Ep.12 守りたいもの
陽子刑事は僕の存在にも気付かず、映夢探偵から手を離し、自己弁護をし始める硯に近寄って行った。
「いや、刑事もどういうことだよ……ここに閉じ込めやがって……そうやって解けない事件の時間稼ぎでもしてんのか? まさか、それで仕事をしてますって言ってんじゃねえよなぁ!?」
「だから、何だ?」
「それだったら、税金泥棒だろうがっ!」
なんて硯のキレる声に手を伸ばす陽子刑事。彼女の左手は瞬く間に硯の顔を覆っていた。右手は細くありつつも相手の腕を掴んでいる。彼は足で抵抗しようとするも、陽子警部の蹴りが一発腹に入る。
硯が「ぐふっ」と唾を吐いている間に彼女は怒りの言葉を吐き散らしていた。
「おいっ、今なんつった? 税金泥棒? 殺人犯には言われたくねぇな!」
「んっ!? 今、お前こそ……」
「悪いなっ。犯人に暴行されると思ったから自衛のために足が出ただけだ。こんなのお前がそこの坊主に加えた痛みに比べりゃ、すんともないはずだが……」
僕は彼女のやり方を好ましく思わないものの、間違っていないとは考えた。逆に彼女の心配までしてしまった。証拠がないのに殺人犯呼ばわりして、攻撃までしたら、後で硯が何を訴えるか分からない。もし、ここで事件の全てを硯が語ったとしても。正当防衛で警察官が殴ったにせよ、それが自白の教唆に繋がったなんて言われたら、陽子刑事が責任を問われることとなる。
大丈夫なのかと思ったのだけれど。
彼女の方は全く問題がないようで。
そのまま残念な恰好の硯に、今しがたの行動について解説していた。
「二階に証拠がないか探していた時、たまたま聞こえてきたんだが……アイスの自販機についてスプーンをダイニングで取るよう言ってたな。普通、カップアイスの自販機ってのは取り出し口に袋に入ったスプーンがあるはずなんだがな……」
「ああ……! しまった!」
図星を付かれたような反応をしているみたいだ。声だけでそんな感情が伝わってきた。生憎目の動きは陽子刑事の手で覆い隠されていたために、分からなかった。
「おかしいと思ったんだ。何でその袋を隠す必要があったのか……それはこの手袋が……」
彼女は警官が取り出してきた、濡れた袋にポケットの中に入れていたスプレーで一吹き。あら不思議。その液体が付いたところどころの箇所が青白く光り輝いているではありませんか。
ルミノール反応が起きた。袋に血痕が検出されたということだ。この袋。たぶん、硯はずっと捨てられずにいたのだ。トイレに捨てようにもたった一つの便器を知影探偵が占領してしまい、外に出ようにもたった一人外出したら後で必ず警察に怪しまれる。外に出てる間に証拠が処分できたのはこいつだけだ、と。それを避けるために自動販売機の中に隠していたのだ。
それが今、陽子刑事の手によって暴かれた。
硯は立つ力さえ失せたのか。破片が落ちている床に座り込む。そこで一気に陽子刑事が畳みかけた。
「……この袋を返り血が飛ばないように使ったんだな。後はここに指紋が付いているか確かめる。いや、確かめなくても分かるさ。犯行の後に隠したとなると……これにはたぶん、くっそ辛いカップラーメンを食べたばっかりであろう、お前の汗が付いている。殺人を犯す前に掻いた汗も、な。たまたま袋に触りましたじゃ、言い訳できない程、大量にお前のDNAが出てくるだろうが……何か言い訳はあるか……」
袋を鑑識らしき人達に渡した陽子刑事から顔から手を離して問うた。そこに事件の反論はない。
あったのは、正義に対する不満だけだった。
「おかしい……おかしい……! 探偵なんかに頼って、そんな警察が真実を出して……それより世界の困惑した人達をどうにかするためにお金を出した方が、いいだろう……警察なんて、警察なんて、湯切も湯切だ! 何故こっちにお金を出すと約束しながら、自販機館なんてものに! 何であいつはぼくを裏切った! 正義を裏切ったものに制裁して、何が悪い! これで奴の遺した金が困った人達に配られて、世界は救われるんだぞ」
陽子刑事は「探偵」と言われ、こちらに顔を向けた。何も言わなかったことから、今のうちに退散した方がよさそうだと考える。僕は本来ここにいてはいけない存在なのだから。
だから、僕は外でスマートフォンから映夢探偵のライブ配信を聞くことにした。
陽子刑事の声が生で放送されている。
『お前はそう言いたかったのか……そうかそうか。とっても可哀想な奴だな……あぁ、本当にお前は可哀想だ』
暫く陽子刑事は硯の言葉を反芻していたみたいだ。正義だと語る彼に一回聞くと肯定しているようにも聞こえかねない言葉。他のライブを聞いてる人達も「この刑事、いきなり犯罪者の肩を持ってるようだけど大丈夫か?」とコメントしていた。
しかし、その予想を軽く裏切る一つの言葉を彼女は発したのだ。
『想像力がそんなん貧弱で可哀想だ……ふざけんな! お前の狭い視野で全てを測んなよ!』
それから彼女の怒号と不満が続いた。
『こんな警官の職業が税金貰っていい暮らしできてると思うだろ。ああ? んな訳ねえんだよ。確かに必要最低限の贅沢はできてんのかもしんねぇ。税金で給料を貰ってなぁ。でもこっちは事件一つ一つで殺人犯やら危険人物やら相手にして命幾つあっても足りんのな!? それが正義じゃねえ。犯罪者の方が正義だぁ、税金取って悠々暮らす警官は楽だぁ!? 馬鹿言ってんじゃねえよっ! 好き放題言いやがって! 本当にむかつく言葉ばかり言いやがるっ!』
ただ彼女に散々言われているのに対し、硯はまだ正義を語っていく。もう彼の声にボイスチェンジャーは付いておらず、ただただ聞くに堪えない重い声がスマートフォンから響いていた。
『だ、だが、こっちは何度も言うが、世界の人達を救おうと! それが間違ってるとでもいうのか!? 間違ってるのは湯切のやったことだろう!? 後、警官が何だって……だったらやめちまえよ!』
このタイミングで聞こえてきたのが、映夢探偵の言葉。
『……湯切さんは、アンタみたいな怪しいところに金を出すよりも、こういった素敵な文化を後世に残すことを選んだんだ。全く間違いなんかじゃねえよ……あの人は、あの人は……』
映夢探偵はきっとボロボロの姿になっていても立ち上がって正義を口にしたのだろう。対抗するように陽子刑事も話し出す。
『警官はお前の考えているようなものじゃねえんだよ……』
二人が同時に告げた。
『あの人がこの場所を作ったのは、自販機という世界の文化の』
『警官をやっているのは、全うに生きている人達の……』
『誇りを』
『守るため』
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