Ep.8 二人の時間

 祭りだったものは喧噪の中に堕ちていく。大人が怒鳴り散らし、子供は泣き叫ぶ。悲しい宴が辺りを包み、聞く者に息苦しさしか感じさせてこなかった。

 気持ちが沈んでいく僕に対し、隣にいた的井先輩が歯ぎしりをしつつ話してくれた。


「今は聞き込みどころじゃなくなっちまったな……一回、被害者の元に戻ろうか」

「は、はい……戻りましょう。凄い居心地が悪いです」


 美伊子達とも連絡を取り、集合をする。人込みの中と言えど、目的地で部長と船水さんが警察に事情聴取を受けていたからすぐに分かった。

 僕は美伊子に手を振ると、言葉が返ってきた。


「さてさて。第二の事件についても、聞きたいこととか共有したい情報とかがあるから、さ」

「了解、とその前に」


 彼女へレインコートの男について情報提供をしておく。そんな間に部長と船水さんも警察官から解放されたのか、こちらに戻ってくる。自然と会話の中に入っていた。後は船水さんに説明を任せよう。一番の被害に遭ったのはこの中で彼女だけだ。


「レインコートの男……その人が……恐ろしい感じで。あの人がこの事件の犯人じゃないかな」


 そこに美伊子が尋ねていく。事情聴取や度重なる恐怖で顔は青白く、疲れていることは一目で分かる。


「そっか。狙われる心当たりなんてないんだね?」

「な、ないよ。そんなの!」

「そうだよね。その被害者とも面識はないし。第二の事件の被害者である茶髪の女子大生にも」

「茶髪の女子大生の知り合いなんていないし。そもそも、見覚えすらないよ。そもそも事件のことも聞こえてきただけで事件現場に行ってないし、顔すら見てないから」

「そうだったの!? じゃあ、ええと、この人なんだけど」


 美伊子がスパッと船水さんにスマートフォンで写真を見せている。ただ船水さんはそのまま首を横に振っていた。

 僕や部長の立ち位置ではその画像が見えなかった。一体、どんな女性が映っているのか気になるものの重要なことではなさそうだ。祭りが終わった後に見せてもらえば、良かろう。

 僕と部長が取り残されている間に話は続いていた。今は船水さんが美伊子に情報がないか、聞いている。


「何か、その子から分かる手掛かりはなかったの?」


 美伊子は「まだ氷河にも話してない状況なんだけどね」と前置きをしてから、質問に答えていた。

 

「その被害者の女子大生なんだけどね。金魚すくいの屋台の前でおおボカをやらかして、体中が濡れちゃったんだって」


 それから船水さんがその話を分析してくれた。


「じゃあ、犯人はその浴衣に触れてるから、べたべたになっている人が犯人なんだ。って言っても汚れたのはレインコートだけだよね。あんま手掛かりにはなんないか」

「残念だね」


 美伊子はそう言って何だか悔しそうに笑う。仕方ないか。見つけた証拠が何の役にも立たないと判明した時の悲しさは僕にも分かる。

 もう一度証拠探し、聞き込みをしてみるしかない。そう考えて、美伊子は僕の腕を掴んだ。

 船水さんは部長の腕を掴み、的井先輩が後ろからついていく。どうやら、僕達はまたおいていかれたらしい。船水さんは警察よりも部長を頼りにしている、か。

 的井先輩に関してはまた聞き込みを続けてくれるよう。一応、彼も功労者。レインコートを着た人物が男だと考える経緯になったのは必死に聞き込みを行ってくれたおかげだ。近所を回って被害者の情報は入らずとも、くじ引きの怪しい噂だけは手に入れたみたい。今回も良い収穫ができるように。そう思って、彼を見送った。

 ただ、彼女はじっと地面を見つめて幾つかゴミを拾っていた。茶色く大きなガムテープがくしゃくしゃにされている。ところどころ、紅い付着物もついているよう。


「美伊子……どうしたの? それ?」

「いや、何でもないよ。行こっ!」


 彼女はそれを意味ありげに袋の中へ入れておく。何を拾ったのか分からないが、生き生きとしている様子から考えると、宝物だったらしい。

 何だか違和感のある彼女と共に屋台が並んでいる通りへと出た。僕は謎をまとめてぶつくさ呟きながら歩く。謎を整理するためと彼女と一緒にいる緊張をほぐすために、だ。


「……結局、何のためにレインコートの男は人を狙ってるのか。一体、どんな動機があるのか」


 同時に美伊子がぼやいていた。


「私が考えるのは何故。綿菓子の見立てなんかしたんだろうってこと……。そして、本当の凶器って……」

「ん? 本当の狂気? まぁ、犯人なんだから狂気はあっても普通だろ?」

「……なんか、イントネーションが違うような」

「だな。何か嚙み合ってないなぁ」


 今回、そうやって話し合っていることしか心を安定させる術はなかった。周りは祭りを中止させる準備をしたり、騒ぎ合ったり。

 ただそのことに美伊子が心の籠った一言で批評する。


「まぁ、みんなが楽しみにしてたこの祭りを滅茶苦茶にした犯人は許せない。絶対に捕まえようね」

「ああ……楽しめなくてみんなが困ってるんだからね。本当に祭りを楽しみにしてた人が気の毒だよ……って」


 皆が困惑している、と思ったところ、一つだけワイワイしている団体がいた。射的をやっている部長達一行だ。

 またも美伊子がコメントする。


「兄貴、何やってんだか……聞き込み、かな?」

「……何か楽しそうにやってるのが聞こえてくるような……ゲームソフトとか狙ってるし」

「そんな高価なもの、本当に取れるのかな?」

「たぶん、棚にくっつけてあって、取れないようになってると思う」

「そっか……あれ?」

「あっ……!」


 美伊子は口に手を当てて、振り返る。彼女は自分の行くべき場所を告げていた。


「ねぇ……一つお願いがあるの」

「何?」

「私は金魚すくいのところで確認を取りたいことがあるの。氷河はジュース屋さん。ピカピカ光ってるのがあるところをお願いしてもいいかな?」

「な、何を?」


 彼女が告げたのは推理だった。この事件の真相をほぼ決めつけてしまう程の、だ。「なるほど……」と思い、彼女の指示に従った。

 次に美伊子と集合した時、暗い表情が見えてはいなかった。あったのは、何もかもを見通した悪魔、いや、女神のような凛々しい笑顔。

 呪われてしまった祭り。そろそろ終わりが近づく時間になってしまう。その前に美伊子は「この事件を終わらせて、早く非日常に戻ろうね! 絶対に!」と言った。

 

 

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