Ep.11 自販機はちょっと高すぎる
「おい……それが何だって言うのか教えてくれないかなぁ」
僕が証拠のことを心配している間に硯は鋭い眼光でこちらに圧を掛けてきた。今は奴を追い詰めることが先決だ。ここに陽子刑事が来てしまったら、僕は追い出されるどころか捕まってしまう。その前に推理をぶつけるのだ。
自白を狙えれば、彼が自ら物証についても話すかもしれない。浅い考えだと言うことは自分でもよく分かっているが。今はそれしか希望がない。
とにかく彼の犯行を暴き、犯人だという状況証拠を突き付けていくのだ。まずは、そのための質問から。
「じゃあ、聞くんだが、何で水やコーヒーをここで多く買い込んだんだ?」
一見関係のない質問に見えるが重要なこと。彼は「一個買った時、一個貰えるスタンプが十二個溜まると、一個余分に貰えてお得だから」というのだが、それは非常に奇妙な発言なのである。
「それはおかしいな。これは知識の話になるんだが……自販機のドリンクって普通は高いことが多いよな。六十円の水が百円で売られていたり、八十円のジュースが百六十円で」
その仕組みがまだ詳しく分かっていない僕。近くにいた半間さんが「ああ……」と頷いてから、ハキハキとした声で説明してくれた。
「あたし、知ってる! 自販機の場合、スーパーよりまず、仕入れる量が少ないから……どうしても高くなっちゃうのよ。多ければ安く売れても、その分利益が出るけど。少ないと高く売らなきゃ、ほとんど利益なんて出ないもの!」
ついでに隣で全身を震わしていた映夢探偵もボソッと知識を喋っていた。
「自販機って意外と電気代とかも掛かるし、維持費やその置いたところの土地の人にお金を払わなきゃいけないって聞いたことが……」
僕は口を少し開けて、納得していた。だから自然と自販機の金は高くなってしまうと。そこまで考え、僕が先程の過程の値段から計算をした。
「硯。お前は六十円で買える水を百円で買った。それを十二個買ったとしようか。千二百円。七百二十円で買えるものをわざわざ自販機で、買ったってことだよな……? そんな四百八十円。百六十円の高いジュースをスタンプ報酬として無料で買ったとしても……それでも得と言えるのか……?」
そんな僕達の攻めに硯は抵抗した。
「そりゃあ……得だけと言ったが、言い方が悪いな。スタンプを試してみたかったってのもあるし、貢献したかったんだ。この自販機に、な」
そう来たか。嘘を暴けば、相手は更に嘘を付く。どんどん苦しくなって、頓珍漢なものになってくることはよくあることだ。
僕は遠慮なく、追及した。ポンと隣にあるラーメンの自販機を叩いて、尋ねてみた。
「何故、こっちの高い自販機にしなかったんだ? 水よりも利益があるだろ。それに真上にある昆虫食の販売機に貢献すれば、貴方の目的である難民の救出にも役立つはずだよな。昆虫食の需要が高いと分かれば、食糧難も少しずつだが解決していく? 何で、そっちにしなかったのか?」
「そ、そんなの気分だ……そこまでは今、考えてなかった……」
「じゃあ、何で高い値段のジュースにしなかったのか」
「それは……健康の問題を考えて」
そうではない。彼が何故、水やコーヒーなどの味を選んだのか。何故炭酸ジュースや柑橘系のジュースなど刺激のあるものを選ばなかったのか。
簡単だ。
「違う。アンタが犯行の前か後かに、そこの自販機の裏に隠れて激辛ラーメンをバリバリ食べてたから、だ。たぶん、半間さんが取り切れず、そこに置きっぱなしにしておいたものを自販機がバグっていたのでは、と勘違いして、な」
「ああ……」
「だから水やコーヒーしか飲めなかったんだ。さっきも大量に飲んだんだよな。そりゃあ、辛いものを一気に食べたら水を飲まなきゃやってられないなぁ」
彼が犯人と言えるもう一つの状況証拠も用意した。ただ、これはまだ証拠とは言えない。彼が激辛ラーメンを食べたことを推測したことだけ。
これが事件とは何の関係もない。ただ、激辛ラーメンを違う理由で盗んだ。犯人は外部にいると言い訳されてしまえば、終わりだ。
そう、今も彼は嫌味と共にその反論を口にしている。
「……そんな憶測で正義が語れると思うなよ。全くとして、その推理は合っていない。証拠もないのにふざけんな。こっちは疑われて迷惑なんだよ……それの何が正義だ。そこの探偵もふざけた動画なんて撮るのをやめろ。みんな、面白がってるだけだ。正義なんて、何も求めちゃいない。ただアンタが馬鹿みたいに事件の情報を話してくれることだけを楽しみにしてるんだよ……でな」
そんな彼の言い訳に、隣にいた彼の何かが切れた。震えていたはずの弱気な顔はない。ただ怒りに身を任せた映夢探偵の姿がある。
「正義が何だってんだよっ! はっ!? 人殺しのくせによく言うぜっ! だったら、何でラーメンを盗んだんだよっ!」
「ラーメンを盗んでなんて……」
「じゃあ、ラーメンに指紋は付いてないんだな!? 箸にもお前の唾も何もついていないと言うんだな!」
「……い、いや、それは……ああ、それよりもお前、今、大勢の人の前でぼくを人殺し呼ばわりしたよなっ! おいっ!」
硯も壊れ始めた。油断していた。まだ罪を認めていないから、穏便に行動するとばかり思っていた。
瞬時。誰も硯の腕を止められず、映夢探偵の胸を掴む。その力で自販機の方へと放り投げられた。更に映夢探偵を蹴り付ける。
半間さんが素早く部屋から逃げていく。警官を呼んでくるといいが。
僕は硯の手を止めようとするも、力で適う相手ではなかった。僕は顔に殴打を喰らい、そのままラーメンの自販機へと蹴り飛ばされた。辺りに自販機のガラスや破片が撒き散らされる。
映夢探偵の顔には壊れた自販機から飛んだガラスの破片が刺さっている。早く助けないといけないが、こちらも痛みで体が動かない。
映夢探偵は苦痛の表情を顔に浮かべ、それでも叫ぶ。
「正義ってのは暴力を振るうことかよ……」
「ああ、てめぇみたいな奴はお仕置きしねえといけねえからよ……! ラーメンを食った位どうだっていいんだよっ! そもそもなぁ、こっちが殺人を犯したからって何だ……こっちは正義のための殺人……お前等探偵とやることの尊さも何もかもが全然違うんだよっ!」
彼は首を絞めつけられていた。早く助けないと、彼が大変なことに……。それも……陽子刑事と共にいた探偵のようになって……。
僕は床を這いずってでも動こうとする中だった。
「おい……お前、何やってんだ……!」
半間さんと共に怒りで顔が紅に染まった陽子刑事が現れた。硯は自信満々に「こいつらにちょっと喧嘩を売られてよ……単に身を守っただけだ」と滅茶苦茶なことを告げる。半間さんが何か言おうとするも、陽子刑事はそんな説明はいらないと彼女の口の前に手を出した。
それから彼女は鬼の形相で硯に告げる。
「ほぉ……そこの容疑者は単にお前に殺されると思って飛び掛かっただけかもしれないが……?」
腹ばいになって動いていた僕にとっても衝撃的な発言だった。陽子刑事は外部犯の説を推していたはずなのだから。
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