Ep.9 探偵なんて大嫌いだ

「で、結局、この事件は通り魔の仕業ってことになったのかよ」


 部長のぼやきに美伊子は手を合わせて、申し訳なさそうに語っていた。


「そうなんだよ。結局、それしか答えは分からないよ。みんなに色々手伝ってもらったのに、役立つ証拠は全く見つけられなかった……」


 ふぅ、と何度も溜息を吐く彼女。結局、犯人は捕まらず。美伊子の推理が光ることもなかった。祭りの帰り道、僕達五人が歩く暗がりの道で後悔の音ばかりが響き渡る。

 彼女の肩をもみほぐし、寄り添っていったのが船水さんだった。


「仕方ないよ。容疑者が何百人もいる中、通り魔だって判明しただけでも頑張ったよ、ねぇ」


 的井先輩も落ち込む美伊子を持ち前の明るさで励ましてくれた。


「本当に惜しいところまで来たって感じだぜ。こんな謎、ホームズだってポアロだって頭抱えて悩んじまうんだ。悔しい気持ちは分かるが、いいじゃねえか」


 僕は一人黙っておく。非道かもしれないが、彼女に掛ける優しい言葉が見当たらない。探偵として、でしゃばって捜査をひっかきまわしただけ。本当なら近所の人が犯人である単純な事件だったかもしれない。それなのに僕達捜査の協力者という容疑者を増やし、警察を混乱させた。その理屈を考えると、僕のキャラクター的に美伊子を肯定することはできなかった。

 あえて、厳しく突き放す。


「僕は納得できない。探偵として、結局は変に動いたことで船水さんを危険に晒したんじゃないか」

「そ、それは」


 顔を歪める美伊子を危険な目に遭った船水さんが庇っていた。


「し、仕方ないよ。別に探偵みたいなことをしてたから、危険なことになったって言い切れないし。そもそも何をしててもあたし、襲われてたかもしれないんだし」


 そう言われたとしても、僕は納得ができない。今まで探偵によって、こうむった悲しみや苦しみを思うと美伊子のことが許せなくなっていく。

 

「そんなことはない。絶対に悪いのは、探偵だ。誰にも分かってもらわなくても結構。探偵がいるから、悲劇が起きるってのを後で知ることになるだけだ」


 その発言に的井先輩の顔までが歪む。別にこちらとしては睨まれたとしても、怒られたとしてもどうでも言い訳だが。一応、目を合わせ相手の様子をうかがっていた。


「おいおい。その言い方は酷いんじゃないか? 探偵の前で」

「酷いかもですね……本当に。探偵というものはお決まりのパターンを忘れて事件を起きるのを期待している。謎乞食こじきの最低な奴等ですよ」

「おい、いい加減にしろよ? 今回、彼女がいたのと事件が起こったのは関係がないじゃないか!」

「いや、きっとこれからも事件は起こる。それで第三第四の事件が起きた時、意気揚々として挑むんだ。謎だ、事件だ。あの時捕まえなかった犯人が……ってね」


 美伊子はボソリ。下を向き、僕の言葉に反応する。


「そりゃ、第三第四の事件が起きたら、事件の手掛かりになるかもだから……捜査には参加するけど。私はそんな気持ちで事件に関わらないよ?」

「果たしてそうかな? そんな冷静にいられるかな……? 僕には、そうは思えないんだよ」


 この場にはもういられない。探偵を汚した僕は美伊子の元から走り出す。美伊子が走り出し、部長も後を追ってくる。

 部長は的井先輩と船水さんに「ちょっと待ってて」と告げていた。そんな的井先輩も部長のお願いを聞かず、僕の元へと走ってくる。

 つまるところ、今は暗い道で船水さんが一人。誰の目にも付かないところに彼女が残されている。

 犯人に襲われる可能性があるのだ。

 僕は急遽きゅうきょ道を引き返すも、遅い。


「ちょっと! やめてっ! やめてよっ! アタシが何をやったって言うの!? やめてっ!」


 美伊子と部長、的井先輩と僕が戻った時にはレインコートの男が船水さんのすぐ近くまで迫っていた。彼は船水さんの方へと手を伸ばしていく。

 このまま僕達の力では間に合わない。

 そう。僕達の力だけでは、ね。

 だから近くの家やら、電柱の影で張り込んでいた警察官の登場だ。彼等はすぐさま男を取り押さえる。


「くっ! 警察がいたのか……!」


 このまま警察官に逮捕されるものかと暴れるものだから、その男がレインコートのフードで隠していた顔が見えてしまった。瞬間、船水さんは後ろに下がっていく。


「まさか……アンタ……アンタ!」


 そんな反応をする中で美伊子は目を閉じていた。代わりに口が大きく開く。


「レインコートを着た犯人は、第一の被害者である鈴牧さんを駐車場で待ち伏せし、出たところを襲った。靴が汚れていないってことから、そこまで考えて。たぶん、誰にも見られないよう、車のトランクの中に引きずり込んでから窒息死させた」


 推理が始まったのだ。事件の全貌を語る美伊子に辺りの警官や僕達が黙って聞いていく。夜の静寂に美伊子のはきはきとした声だけが流れ出していた。


「その後。犯人はトランクから被害者の遺体を出して、発見されるようにした。祭りの最中に見つかれば通り魔の仕業になるかもだけど、見つからなかったら、祭りとは無関係と思われるかもしれない。警察に交遊関係を徹底的に調べられて、自分が犯人だと見抜かれるかもしれないって恐れてたんだ」


 僕が相槌を打っておく。


「なるほど。やっぱり、犯人は祭りの時に出た通り魔だって、思わせたかったんだ」


 美伊子は先程の落ち込んだ状態とは比べ物にならない程の元気で僕に返事をする。


「そういうことだよ。じゃないと、第二の事件も起こさなかっただろうし。女子大生襲撃も変質者、通り魔の仕業に見せかけるためのトリックだったんだよ」


 そこに船水さんがレインコートの男を指差しながら、美伊子に訴えた。


「と、と言うことは……その犯行を彼がやってのけたってことなんだ」


 彼女の発言。皆が沈黙の中に囚われた。後から船水さんだけが「何? 変な事言った?」と自身の発言が変でないか心配する様子が見受けられた。

 そんな彼女に美伊子は断言した。


「それは違うわ!」

「ん? どういうことなの?」

「この殺人事件の犯人は、船水このみちゃんだと思うの。この惨劇は君が起こしたものなんだよねっ!?」


 告発をした。そう。彼女や僕の推理によれば、レインコートの男が犯人なんかではない。船水さんこそが楽しいはずの祭りに死という恐怖を持ち込んだ、悪魔なのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る