Ep.6 真夏の夜のナイトメア

 部長達が足を使ってせっせと働いている間に僕と美伊子は思考を巡らせなければなるまい。

 一番重要なのはアリバイトリックについて、だ。アリバイトリックから犯人や証拠を割り出せることもある。徹底的に話し合っておいて損はないはずだ。

 そう思って、僕が美伊子に一つの解釈を話してみた。


「で、アリバイトリックの話になるんだけど。被害者に殴られたような痕跡はないんだよね」

「取り敢えず、ない……ね」

「じゃあ、窒息して被害者が気絶するまでの間、しっかり袋で頭を抑えつけておかないと、だよな」

「まず、袋の中にある空気を吸わせて……それに時間が掛かって。普通に抵抗しなければ意識は二分、三分で消えるかもだけど。被害者は抵抗してるから袋をこじ開けようとしたり、少しでも息ができるような穴を作ろうとしたり。それをやるには時間が掛かる。それに気絶して意識がなくとも、痙攣けいれんしたりで袋が頭から取れかねない。見積もって、七、八分は掛かるかな」

「やっぱ、長い時間抑えないとなんだ……そうだ。確実にやんないと、息を吹き返す可能性もある。犯人にとっては大誤算だ。ちゃんと、被害者の元にいないとこの犯行、できないんだよな……でも」


 これを解決する方法。共犯者説も考えられた。考えようとすれば、アリバイを崩す方法はあるのだ。そのアリバイトリックを使用した証拠がないだけで。

 まだ調査が足りない。

 気落ちする僕とは真逆に美伊子は活気づいていた。自分が事件を迷宮入りにする可能性など一欠片すら考えていないよう。僕にこんな声を掛けてきた。


「ねえ、今の今までアリバイについて考えたけど。何かアリバイがパッとしないよね。たまたま被害者の顔に張り付いちゃって、袋が取れなかっただけなのかもしれないし。犯人は一回被せただけで窒息すると思ったのかも。それだったら袋を被せるだけ、一分で可能だし」

「……美伊子が言いたいのは、犯人はたまたま袋を被せる殺害方法を使っただけでアリバイなんて考えてなかった、と?」


 アリバイの話を続けようとした時だった。美伊子の方に電話が入る。彼女はスマートフォンを取って、電話相手に要件を聞いていた。


「どうしたの? ううん? えっ? あっ、うん! 分かった! すぐ、そっちにいく!」


 相手の話が聞こえていない僕には内容は分からなかったが。焦りが彼女の顔と声から伝わってきた。僕まで焦燥して、事情を尋ねていた。


「だ、誰の電話で何があったんだ?」

「船水ちゃんからよ! ここから更に裏の路地で女性が倒れてたんだって! 行ってくる! 氷河は変な人が被害者のところに近寄らないように見張ってて!」

「あっ、了解!」


 と言うことで一人待機して、数分。美伊子からスマートフォンによる連絡が来た。


『氷河! こっちも同じだよ』

「も、もう一人……犠牲者が?」


 重苦しい雰囲気に僕は唾を飲む。


『うん。まぁ、でも亡くなってはいないし、怪我もない。同じなのは、そっちの遺体が見つかった時間と襲われた時間だよ。それと……頭に袋を被らされていたってこと。同じく綿菓子の袋を、ね』

「よ、良かった……なるほど。その女性から話は聞ける?」

『取り敢えず、聞いた分には路地裏には近くに公園のトイレがあって。そのトイレに入ろうとしたら、いきなりヘルメットを被った変質者に袋を頭に被せられて、ね』 


 無事だと分かった上で質問したい部分が現れた。


「ねえ、ヘルメットって分かるってことは、変質者の服装は分かったのか?」

『……うん。ただ、緑のレインコートを着てたって……』

「そうか……正体は分かんないか」

『まぁ、当たり前なんだけどね……でも被害者は男に襲われたんじゃって勘違いしてパニックになってるみたいだった。まぁ、確かにこのお姉さん、まぁまぁ可愛いし、男に襲われても不自然じゃないけど……』


 美伊子は「声も聞いていないみたいだから、男とは断定できないと思う」と言ってきた。彼女は更に調査を進めるようで、「じゃあ! 一回切るね」とのこと。

 瞬時に部長から連絡が来た。ちょっと期待していた調査結果だ。


『やっぱ、たぶん間違いないぜ。連絡が取れないって話だし、被害者は鈴牧さんって人だろう。ただ、オレでも分かる。おかしいぜ』


 何か彼は恐ろしい違和感を持っているようだ。こちらもつい、興味を持ってしまう程。


「何がです?」

『あれから店を回って、少しずつ鈴牧さんを知っているか、聞いてみたんだけどさ。被害者って口うるさい人だったみたいなんだ。「マナーを守れ」とか、「地域猫に近づくな、怖がるだろ」とか』

「ほぉ」

『ただな、間違ったことはあんまり言ってないんだ』

「つまり、恨まれるような人柄ではない……と? いや、恨まれるかもしれないが……普通、そういう鬱憤うっぷんを晴らそうとした場合、衝動的ですよね?」

『ああ……氷河もそう思うだろ? テレビのニュースで注意されて逆ギレして包丁や鈍器で……ってのは分かるが。袋を頭に被せたりはしないだろうな……』

「ううん……動機がどんどん見えなくなってきますね……何故でしょう」


 謎だ。何故にそこまで恨みが積もったのか。考えているうちに部長は違う情報も仕入れてくれた。


『そうそう! 袋の話についてなんだがな。その袋……キャラクターが描かれてるだろ。ちょっと古い戦隊ものの』

「は、はい……」


 部長に言われて、保存してある証拠を確認した。特撮ものにはうといため、よくは分からないが。去年放映されていたものらしい。


『取り扱ってないんだってさ。今年は今年の戦隊もので……ほとんどの綿菓子の屋台を回ってきたが、その袋は使ってないってさ』

「……えっ」

『そういや、袋がどうたらこうたら言ってたが、オレのアリバイって消えるのか?』

「その袋が……去年の祭りで売られていたものなら……そうですね。犯行は祭りの前、六時以前でも可能です……消えますね」

『ああ……残念だ』


 アリバイは完全に消えた。犯人はたぶん、去年売っていた袋を今年も綿菓子屋の人が使うと思っていたのだ。

 第二の事件で綿菓子の袋を使った理由は明白。綿菓子の袋で犯行が行われたこと。そこにアリバイがあることを印象付けようとしたのだろう。ただ部長の捜査があったせいでトリックは見抜かれてしまった。

 ただ、アリバイトリックを解いた先に手掛かりはない。去年の祭りで誰がどの絵柄の袋を手に入れたかなんて、誰も覚えているはずがなかった。

 本当に困った。

 この状況を平たく言うと、「振り出しに戻る」だ。アリバイトリックを考えることで犯人は分かることはなく、容疑者は依然として変わらない。

 やはり、無理だ。この大人数の容疑者から犯人だけを絞り出せなんて、到底不可能な話。

 僕が頭を抱えていると、部長から声がする。それは声援ではない。慌てていることがよく分かるものだった。


『……大変だ!』

「今度は何が起きたんですか!?」

『今度? 他に何か……今はいいか! それよりも船水が緑のレインコートを着た奴に追われてるんだっ! ちょっと電話を切るぞ!』

「えっ? 部長!?」


 一人置いて行かれた僕。切れた電話の音に虚しさを感じ、一人その地面に膝を付けていた。

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