Ep.10 推理ショーライブ配信中

 ただ、そんな僕が走ろうとする中で予想外のことが起きた。映夢探偵がまたライブ配信を始めたのだ。僕は立ち止まり、こちらのスマートフォンに出た通知をタッチする。

 始まっていたのは彼の推理ショー。ライブ配信のタイトルには「事件の解決編」と書かれていた。彼はカップラーメン、だけではなく、殺人事件のあらましまで話し始めた。


『ようやく掴んだぞ。この殺人事件の犯人は警察は外部犯だと決め付けたが、実は違う! 内部犯にいるんだ!』


 近くにいた半間さんが機械音を厳しい口調で彼に言う。


『何!? あたし達を疑ってるってこと……? どういうことが言いたいの!?』


 硯さんの方は驚き、声が出せなくなっていたよう。彼が履いている靴の音だけが沈黙の中で酷く鳴り響いていた。

 映夢探偵は間を空け、推理を語り始める。正直、彼の推理も外れているかもしれない。心配でしかない。できるならば、現場で映夢探偵が間違ったところを修正したかった。


『今回の犯人の起こしたことはこうだ。一番簡単な話、被害者が三階の部屋で一人いるところに包丁をぐさりと突き刺した。で、犯人はあるアリバイ工作をもう起こしていた……というよりはもう元々、そうなっていたか……』

『元々、そうなっていた?』


 半間さんが重い声で映夢探偵の元気な声を復唱している。

 一応、アリバイについては映夢探偵も分かっていたらしい。僕は映夢探偵が言うだろうと分かっているところだけ聞き逃す。理由としては動くため。ライブ配信を聞きながら自販機館まで走っていると交通量が多くなっている道で車が歩道に飛んでくる音をスルーしてしまう可能性がある。

 だから、聞く時は立ち止まって。聞き逃す時は走るを繰り返す。


「さて……このアリバイは……考え方が悪いと解けないんだよな……」


 アリバイの問題点として、僕は陽子刑事と対面した際に犯人がいじったことを挙げた。しかし、そうであると触ったものに錆が付くはず。錆が付いたものやそれを拭ったものは見受けられなかった。だから、犯人がいじったことは考えられない。

 そう。陽子刑事の反論は正しかった。正直、あの刑事の言葉がなかったら違う推理をしていなかったかも、だ。悔しいが、あの刑事に心の中で感謝させてもらう。

 心中で一礼を終わらせた後、周りの車に気を付けながら、アリバイ工作について振り返った。

 十時四十五分。あの時計はたまたま止まっていた。または止まっていたものを事件の前に用意し、すり替えておいた。

 簡単なトリックではあるが、一度騙されてしまうとなかなか真実を探せない。誰もが死体が現れた衝撃で、殺人が行われた瞬間に時計が壊れてしまったと印象付けられていたのだ。

 そう考えたところで足を止める。映夢探偵がアリバイから他の話題に移るタイミングが今だと思ったからだ。


『犯人はそう考えると時計のことを知っていた人物。そしてそれをアリバイに使えると思った人物。そう、この十時四十五分にアリバイを持っていた人物が考えられる。そう、ここにいるボク含めて三人になるな……』


 僕は唇をきっちりと締め、彼の推理を聞いていく。


「というと、犯人を突き詰めていく方法は……アリバイに関係しているはずだ」


 予想外のアリバイ。


『そのアリバイを解くために、実はラーメンの話題が必要になってくる。なんてったって、今回の犯人は何故か激辛カップラーメンを乾燥したまま、食べたという、とんでもない蛮行をしている……それが何故か』


 コメント欄に多くの「何故?」が飛び交っている。そんな謎の真実も僕は見えているから、再び走り始めた。

 犯人は実はあることを恐れていた。

 自販機にカップラーメンが置いてあること、だ。普通の事件ならば、一つ二つカップ麺が置いてあったところで犯人は気にも留めないだろう。

 しかし、犯人は違った。その場所にカップラーメンが置いてあることについて、焦ったのだ。

 何たって単品のカップラーメンが一つ、自販機の下にとられないままになっていたら、それはバグの可能性があるから、だ。

 バグの何が怖いのか。

 バグで犯人が恐れていたことは二つ。その一つが時計のバグ。もし、自販機がバグっていたことから、時計も元々壊れていたのではと連想されてしまったら、折角のアリバイ工作も水の泡だ。

 そして、もう一つは真犯人のトリックを根本的に覆してしまうことになる。そして、何より自分が犯人であることを示すこととなる。これ程、戦慄できるものはないはずだ。


「……犯人は知らなかったんだ。激辛ラーメンが何故置いてあったか。それを勘違いしてしまったのだよ」


 映夢探偵の地声が届くところに僕はいた。自販機館の中に入るまで後少し。彼の話は妨害が入らず、そのまま続いていた。


「今回の殺人事件を起こした張本人……それはバグが怖かった人間。バグのせいで作ったアリバイが壊されないか、心配した人間だ」


 彼の言うことに頷きながら、自販機館に飛び込んだ。僕も彼の言うことに反応して、呟いていた。


「犯人のアリバイは曖昧なものではなかった。ビデオカメラや電話のようにアリバイが確定しないものではなく、何処にいたか正確に分かるもの……」


 僕が呟き、自販機のコーナーに入った瞬間、映夢探偵は告げていた。湯切さんを包丁で刺殺した真犯人に対して。


「スマートフォンで完璧なアリバイを作っていた、硯さん……犯人はお前なんだよっ!」


 告発された彼はふっと微笑みを浮かべ、幼稚園児に構うような発言をし始めた。


「君、分かるかな? 今の推理は面白かったよ。まさか、この自分が犯人になるなんて、ね。ぼくが出会ってきた子達の中にはこうやって勇ましく、突っかかる人もいたね。自分の立場も知らず」

「何を言っている」


 映夢探偵の反応に今度は恐ろし気な口調を使う。


「ねぇ、君撮ってるんだよね? このぼくを名前で犯人だと告発した……これって名誉棄損、だよね? 証拠もないのに犯人呼ばわりしちゃって……これでぼくの運営している財団のイメージが落ちたってことになる……つまるところ、君達はぼくがやっている財団にまで歯向かう逆賊ってことになるな……」

「なんだとっ!?」

「正義を語るなら、腹くくりやがれっ!」


 彼は「正義」という発言を逆手に取られ、混乱しているみたいだ。犯人指名までは成功したけれども、それ以上動けないでいる。

 だから、僕が行く。

 映夢探偵の目前に現れて、硯に言い放ってやった。


「何が正義だ……論点をすり替えるんじゃねえよ。今、大事なのは硯、アンタが被害者である湯切さんを殺害したかどうか、だろ? こっちにはお前を追い詰める根拠があって言ってるんだよ!」


 僕はチラリと後ろを見た。映夢探偵……彼が犯人だと言える物的証拠は用意してあるんだよな……?

 




 

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