Ep.3 世界平和を望む素敵な人達
三階から彼女の悲鳴が響いてくることに予想はできなかったが、僕は何も思わなかった。「きゃああああ……」の後にまだ「きゃあああああ!」と声を出したから、死体ではないことは明らか。意外と彼女、死体を見ることに関しては慣れているよう。驚いたとしても一回だけで十分であろう。
だから問題ない。僕は二階の高級ハンカチが売られている自販機を見つめていた。隣で「千円自販機、三回やって何が出るのか」を検証、撮影していた映夢探偵は戸惑って、天井を見上げていた。次に僕が平然としていることが不思議だったのか、こちらの心情を問うてきた。
「えっ、何があったか確かめはしないのか?
「しなくても別にいいと思うよ。いつものことだから」
「えっ!? 何故、そう言い切れる!? あれは尋常じゃなかったぞ!」
「そもそも知影探偵という存在そのものが異常だからな。探偵なんて目指して僕には理解できない」
「
「映夢探偵のことも分からない。何で、探偵なんか目指すのか」
「真実を解き明かすのが正義になるから、だっ! やはり、犯罪はいけないことだからな!」
正義、か。勇ましいことは良いが、それがまた人の迷惑にならないことを願うばかり。僕は適当な相槌を打って、次の場所へと向かう。
「さぁて、もうここは見終わったかな」
呟く僕に彼から指摘が入った。
「氷河探偵、来てから数分も経ってないぞ?」
「うん?」
僕の足が勝手に部屋から二階の廊下に出て、三階に続く階段へと向かっていく。それにまた映夢探偵は疑問を持ったようだ。
「さっき、知影探偵のことは確かめなくてもいいとか、言ってはいなかったか?」
映夢探偵のツッコミに顔から汗がちょろちょろ流れ出す。何故か言い訳なんかもしてしまう。
「いや、三階に何があるか、単に好奇心が……」
嘘までついて、何をやっているのか。確かに好奇心があった。知影探偵が調子に乗って、結局罰が当たった姿が見たいのだ。
ただ、気にしなくていいと発言した手前。何だか映夢探偵に本当のことを言えなくなっていた。
映夢探偵の方は僕の捻くれた感情に納得したのか、ニヤニヤしながら「理解した」と断言する。「笑うな」とも言えず、僕は黙って彼と共に上へと向かった。
きっちり締まった僕の口。
開くことはないと思ったが、三階の部屋に入ると感嘆の声が自然に出てしまった。
麺つゆや大仏の自販機。知影探偵が震えている場所の近くには、昆虫食の自販機が設置されている。ついでにネットでしか見たことのないレトロなハンバーガー自販機まである。
湯切さん、よくもまぁ、ここまで集めたものだ。僕はその行動力を褒め讃えていた。
「日本の自販機文化をここに集結させたっていう熱意が凄いなぁ」
隣にいる映夢探偵も僕の発言に同意する。
「文化を守るためにここに集めたとも言っている。湯切さんは、そう語っていたな」
「ほぉほぉ……って、そういや、取材しなくて良かったのか?」
「いやな。取材は十一時半以降にって話でな。今は中を勝手に見学をしてっていいってことで、自販機に関するいろんな撮影をさせてもらってるのだよ」
「で……その人は」
映夢探偵はこの部屋の隅にあった扉を指差した。この奥で湯切さんはブログやら、エッセイやらを執筆しているそう。
「集中したいから、時間が来るまでは邪魔をしないでだってな。こちらは頼んでいる側だし、失礼のないようにしなければいかんな」
「まぁ、そうだよな……大きい声は出さないように」
そこでこちらにやっと知影探偵が歩いてきた。彼女は目を見開いて、僕達にお叱りを入れた。
「ちょっと! 何があったか、位は聞きなさいよ!」
聞かなくても、彼女の虫嫌いが発動したこと位分かっている。わざわざ口にする必要がないと思ったのだ。
彼女は腕を組み、威圧する。そんな中、部屋の入口からクスクス笑う声が聞こえてきた。振り返って確かめると、そこにはポシェットを腰に掛けたスーツ姿の女性がいた。
「あら、楽しいところを邪魔しちゃってごめんなさい。つい、面白くて……ふふふふふ、あはははははは! かっわいいわねぇ。皆さん」
手には一眼レフのカメラが握られており、こちらの了解も得ずに写真をどんどん撮っていく。僕と知影探偵は呆気に取られ、声も出せずにいた。
映夢探偵に関してはピンと来たようで、彼女の名前を呼びながら近づいていった。
「あっ!
