Ep.6 鬼刑事の逆襲

 予想はやはり当たった。三階で調査を終わらせた彼女は一階のダイニングにいた僕達の元へやってくる。そこで、放ったのがこんな一言だった。


「外部犯の仕業、だと推測される」


 彼女の発言に襲われ、頭にもやが掛かる。外部犯説は今まで集めてきた情報からして少々不自然に感じるのだ。


「違うと思います」


 僕の発言に彼女はダイニングテーブルを勢いよく叩く。テーブルは音を立てて揺れるものだから横から蹴り飛ばしていた。止まったテーブルに肘を付き、僕達を睨む。

 あまりに酷い態度に硯さんは部屋の隅っこへと足を下げていく。半間さんは震えて口を動かそうとするも言葉が出なかったよう。映夢探偵だけは「美人で気が強いか、最高かもな」と違う意味でぼぉーっとしていたみたい。

 まぁ、つまるところ、ここは陽子刑事の一人天下だ。


「前、言ったよな!? 探偵ごっこはやめろってっ! 警察に意見なんかしなくたっていいんだっ!」


 以前、彼女と会った時も気迫が強い。思わず僕も怯みそうになった。ただ、言うしかない。この人の乱暴な態度で捜査を任していたら、何が起こるか分からないから。


「ちょっとおかしいんですよ。容疑者である皆さんが一応、全員アリバイがあるという不思議な状況」

「そんなのどうでもいいだろっ! 大事なのは外部犯かどうか、だ!」


 どうでも良い訳がない。おかしいのだ。不思議に三人とも何か不思議な出来事が起きている。映夢探偵はカメラに異常を感じていた。半間さんは電話をしていた。硯さんは自販機で飲み物を買っていたのだが。

 「十時四十五分」。その時間に皆が階段から目を逸らしている。これはこの中にいる誰かが他二人を制御したのではないか。他二人が集中している間に一人が犯行に及んだ。


「どうでもよくありません!」

「いーや! だったら何故、返り血を誰も浴びていないんだっ!」

「返り血!?」

「捜査しているが、返り血を着ていないじゃないか……それとも、探偵……お前が返り血を消したとか……じゃねえよなっ!」

「そんなことしませんっ! あの中で誰も血が付いた人はいなかった!」

「じゃあ、外部犯じゃないか!」


 彼女の判断は早計すぎる。何か返り血を防ぐ方法があったに決まってる。


「何故そう言い切れるんです。何か袋でもあって包丁の柄に広げてくっつけておけば、血は犯人の方に飛ばない……! 返り血を防ぐことなんて!」

「じゃあ、出してみろよ。その防げる袋、を」

「えっ」

「その半間と硯だったか。あと、映夢……その三人の鞄の中に返り血の付いたものがあるってことなんだなっ!」

「そう……」

「って言っても、探偵は自分が犯人を捕まえたいがために捏造をしてるだろうなぁ」


 そんな挑発をされ、ついカッとなってしまった。


「あっ、ああ! あるに決まってるっ!」


 売り言葉に買い言葉。この時、僕は冷静さを失っていた。だから、彼女の言葉に断言してしまった。

 荷物に、買ったものを持って帰るためのビニール袋を三人が取っていたため、検査が入る。

 捜査の状況を見て、半間さんが聞いてきた。


「って、何? 君が勝手に許可しちゃったから、何か刑事さん変な液体掛けてるんだけど」

「ああ。ルミノールですよ。血液に反応する液体です」

「でも出るの? もし、犯人が洗い落としてたら」

「血は落ちにくいですし、少量でも出ますよ」


 だから、出てくれと願った。もし、ここで見つかれば犯人が分かるから。せめて、犯人のヒント位は手に入れ。

 空しくも天に願いは届いてくれなかったよう。

 警察が捜査しても、そのようなものは一切見当たらない。幾ら調べても、彼女達の手荷物に血が付着したものはなかった。

 陽子刑事は僕にこう思っただろう。「ざまぁみろ」と。下に顔を向けて、唇を噛む僕。そんな僕を彼女は許すはずもなく。


「余計な手間を増やしてくれたな……おい! この責任どう取ってくれる? これで外部犯が逃げたらどうしてくれるって言ってんだ!? おい!? 前を向け!」

「……うう。しかし、アリバイが」

「アリバイ、アリバイうるせぇな。犯行時刻が十時四十五分だぁ?」


 僕は切り札を口にする。たぶん、犯人のアリバイ工作はこうだ。最後に犯人がアリバイを主張した時に使う言葉だったのだ。この後押しで犯人が「もう逃げられない。アリバイも自分の犯行もバレてる」と悟って自首するように、と。


「もしかしたら、犯人はそのアリバイを得るため、十時四十五分に設定したのかもしれません! アナログな時計って時間をいじれるじゃないですかっ! だから、犯人は被害者を殺害した時点でその時計をいじって、被害者が倒れた時割れたように細工した!」

「あっ?」


 聞き入ってくれなかった。彼女は僕の推理を理論的に全否定した。


「となると、犯人は被害者を殺した後に細工をしたってことだな? 殺す前でもいい。何故、時計に指紋が付いていないんだ?」

「時計に指紋? 手袋をしてるんだから、付いているはずが……」

「そうみたいだな。ただ、あの時計だが、後ろがだいぶ錆びていた。錆びもはがれている。つまるところ、手袋には錆が」

「その手袋を洗えばいいんじゃないですか! 犯人はきっと洗ったんですよ」

「じゃあ……今、見た中に濡れた袋が何処にあった? 硯の買った水やコーヒーはそのまま鞄の中に入れていたじゃないか……他の商品を買った袋は濡れていなかった」


 そうだ。確かに硯さんはそのまま鞄から飲料を取り出していた。本当に濡れている袋がない。この短時間でドライヤーもないのにも関わらず、洗ったものを乾かすことができるのか。

 いや、無理だ。

 つまるところ、もし犯人が指紋が付かないために用意した袋を持っていたら……。まだ錆は付いているはず。


「それはないと言うことは……」


 彼女は僕にとどめを刺す。僕が犯人に向けてやっているものとほとんど同じだ。


「分かったかっ! お前の先入観や邪魔な意見で迷惑してんだよっ! 探偵! これ以上、捜査の邪魔をすらなら公務執行妨害で逮捕するっ! いいや、この自販機館から今すぐ出て行けっ! もう、お前は容疑者でも何でもないっ! 単なる一般人だっ!」

「あっ、でも」

「目撃者か何かは私が判断するっ! お前は不要だっ! この場から探偵となる奴を全員たたき出せっ! 今すぐに、だっ! もう一度、この場に探偵だって言って、来てみやがれっ! 不法侵入の罪で死刑にしてやるからなっ!」


 勝てなかった。証明できなかった。内部犯の可能性を。僕の中に籠っていた、異常な謎の正体を解き明かせない。

 これは僕の完全なる敗北だ。


 

 

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