと飯は食ってるのか?」
「えっ?」
探偵が受刑者に「ちゃんと食べてる」と心配させることはあるが、逆に尋ねられるとは予想していなかった。
「一応、食事はしてますよ……いや、まぁ」
「何か悩み事があるのか?」
「まぁ、そんなところですが……ううむ、大したことではないんですよね。何か、自分の在り方に嫌気が差したってところです」
「嫌気だと?」
「ええ」
僕はここから自分の探偵行為が嫌いであることを彼に伝えていた。彼はそんな僕に対し、一つの答えを返さんとしていた。
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