Ep.9 ブレイクタイム

 僕の頭がこんがらがって爆発しそうな時に、画面の向こうにいるであろう半間さんが叫んでいた。


『ああ、もう! 結局、盗んだ犯人は分からずじまいなのかぁ! 悔しい! あぁ、熱くなってたら、アイス食べたくなってきた……!』


 と同時に硯さんが彼女にアイスのことに関して、コメントを入れていた。


『寒いのによく食べるなぁ。スプーンはダイニングにあるよ』


 半間さんが大きな足音を立てて、去っていく様子がうかがえた。最後にこのライブを締めくくるよう、映夢探偵が話をし始める。


『まぁ、ともかくだ。このままでは犯人が分からないまま。しばし、皆、時間をくれまいか? この配信が終わった後で、解決編を必ず放送してみせよう。諸君! 期待してくれたまえっ!』


 「真実が判明したら、またライブをする」。そんな約束をして、配信は終わってしまった。手元のスマートフォンには動画が残っている。これは配信を見逃した人への配慮らしい。

 これを何度か見れば、真実が分かるのか。

 僕にはそう思えない。何か欠けているピースがあるのか。根本からの見落としがあるのか。それとも、犯人にしか知り得ない事情があったのだろうか。

 

「に……しても、何であの三人はまだ現場にいるんだ……? よく快く映夢探偵の撮影に協力してくれたなぁ……待たされて退屈だったのかな……?」


 他にも思い浮かぶ疑問を幾つか挙げてみる。その中にヒントがあると信じて。

 ただどれだけ純粋に答えを探そうとしても見つかりはしなかった。心に不安が積もるだけ。こうしている間にも犯人は証拠を消している可能性だってあるのだ。

 早く犯人を見つけなければ、迷宮入りになってしまう。


「と……焦った時に」


 スマートフォンの着信音が鳴った。心ときめかせ、通知ボタンを押して美伊子が映る画面へと移動した。

 彼女は毎度毎度ライブ配信をやっては何故だか、僕達に重要なヒントをくれる。ヒントがこれ以上見つけられない僕は彼女に頼ることだけが希望だった。恥ずかしい話なのは重々承知。しかし、ヒントは見ないと頑固になる時ではない。この事件が解けなければ、大勢の人が自分の身にも悪意が降りかからないかと憂いを感じることとなってしまう。

 ヒントを確かめれば、そんな人が救われるかも。だから、違法な術でない限り、僕は利用させてもらう。


『さて、今日は優しい人のお話でもさせてもらいましょうか。優しさでその身を滅ぼした人のお話を……』


 さて、今日はどのようなヒントをくれるのか。

 証拠について、か。

 動機について、か。

 また別の話題について、か。

 希望を胸に抱く僕とは裏腹に事態が良くない方向へと動いていった。画面をガン見している僕に美伊子はこう告げたのだ。


『あれ、機材の調子が……誰?』


 更に画面の様子がおかしくなっていく。途中で虹色の線が入ったり、一瞬砂嵐になったり。美伊子の姿はかろうじて映っているも、もう笑顔が確かめられなくなっている。


「美伊子……!?」


 今日はあちらから音声が送られてくるだけ。僕の声は届いていないのにも関わらず、大声を上げてしまう。

 瞬間、ここが蕎麦屋だと言うことを実感させられた。辺りの人から降り注がれる酷く冷たい視線。たぶん、クレーマーか何かと勘違いさせられたのだ。

 僕は気まずくなり、テーブルの上にある食料を全て食べたことを確認してから、すぐさま支払いをさせてもらう。そそっと、店を出て、近くの公園まで走っておく。

 誰にもいないことを確認して、スマートフォンの画面をチェック。ただ、そこに美伊子の姿はなかったのであった。代わりに「今日はどうやら機械の調子が悪いようなので、配信はなしにさせていただきます。申し訳ありません」との言葉。

 残念ながら不幸な事故でヒントはなし。

 そもそもヒントを貰うこと自体、おかしかったのだ。彼女はただのVtuber、事件のことが分かるはずがない。今までだって事件のことが報道され、それに関連した話題を美伊子が出したから。たまたまその話題をしている間に僕自身が何かを見つけてきた。

 

「……さて。そういや、壊れたと言えば……映夢探偵もカメラが……一体、何で壊れたんだろう?」


 壊れた……?

 一つのキーワードに何かを察しそうになった。そんな中で邪魔が登場。知影探偵の着信が来た。藁にも縋りたい僕は電話を取らせてもらう。


「……知影探偵どうしたんです?」

『あっ、今、半間さんの同僚に接触中! まず、半間さんについて』

「彼女が?」

『彼女のアリバイなんだけど、一応電話はあったらしいわ。どうやら、彼女宛てに変な脅迫の手紙が届いたみたいで「彼女があの時間、変質者に襲われるって」的な。どうやら、もっと生々しい表現が手紙にされてあったみたい。で、無事を確かめるために同僚がって……』

「……つまるところ、そういう話題は人がいないところでできるし……半間さんは自作自演で電話させることもできたってことかぁ」

『うん……でも、やっぱ電話か……アリバイになると思う?』

「ううん……電話ですか。アリバイとしては……本当に分からないことばかりで……たぶん、事件現場の状況からしたら、大丈夫だと……断言できないものも多いんですよ」


 分からないとしか言えない今。

 事件現場にいない僕達にはまだ知らないことがあるのかもしれないのだ。決めつけて、後でまた陽子警部に何か言われるのが怖い。


『……まぁ、とにかく何とかなるわよ!』

「呑気ですねぇ」

『何言ってんの!? アンタもその意気でいないとでしょ! 事件現場にいないなら、最後にいた人から聞けばいいでしょ!』

「はーい……」


 さて、ここまでの内容を確認してみよう。

 知影探偵は、半間さんのアリバイについて調べてくれた。それは脅迫状によって、時間が操作できたもの。

 しかし、それが彼女のアリバイになるかもハッキリしない。もしも、その人が心配して電話が来なかったらどうしていたのか。犯行時間よりも前に「気を付けて、帰ってきなさい」的なことを同僚から言われていたら、どうしていた? 仕事だからと残っていた?


『まぁ、ハッキリしないアリバイばかりよね。何でこうなったのか……ああ、もし犯人じゃなかったとしたら、映夢くんのカメラについても、半間さんの電話についても、硯さんの自販機についても、予想外にできたアリバイなのよね……』


 予想外……待てよ。一考。

 犯人の思考が読み取れた。


「なるほど。そういうことだったのか?」

『えっ? アリバイが解けたの?』


 頭の中で多くの文章が形となっていく。一行の文章が整列し、論文が出来上がる。これこそ、僕のしたかった推理だ。

 まだ穴はある。

 だから行く必要があった。僕が考えていることを確かめるためには、自販機館に戻るしかない。

 そして、探偵を頼るしかない。事件を解くためなら、探偵嫌いの信念を曲げるしかないのだ。


「犯人もアリバイも……何とか! 後は映夢探偵が証拠を見つけてくれていたら……! 信じるしかない!」

 



 


 


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