Ep.4 自販機館のアリバイ

 きっかけは十一時になって、最初に映夢探偵が三階の作業部屋に入ったことだった。彼は騒ぐや否や、一階にいる僕の元へと降りてきて事件が起きている事実を報告した。


「大変だ……湯切さんが死んでいる……」

「えっ……はっ!?」

「脈はもうなかった。氷河探偵にも確認をお願いする」


 事件が起こることまでは予測できていなかった僕には衝撃的な言葉だったのだが。近くにいた半間さんは映夢探偵の言葉を不謹慎な冗談としか受け取らなかった。


「ドッキリでもやってるつもりなの?」


 そう言われたことに対して、対応している暇はなかった。僕は映夢探偵の話に従い、三階の作業部屋へと急ぐ。そこで僕達の素っ気ない反応が気になった半間さんが付いてきて、二階にいたらしき硯さんも僕達の後を歩いてきた。


「そんなにドタバタしてどうしたんだ?」


 硯さんの声が発された際にはもう、遺体がある作業部屋に踏み込んでいた。奥にいる刺殺体。異様で非現実的な光景を目撃してしまった皆の反応は多種多様。

 第一発見者の映夢探偵は「何が起きていたのか……」と苦々しい顔を見せる。半間さんに関しては何も言われずもスマートフォンで警察に通報する。


「ほ、本当に死んでる……のか?」


 硯さんの方は湯切さんの方に駆け寄ろうとしていたが、すぐさま僕が制止しておいた。


「現場に入らないように、死体にこれ以上近寄らないように、です」


 現場は保存。映夢探偵に持っているビデオカメラで状況の保存をするよう頼んでおく。

 後は作業部屋の入口付近から、すぐに消えてしまうような犯人の手掛かりはないか。部屋の中に入って、探しておく。近くにこれぞとばかりに開いた窓があった。

 そして、向こうにはマンションのベランダがある。ビルとマンションの距離はそこまでなく、本気で飛ぼうとすれば、できないこともない。

 この窓が開いていたか、いなかったかで状況は変わってくる。死体に触れないギリギリの距離まで近づき、手を震わせている映夢探偵に窓のことを尋ねてみた。


「死体発見時、ここの窓は開いてたか? 映夢探偵は開けてないよな?」

「開けてはいまい。もう開いていた」

「そうか」


 となると、犯人は外部犯。一階からの入口からこそっと侵入し、三階に入って湯切さんを殺害。窓を開けて、そのまま逃亡した。

 思考を巡らしているうちに映夢探偵の方から疑問が飛んでくる。


「氷河探偵はもしかして……外部犯のことを考えてるのか?」

「よく分かったね」

「そんなことはあるまい。だって、氷河探偵は飽きたのか、一階でずっとスマホを触っていたではないか」

「ああ……と言っても、時々、知影探偵の様子を見に行ったんだよ。二階の部屋の横にあるトイレ。あそこの前にいたら、誰かが一階の入り口から廊下を伝って階段を上がったとしても、気付かない……」


 そんな僕に同調して、ダイニングにいたと言う半間さん。


「あたしもラーメンを食べようとして、ダイニングにいたわ」


 硯さんも誰かが通っても分からないことを主張した。


「一階の自販機に夢中になってたから。湯切さんには悪いけど、ぼく達が後ろから刺されなくて良かったと思うよ」


 この不謹慎な言葉に反抗的な感情を覚える僕。ただ今はそこを気にするよりも、映夢探偵に質問を投げ掛ける方が先だ。

 

「映夢探偵はどうなんだ? 変な足音を聞いたりとかは」

「撮影に夢中になって、こっちの方が騒いでたからなぁ……たぶん、手掛かりはないな。残念だ」

「ううむ……」


 彼が必要以上に写真や動画を撮りながら、反応している。つまり、誰も侵入してきた犯人を見ていない。今もトイレに籠っている知影探偵を除いても、四人の人間が不審な人間を目撃していないと言うのは少々気に掛かる。

