Ep.7 くじ引きの裏技

 直後、警官の人達が入ってきたがために僕はすぐに立ち上がった。到着が遅かったが、祭りで辺りの道が混んでいたのが原因だ。近くにいた何人かのように「遅いぞ」なんてぼやかず、素直に場所を譲った。

 ついでに警官に「第一発見者は貴方ですか?」と聞かれたので、「違います」と否定して部長を呼んでおく。ちなみに事件のことを調査していると言ったら、何か探偵への嫌味をぶつけられるかもと思い、トイレに行っていることにした。

 次に電話を掛けた時に部長は船水さんと共に謎の人物から逃げ切ったとのこと。


『取り敢えず、逃げ切った』

「不審者らしき人の正体は分からないままでしたね。まぁ、無事ならいいです」

『とにかく警察の元へ一緒に行くか』


 こうして無事なら良かった。今度は何もできなかった僕の番。謎の人物を捕まえ、功績を上げよう。

 自分のちょっとした挫折が僕を突き動かした。

 まだ祭りの屋台は賑わったまま。トラブルがあったとのアナウンスは何回か聞こえて来るも、耳を傾けるものはほとんどいない。皆、夢の世界に行ったままだ。

 夢の国に一人だけ。異色を放つ怪しい人間。緑のレインコートを着た者がいる。何故、船水さんを狙うのかは分からないが。

 これはチャンス。

 緑のレインコートを身に着けた人物が第二の事件の犯人である目撃証言。第二の事件は第一の殺人と同一犯と考えている。つまり、そいつが殺人犯なのかもしれないのだ。

 

「……容疑者を絞らずとも、捕まえられるのか……」


 まずは部長達のように聞き込みを続けていこう。そう思って、鉄板焼きの屋台に近づいた。

 

「あの……すみません」

「らっしゃい! 何にする?」

「お好み焼きで」


 何を買うかと尋ねられ、聞き込みだけとは言えなかった。ストックがなく、時間の掛かりそうなお好み焼きをお願いする。

 作っている間に人探し。


「あの……すみません。緑のレインコートを着た人がこの辺りを通りませんでしたか?」


 店主は何も知らぬよう。


「いやぁ、この人込みだからなぁ。仲間さんとはぐれたのかい?」

「まっ、まぁ、そんなところですけど……あっ、大丈夫です。一応、待ち合わせ場所は決めてあるのでそこで待っていれば、来ると思いますから」


 結局、無駄にお好み焼きを買う結果となった。

 次はくじ引きの屋台に行く。目に付いただけなのだが。ここの親父が何かと頑固で、僕が一回くじを引いただけでは何も話してくれなかった。


「し、知らんな……! それよりもくじを引かんかい!」


 何か知っているような素振りは見せているのに、反応はしない。怪しい。ただ、これ以上責めることができない自分が悔しかった。

 そんなところに後ろから客が現れた。並んでいる人がいるのであれば、早くくじを引いてしまおう。まぁ、結果的には「はずれ」賞しか出てこないのだが。

 僕は後ろの人に謝って、身も引こうとした。ただ、その客は僕の肩に手を置いた。


「まぁまぁ、聞き込みしたいんだろ。ここは俺の力を」

「ま、的井先輩!?」


 的井先輩は近所を聞き込みに行っていたはずでは。そんな疑問はともかく、彼は何か企んでいる。一体何を?


「この人が怪しいんだな? 名探偵さんの名パートナーさんよぉ」

「探偵のパートナー……まぁ、今はいいや。どうやって聞くんです?」


 彼は何千円か、屋台の親父にちらつかせる。そんなもので親父が揺れ動くとは思えない。見せられている今も腕を組んだまま、的井先輩の行動をいぶかしんでいる。

 何をするかと思いきや、その分のくじを引かしてくれと頼んだのだ。そして一気にくじの箱へと手を突っ込んだ。

 彼はたくさんのくじを取り、それを開けていく。その数、十枚はあったと思うが、全部「はずれ」。僕は運がないんだな、と思うだけであった。しかし、彼の目論見は違った。


「あれれ……本当にこの箱に当たり、入ってるんです? 一等のゲーム機あるんです?」

「はっ?」


 親父の呆気に取られる声に何人か、中高生が現れた。たぶん、的井先輩がくじをドサリと引き、全てはずれだったのを見ていたのだろう。

 そして、こう思った訳だ。今ならゲームが当たる確率は高い、と。

 もしも、当たりくじが入っていない場合どうなるか。景品表示法違反となり、近くにいる警察に捕まることとなる。


「近くにおまわりさんもいるし、見てもらおうっかな?」

「そ、それは……!?」

「これだけたくさんあれば、一つは……二等のゲームソフトが当たるかなぁ? でも当たらなかった場合、調べてもらった方がいいよなぁ?」


 そんな脅迫をするとは。的井先輩、貴方恨まれますよ、と言っている暇はない。こうやって親父が弱気になっているうちに僕はチャンスを有効活用させてもらう。


「的井先輩、この人を止めますから。代わりに知ってることを教えてください!」


 彼は僕の責めに参って、白状してくれた。


「いやな。内緒にしてくれよ……周りの人に聞かれたら、恥ずかしいからな。いやぁ、さっき他の奴に店を任せて一回トイレに席を外したんだが。あまりに暇でな。ちょっと女子高生や女子大生に声を掛けまくってたんだ。フラれる上に危うく不審者になりかけた……」

「はぁ……的井先輩と貴方も同じだったんですね。エロ親父……はどうでもよくて。そこで緑のレインコートを見たんです?」

「ああ。裏路地で着ていたよ。若い男が、な」


 レインコートの人物は男だった。今回の真犯人は男だったか。僕はその男に見覚えがないのか問い詰めた。


「男って……この祭りの屋台の人じゃあ、ないんです?」

「いやぁ。見かけねぇな。屋台をやるって年齢じゃないし」

「年齢じゃないって歳老いてたんですか? 歳関係あります?」

「逆だ逆。意外と若いって、学生じゃねえかな。学園祭じゃねえんだから、学生が祭りの屋台をってことはあんまねぇだろ」


 不審者の正体は男子学生か。


「なるほどです。情報ありがとうございました」


 僕は彼に礼をしてから、その場を離れようとした。その際、変な噂も教えてもらう。


「何のために聞いてきたかって……殺人のことを調べてるからだろ?」

「……殺人事件のこと、知ってたんですね」

「ああ……殺されたのが鈴牧って奴ってこともな。ここからすぐそばにあるジュースの屋台と金魚の屋台に聞いてみろ。そこの店員の女性陣は鈴牧について悪く言ってたからな。『がめつい鬼婆』だとかな……ん?」


 その言葉に誘われずとも、聞こえてくる。みっともない人達の叫び声が。


「アンタが殺したんじゃない? いつも悪く言ってたじゃない。厳しすぎるって」


 金魚の屋台にいた歳のいった女店主が焼きそばの方に食い掛っていたのだ。


「はぁ? おばさんこそ。色々自慢されて。劣等感を刺激されて。つい、殺しちゃったんじゃない?」

「殺す程じゃあ、なかったわよ。でも、あの人ちょっといろんなとこに手を出してもいたみたいだから……アンタの夫にも」

「はぁ!? そっちこそ、独り身のわたしが羨ましくて、言いがかりつけてんじゃないわよっ!」


 それに応じる焼きそばの女店主。ちらほら祭りの中で叫び声や怒鳴り声も聞こえてくる。

 ここはもう夢の中なんかではない。とても信じがたい惨劇の中、だ。




 

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