Ep.5 怨敵登場

「なんだと、そのような面白いもの……いや、不可解なものが、暴いてみせようじゃないか!」


 映夢探偵は興味津々、体を前に出して硯さんに断言した。やはり、彼も探偵として「アリバイ」を解きたい、という気持ちが大きいのだろう。

 硯さんの方は笑いつつも、非常に困惑している。当たり前だ。自分の無実を主張しようとしているのだが、それを崩す前提で話されてしまうのは一大事。


「あはは……いや、確かに偶然できたものではあるけれど……ちゃんとしたものだから崩さないでくれと言うか、崩しようがないじゃないか。ほら、これだよ」


 スマートフォンに映ったものを強調する。それは彼が購入したコーヒーや水を買った時に押された電子上のスタンプだった。

 間違いなく「十時四十五分」。硯さんが殺された際、硯さんは一階の自販機前でドリンクを購入していたことが明らかになった。他に硯さんが提示しているアプリを使える自販機はない。

 ただ、疑問もある。スタンプが押されたのを確認してから、降りた可能性はあるのか。

 それだけではなかった。映夢探偵が他のアリバイ工作が使われた可能性を指摘する。


「……確か、この『コーラオン』のアプリ、ボクも持ってるんだが。少し遠くからでも自販機にお金を入れておけば、アプリで購入できるんじゃないか」


 僕は彼にアプリのことを教えられ、そこから考える。しかし、三階の殺害現場である作業部屋から通信が飛ぶのであろうか。それに加え、もし購入できたとしても、だ。


「購入できたとしても、その場にパッと出てくる訳じゃない。自販機の商品は自販機の取るところに出てくる。もし、その購入したところを僕か半間さんに見られてたら、逆に硯さんは言い訳ができなくなるんじゃないか?」


 映夢探偵は言葉を詰まらせるも、唾を飲み込んで異論を投げかけてきた。


「そりゃあ、見られた場合は二階からやった、とかって……言うつもりだったんじゃないか。偶然にも氷河探偵が二階にいたけど、殺人を犯した硯さんは知る由もなし……」

「じゃあ、実際にやってみるか……三人ともついてきてください」


 と言うことで一気に二つのアリバイ検証をしてしまう。自分のスマートフォンにあるストップウォッチ昨日を使ってから、全力で一階へと駆け抜ける形で降りていく。ただ踊り場があったり、方向転換でタイムロスしたり。全速力で息切れしてる間にアプリを開こうとした。

 その時点で一分三十秒。スマートフォンのアプリを最初から開いた状態にしても、節約できるのは五秒程。上がる場合も同じであろう。絶対に「十時四十五分」に購入して「十時四十五分」には殺せない。硯さんがもしも、陸上選手で階段を三十秒で上がったとしても、無理だ。水やコーヒーを大量に購入している。自販機の前でだいぶ時間を消費している。

 では、映夢探偵の意見が正しいか。彼はまだ自信を持って、推理を続けている。


「まぁ、そっちではアリバイを解くことはできまいだろうが。こっちなら……」


 彼は小銭を自販機に入れてから、スマートフォンを持って離れていく。少しだけならば、まだボタンは色がついている。その位置でドリンクを買うことができるのだ。けれども、融通が利いたのは数メートルまで。一階の部屋、出口にまで行くと自販機とスマートフォンの通信が切れてしまった。

 僕は彼に言っておいた。


「どうやら、三メートル位か」

「でも、現場はここから縦に六メートル。いや、二階ならギリギリ上で行けるかもしれんぞ!」

「いや、無理だろうな。……窓からロッククライミングすれば、別だけど、生憎僕達は外壁を登る音なんて聞いてないし……お金を入れ、アプリを自販機に接続したら、必ず入口に行くこととなる」

「むむむ……一回どうしてもスマートフォンを離す必要があったか。降参降参! さてこれで硯さんのアリバイは確定した、かな」


 確定と言われたところで、もう一つアリバイに関しての可能性が頭をよぎる。だから、こうも言っておいた。


「……もしかしたら、だけど、確定ではないかも。何せ、電波時計じゃないから……」


 なんてところでサイレンの音が自販機館に届いてきた。どうやらパトカーが到着したらしい。

 これで僕だけが三人を見張る必要はない。少しだけの解放感に心を落ち着かせようとしていた時だった。心穏やかならぬ人物が歩みを進めてくる。

 狐目の女は入り口から入ってきて、僕を睨みつけた。


「ああ……? 何だ? 昨日、今日と来て、また事件に関わってんのかよ!? おい!? 妙なことに首突っ込むなって昨日言ったばっかじゃねえかっ! 残念だが、今日はお前の推理を認めてくれる赤葉刑事もいないっ! あの強盗の取り調べをしてるからなぁ!」


 まさに威圧はこの世のものではない。まるで……。


妖狐ようこ……だな」


 呟いたら、突然狐目は額に青筋を立てて、怒り始めた。


「人の名前を呼び捨てにするなっ! 探偵共は礼儀知らずだなっ!」

「えっ?」

「それにしても、名前を教えたつもりはないんだが。赤葉が教えたか……?」

「どういうことです?」


 彼女はこちらがぽかんとしているのに苛立ったのか、足で何度も何度も床を叩いていた。最中、半間さんがやってきて「この人怖い顔の人は誰です? 湯切さんに何をしようとしてたんです? 事件とは関係ない人が入ってきちゃダメですよ」と変な誤解をしていた。確かに人相が悪いが、違う。


「私は捜査一課の刑事だ!」


 誤解を解くためなのか、彼女から警察手帳が提示される。

 そこには桜の紋章と「駿河するが陽子ようこ」と彼女の名と凛々しい顔写真が見えた。

 すぐに半間さんが平謝り。


「あはは……すみません。警察の人でしたか……」


 なんてふざけた笑いに陽子刑事は眉をひそめ、機嫌の悪さをあらわにした。


「邪魔だ。どいていろ。容疑者ならそこで待っててくれ」


 半間さんはそのまま三階へと向かっていく彼女の陰口を告げた。


「なにぃ!? 感じ悪いわね……そういや、何か言い合ってたけど、知り合いなのかしら?」

「ええ、時々会うんです」

「警察のお世話ってこと?」

「違いますよ。探偵ってことです。何ですか、その危ない人を見る目は……やめてくださいっ!」


 僕と半間さんが話している合間に他の警察官もやってきた。僕達は事情を順に話し、事件が起きた経緯を伝えていく。

 半間さんと硯さん、映夢探偵の中に犯人がいるかもしれない。そんな予想も言ってみるも、彼女に握り潰された。

 そう。探偵嫌いの女刑事、駿河陽子に、ね。またも彼女とは真実のために戦うことになりそうだ。刑事と対立する探偵になんて、なりたくないのだけれどね。

 


 

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