Ep.7 取返しのつかない過ち

 知影探偵と僕は事件現場を追い出され、街を歩き回ることとなる。主に自販機館付近をうろついて入る隙がないか窺っていた。


「氷河くんがゲームオーバー……か」

「知影探偵。そういう言い方はしないでください。僕達が目にしたのはゲームじゃなく、本物の事件なんですよ」

「ご、ごめんごめん。にしても、すごいよね。氷河くんを言い負かしちゃったんだから……まさか、そんな人がいるなんて」

「僕は全知全能の神様じゃないですから……」

「氷河くんも普通の男の子だったって訳ね」

「ええ……」


 途中で今やっていることが何だか空しくなってくる。知影探偵も同じよう。この輪話題についても彼女が先に切り出してきた。


「……追い出されちゃったのは残念かもだけど、あの鬼刑事に任せても大丈夫かもしれないよ」

「えっ……」


 僕は外部犯だと決めつけていた彼女に不安を持っていた。だから彼女の発言を「はい、そうですか」と受け入れられないのである。

 彼女は僕のことを見かねたのか、あるところに電話を掛け始めた。


「あっ、赤葉刑事! そろそろお昼ご飯の時間じゃないですか? ちょっとお願いしたいことが……ああ、彼女のことについてもっと聞きたいかなぁって」


 知影探偵が何をお願いしているのか、聞いてて分かった。陽子刑事のこと、だ。彼女のことを知れば、少しは信用できるかもしれないと考えたのであろう。

 そんなことがあるのか。

 もし、彼女が間違いを犯す刑事であったとして。何か原因が判明したとして。どうにもできないのではないか。

 しかし、彼女が探偵に対する態度は気になるものがあった。事情があるのなら、知ってみたい。僅かだが、好奇心が存在していた。

 だから知影探偵の提案に乗り、彼女と共に蕎麦屋さんの前で待ち合わせをすることになった。


「おーい、待ったね待ったね!」


 赤葉刑事がやってきたと同時に、近くのコンビニから制服を着た警察官が何だか頭を低くして出て行くのが見えた。赤葉刑事は彼等から発せられた申し訳なさそうな声に気が付き、振り返る。彼女自身も顔を歪め、「街の人からいろんな目で見られるのよねぇ」とぼやいていた。

 彼女は入ってすぐに僕達に代金を渡し、テイクアウトを頼んでいた。知影探偵は自分達の注文を終えた後、「一緒に食べないんですか?」尋ねていた。赤葉刑事は「まだまだ忙しいから……待ってる間だけだね。話せるの」とのこと。

 多忙なのは仕方がない。できる限り、早く話を理解しよう。赤葉刑事が近くの椅子に座って待っている間、僕達は聞く姿勢を整えた。


「……で、一体、何が起こったんですか?」


 知影探偵の問いに彼女は返答していく。


「……ここから言うことは彼女に絶対口外しちゃだめだよ。後で言ったのバレたら、怖いし。後、SNSも」

「流しませんって!」

「なら、良かった……じゃあ……」

「じゃあ……」


 彼女が語ったのは、ある事件のことだった。それはもう悲劇的。最初の一言で探偵嫌いの理由が分かった。


「彼女のせいで探偵が死んだ……正確には彼女が事件に関わらせたせいで、探偵は死ぬこととなったが正しいかな。まだ二十過ぎたばかりの男の子だった……って」


 つまるところ、彼女の探偵嫌いは余計な人が事件に関わって死んだから、である。これ以上事件の被害者を増やしたくない、そういう思いが彼女を焦らせているのであろう。

 知影探偵が「そんなことがあったんですか」と言っているうちに話はどんどん続いていく。


「……彼女の前にパッと現れて……事件の謎を解き……でもその事件の最後の手掛かりを見つけてしまって……だから犯人に口封じに殺された。犯人に突き飛ばされて……ね。犯人の方も焦って、したくない殺人をしてしまった。結局、探偵がいたことで狂ってしまった。最後に泣きながら犯人を逮捕したってこと……嫌な話よね」


 結局、探偵が介入すると悲劇的なことしか起きない。そもそも探偵と言う存在自体が不幸な現実を呼び寄せている。

 彼女はそう思い込んだに違いない。知影探偵は悲し気な顔で相槌を打ちつつ、時に質問を投げていた。

 

「……そうですか……でも、赤葉刑事、貴方は普通にワタシ達を入れてますよね……その頃はまだいなかったんですか?」

「ええ。この話は先輩の警部から聞いたものなのよ。この警部が言ってたってことも秘密ね!」

「は、はい……」


 知影探偵がその話を聞き終えるとタイミングよくテイクアウト用の蕎麦が用意できたのだ。彼女はそれが入った袋を受け取ると、「またね!」と告げて店を出て行った。

 ひと段落したので、僕と知影探偵がカウンター席に座る。すぐに僕達のところにもざる蕎麦が運ばれてきた。

 

「で、どうするの? 信じる?」


 知影探偵はどうやら僕の意向について聞きたがっているらしい。


「信じたいけど……やっぱ、あの性格だと不安になってどうしようもありません。僕は外部犯ではなく、あの中に真犯人がいると思います」


 彼女は僕が今まで説明してきた事件の内容を踏まえ、小声で反応した。


「じゃあ、血が付かなかった理由は説明できるの? アリバイについては、どうなの?」

「そこが全く分からないところです……と言うより、まだ情報が足りないと思うんです」

「確かに自販機館を全部見渡す前に出てきちゃったって言ってたものね」

「だから……頼れるのは」


 今、頼れるのは第一発見者のして残されているかもしれない映夢探偵だけ。彼の元に連絡が取れる方法がなかったかなぁ、と蕎麦を汁に付け込みながら考える。

 そこで知影探偵が一つ、思いもよらない提案をした。


「映夢くんよね……ちょっと待って。連絡先が分からないなら、動画サイトの方で……生配信してもらえば……いいんじゃないかしら」

「えっ? そんなこと、許されるの? あんま動画に……するのは……」


 そもそも事件現場である自販機館を映すのはモラル的に良くない気がする。どうも気が引ける僕に彼女は明るい顔で更なる試案をぶつけてきた。


「だったら、ラジオ的なものにしちゃえばいいのよ! 別に姿を配信してる訳じゃない。ただただ架空の事件として話してもらうしかないでしょ! ほらほら……コメント欄に打っといたわよ。知影名義で『何か事件はありませんか。あったら配信してくれると嬉しいです』って」

「は、早い」


 知影探偵は早速、実行したみたいだが。映夢探偵がそれに応じるかは別の話か、と思って彼の動画アカウントを見ていた。すると、一分後にライブの予定があると画面に表示されたのだ。

 当然、すぐに始まったのだが。少々奇妙なことに配信内容は事件のことではなかった。「殺人事件」ではなく、「カップラーメン紛失事件」になっていた。

 呆気に取られる僕の眼に映るのは、ファンタジックな海の画像。そこから聞こえてくるものはさざ波の音ではなく、映夢探偵の声だった。


『さて、ボク達のところでとんでもないことが起きたみたいだが、万能刑事がすぐに解決してしまった。ただ、そんな警察でも解けない謎が一つ。この自販機館で起きた買ったカップラーメンが消えてしまった事件だっ!』 

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