「当たり! 本当、可愛いわね。君も取材かな?」
「ああ」
和気あいあいとした雰囲気に知影探偵が入っていく。
「映夢くん? 知り合い?」
彼は知影探偵が求める情報について、口にした。
「ああ、市の広報を書いてる方、だ。本名は半間
そこでついでにもう一人。この部屋へと飛び込んできた。
「で、ぼくは
今度は半間さんが突如現れた男のことを解説し始めた。
「ああ、硯さん。こんにちは。ああ、君達、この人は湯切さんのご友人であり、慈善事業に尽くしている、とってもお偉い方なのよ」
彼は持っていた鞄と共に上げた右手で恥ずかしそうに頭を掻く。彼女の誉め言葉に謙遜していた。
「い、いやぁ、別にそんなんじゃないよ……」
「そうなの?」
「ああ……難民の子供達を助けるために当たり前のことをやっているだけだ」
「そうなの……ふふふ。いいわね。ちなみにあたしは市のボランティア活動をしています! 見よ。この腕章を!」
半間さんから「名誉市民」的なものを見せられ、長々と話が続きそうになった。僕が興味のない話に巻き込まれるのかと恐怖した矢先、硯さんが止める。
「……おっと。賑やかなのはいいかもしれないけど、湯切の邪魔になっちゃいけないからね。二階か一階にいよう……あっ、二人ともカメラで彼の作業部屋を撮っていないね?」
おかしな確認に映夢探偵は首を横に振った。半間さんは「まだ来たばかりよ」と部屋にすら入っていないことを主張していた。
どうやら彼の説明によると、湯切さんは自分のエッセイのネタを大事にその部屋で保管しているらしい。人を入れるのは良いが、作業部屋での撮影は控えてほしいとのこと。
誰も入らない部屋。
彼等は十一時以降に順に呼ばれるらしい。
それまで各々、好きなことをやっていた。
知影探偵は突然の腹痛が起きたのか、二階のトイレにこもりっきり。このビルには二階の一つしかトイレが使えないらしく、行きたい場合はコンビニまで走るしかなさそうだ。実際、硯さんがそうしていた。
映夢探偵は知影探偵の悲鳴で妨害された撮影を二階でやり直し。半間さんは一階でラーメンばかり買っている。
僕はと言うと暇で暇で仕方がなかった。思ったより所持金も持っておらず、玄関でひたすらスマートフォンを触っていることしかできなかった。したことと言えば、コンビニのトイレから戻ってきた硯さんを出迎えたことだけか。
「あっ、硯さん……」
「お疲れ様だね。先輩や後輩に付き合って」
「でも、まぁ、いい人のことを教えてもらいました……湯切さんの文化を守ろうとする素晴らしさ、とか」
そこで少しだけ気になった応答が戻ってきた。
「それだけでいい人と判断するのは、少々早計かもね」
「えっ」
同時に一階のラーメン自販機前に立っていた半間さんがぽつり。
「地獄に落ちるわね」
二人の言葉がマッチして印象に残る。僕が呆然としている間に硯さんは消えていた。二人は湯切さんに一体、何の感情があったのか。
謎の答えはすぐに聞くこととなる。
何故なら、湯切さんが死体となって発見されたから、だ。僕と映夢探偵、硯さんと半間さんが見たのは、作業部屋の隅で倒れている湯切さんの遺体。心臓を包丁で一突きにされ、赤黒い血が床や壁に飛び散っていた。
湯切さんの開ききった目に後悔の念が残されているように思えて仕方がない。僕は頭の中を襲った衝撃に耐えつつ、彼の無念を晴らそうと決意したのであった。
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