Ep.5 綿菓子のアリバイトリック!?

 ピンチでも諦める訳にはいかない。美伊子や他の人が「もしかしたら、この中にまだ犯人がいるかもしれない」という望みを元に行動しているのだから。

 僕も手伝うしかないと奮起して、美伊子に尋ねてみた。


「で、次は何をするか……」

「ううん……今度はこの人の身分調査だとか、事件を目撃した人とかがいないかを探さないとだけど」


 その話に関して、突然の申し出が人込みの中から現れた。姿を完全に消していた的井先輩のもの。


「おお。これが今まで何度も何度も難事件を解決してきた達也の妹か。いいぜ。この近所一帯に聞き回ってやる。知らない人に話し掛けるのは俺の十八番おはこだしな。面白そうだし」


 「面白い」という理由は少々不安であり、被害者に失礼だと思う。しかし、そこを責めてはいられない。


「じゃあ、私からお願いします!」


 解決するためには彼の力を借りなくては、と美伊子が判断したのならサポートの僕は従うしかない。

 そこに部長や船水さんも乗ってきた。


「じゃあ、店の方回ってくるか? 怪しい不審者を見てる人がいるかもだし」

「私も達也さんと一緒に店やお客さんに聞き込みをしてきた方がいいよね」


 美伊子が「了解、お願いします!」と言うのなら、異議はない。たった一つを除いて。僕はその一つを部長と船水さんに言っておく。


「携帯、ちゃんと出てくださいね」


 その話に部長がスマートフォンを操作しながら、ポツリ。


「わりぃわりぃ。さっきはマナーモードにしてて気付かなかったんだ」


 船水さんは違う言い分を口にした。


「さっきは人が大勢喋ってたから、気付かなかったよ。ごめんごめん。次は気を付けるって」


 そう言って二人は祭りの中へと走って行く。祭りの方はどうやら続いている。まだ、この事件のことが詳しく知らされていないのだと思われた。

 僕はそんな賑わいよりも遺体の方に注目する。美伊子が袋を使い、指紋が付かないように遺体の顔を触っていた。大勢の人が何故、この子が事件現場を仕切っているのかと不思議に思っているみたいだけれど、彼女は素知らぬ顔。部長から受け継がれた第一発見者の名の元、遺体の前にいるのだ。ただ警察に情報を伝えやすくするためだ、と自分の意思を貫き、堂々としていた。

 美伊子の捜査は続く。その中で違和感があったよう。


「あのさ、口元がべたっとしてるんだけど、何でだろ? 何か鼻の方から異様な臭いがするし」


 美伊子に言われて鼻を近づける。確かに酸っぱいような、嗅いでいると変な感覚になりそうな香りが漂ってくる。こちらの匂いは分からない。後で調べるとして。

 口元のベタベタの方は綿菓子の袋に頭を突っ込まれていたのだから、納得できるとは思ったのだが。あまり甘い匂いがしない。まぁ、これは単にリップクリームからする、ちょっと酸っぱい匂いが強すぎるだけなのだ。不思議ではなかった。

 被害者の違和感を考査した後、次にやることを美伊子に提示する。

 

「まぁ……ここで調べられるのは、後、動機の面だよね」

「うん。バッグの中を調べたいけど、全く触れられた形跡すらないからね。後で警察の人に確かめてもらうためにも、今は触れないなぁ……」

「そうかぁ。まぁ、取り敢えずは金目当ての殺人ではないってことは分かるな」


 幾ら鞄に荒らされた形跡がないとはいえ、財布の有無を確かめていないのに金目当ての殺人でないと断言できる訳がない。そう言ったツッコミが来そうなところであるから、言葉で補足しておく。金銭目的ではないと推測した、もう一つの理由を。


「後、おかしいよね。殺人にこんな時間を掛けるなんて。たぶん、車のトランクに引きずり込み、ドアを閉めれば誰にも気付かれず、殺害は可能だけど……なんせ手間も掛かる。金が手っ取り早く欲しいなら、顔が見えないようにスリをするのもいいし……顔を見られたから殺害するにしても、別にもっといい凶器があると思う」

「そうだね。撲殺でも刺殺でも良かった訳だ。じゃ、金目当てじゃなさそうだね。そのついでに」

「ついでに?」


 美伊子は犯人の狙いや考え方を推理した。


「ついでに考えたんだけど、これは計画殺人だよね。それにわざわざ時間を掛けたってことはアリバイ系統の殺人じゃないかって思う」

「アリバイかぁ……」

「ええ。祭りの屋台を開いてる人だとか、ね。殺害には長い時間が掛かった。だから、自分には殺害は不可能だと。まぁ、客の中にもアリバイは確保できる人は多いけど」

「なるほど……でも、客だったら逃げればいい。やっぱりアリバイを作ると言うことは、店員としていた方がいい人間だったから……じゃないかな」

「そういうことになるね!」


 そこに僕がコメントを入れて、推理をより強硬なものにしていく。まだ、この推理が完全に合っているかは分からない。もし、知らない人からしたらツッコミどころばかりと思われるのかもしれない。

 だけれども、今は自分達を信じて調べよう。自分達が得意な殺人事件の捜査、推理を役立てるため、に。

 美伊子はこの事件現場でやり残したことはないか、と辺りを見回しておく。そこで僕と共に気が付いたのが駐車場のこと、だ。

 祭り会場の近くであるのに、何故被害者が乗っていた車一台以外止める人がいないのか。その理由は近くにあった看板が明らかにしてくれる。


『池の管理人関係者以外駐車禁止 鈴牧風子』


 祭り会場である池の管理人、だったよう。ついでに推測するならば、この被害者の名前は「鈴牧風子」だ。被害者が看板を無視したマナー違反の客でなければ。

 一応、名前が分かれば身辺調査ができる。

 とんでもなく多い容疑者の中から少しでも犯人候補を絞ることができれば、救いになる。

 やるべきことは、被害者の鈴牧さんを知っていそうな人への聞き込み、だ。情報がもっと欲しい。部長にスマートフォンで連絡を試みた。


「あの、部長……!」


 今度は繋がった。


『何だ?』

「祭りを管理してる屋台ってあるじゃないですか。そこへ行って、鈴牧さんと言う人物がいるかどうかを確認してください。たぶん、ここで亡くなってる人がそうだと思いますが、本当にそうか知っておきたいので」

『免許証を見れば』

「警察の許可なく、誰も触ってないであろう鞄を荒らせないんですよ。ああ、後、その人の話が聞けたら、怪しい人よりも鈴牧さんについて聞き回ってみてください」

『了解! 怪しい人について聞き回っててもなかなか殺人犯には辿り着けないからな。ってか、事件現場を陣取ってる氷河と美伊子が怪しい人って噂んなってるぞ』

「ええ……」


 自分達が不審者か。

 微妙な心持ちで部長から来る次の連絡を待つこととなった。 

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