 僕はもう一つの考えを確かめることにした。そう。外部犯でない場合は、内部犯。

 半間さん、硯さん、映夢探偵の中に犯人がいる。

 ただ手掛かりがない。アリバイでも証明できれば、と思った矢先、幸運が舞い降りたらしい。映夢探偵が唐突に犯行時刻を叫び始めた。


「十時四十五分! 彼が死んだ時刻はその時間だ!」

「ええっ!?」


 僕は彼のとんでもない発言に声まで上げてしまった。

 突然自首でもしたくなったのだろうか。僕は彼を凝視する。他の人達も映夢探偵に注目していた。当たり前だ。

 分単位の検死なんて、警察でも無理であるのに素人の探偵ができる訳がない。犯人でなければ……ね。

 何故、と首を傾けたところで映夢探偵がカメラの画像をこちらに提示してきた。


「ああ、勘違いしないでくれたまえよ。たぶん、湯切さんが犯人の存在に気付いて、入口の方を見て。そこで刺されて、倒れた際に近くにあった時計が弾き飛ばされ、壊されたのだろう。そこで時間が分かったんだ」


 彼が見せてきた画像には「十時四十五分」を指したふくろうの時計が床に落ちていることが分かる。時計を守っていたガラスは湯切さんがぶつかった衝撃のせいか、割れていた。湯切さんのそばに画像と同じ状況の時計がある。映夢探偵が違った時計の写真を見せてきた、ということはなさそうだ。

 僕は画像を舐めまわすように見つめた後、口を緩ませる。これは好機。一発でアリバイを絞り込めるかもしれない。


「取り敢えず、警察が来る前に少しでも情報をまとめておこうってことで、アリバイについてまとめておきませんか? なければいいんですけど」


 半間さんから「何故あなたが仕切っているの」的な顔をされてしまった。そこで巧く映夢探偵が取り合ってくれたようで、自然と彼女の顔が普通のものに戻っていく。

 それどころか、最初にアリバイになりそうな事実を話してくれた。


「ええと、十時四十五分頃でしょ? その頃だと、他の広報の担当者と話をしていたの」


 一人目のアリバイはありだろうか、と考えたところで硯さんが彼女の発言との矛盾を話していた。


「ちょっと待ってよ。君、ダイニングにいたって言ってなかったか? ぼくもその時間はたまたま一階にいたんだけど、君をダイニングで見掛けなかったよ」

「ああ……ちょっと込み入った話があったから……違う場所で、ね。ええと、外に出たんだけど、その時氷河くんだっけ? 入口にいなかったよね?」

「ええ……」


 僕にアリバイの話が飛んできた。

 十時四十五分を意識はしていなかったが、たぶんトイレ越しに知影探偵と話をしていた時のことだろう。つまるところ、僕と知影探偵のアリバイはあるはずだ。

 ただ僕がいないのを適当にあてずっぽうで言っただけなのかもしれない。よくよく考えれば、湯切さんが何かを喋る前に一発で心臓を突き刺してしまえば、無言で殺せてしまう。可能性の話だけで言えば、電話を耳に付け喋りながらでも殺人はできる。

 電話をしていたこと自体は完全なアリバイにならないのだ。

 半間さんのアリバイは怪しい。一応、後で向こうの相手にどんな音が聞こえてきたか、確認しなければ。

 次は僕から映夢探偵に注目させてもらう。僕と知影探偵のアリバイができたことでふと違和感を覚えたのだ。あの時、同じ二階に彼はいただろうか、と。


「映夢探偵はどうなんだ?」

「十時四十五分か。ビデオカメラで撮影してたな。ほら……できれば、氷河探偵が近くにいたみたいだから、気付いてほしかったがな。仕方ないさ」


 そう言われて見せてもらうも、皆が顔を歪めた。彼自身も後から確認して、「これじゃ、アリバイとは言えないかもな」と話していた。そう。カメラに動きがない。声も入っておらず、ただ地面に置いてあるものとなっている。

 

「逆に何故、こんな動画を?」


 僕は質問をしておく。動画には投稿できなさそうなものを撮っていても仕方がないじゃないか、と。


「実は撮ってる最中でカメラの画質がおかしくなったりで、撮影に支障が出始めたから……な。ちょっと試し撮りをしていただけ、なんだ」

「なるほど……では、次ですね。硯さんはどうです?」


 彼は胸を撫でおろし、スマートフォンのとある画面を僕達に見せつけてきた。ついでに鞄から数多くのコーヒー缶やら水やらを取り出した。僕達の前でおもむろに中身を飲みつつ、アリバイを説明した。


「十時四十五分は好都合。自販機ならではのアリバイがぼくにあってだね……」

 



 

 

 




 

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