Ep.4 第一発見者=犯人?

 部長に誘導され、人込みを強引に潜り抜けて殺人現場へ移行した僕。その後ろに当然、美伊子もついてくる。

 彼女は部長の元へとすぐさま駆け寄った。


「兄貴、一体、どういうことなの!? その死体……」


 部長の足元にいたのは、顔がき出しになっている女性の死体だ。

 見た目から推測すると、三十代から四十代か。髪の毛はショートカット。顔には汗がびっしょり付いていて、殺された際に暴れたことがうかがえた。

 気になるのは、部長が言っていた袋のことだ。今のところ、この遺体が綿菓子の見立てには見えない。

 それにもう一つ。部長に検死ができたなんて話、聞いたことがない。なのに何故この女性が亡くなっているのか、分かったのだろう?

 まさかと一つの疑念が生まれ、即座に彼へと告げてみた。


「部長……まさか、僕達に変な事を言って事実を隠そうとしてませんか?」

「ど、どういうことだ?」

「どうもこうもありません。何で、女性が亡くなっていると分かったんですか? 犯人だから、ですか? 殺人を犯してから見つけたふりをしたんですか?」


 分からない。本当に部長のような人物が殺人を犯すかと疑問もあるのだが。それを認めたら、仲間を最初から容疑者にしない適当な探偵と同じになってしまうと思えた。

 だから大事な幼馴染の兄を本気で責めていた。


「……おいおい。ミステリーでも最初に仲間を疑って掛かる探偵なんていないぞ。落ち着けよ」


 その言葉が僕をいら立たせた。何たって僕は探偵なんかではないのだから。


「探偵じゃありませんから! 話を誤魔化ごまかさないでください!」


 心が熱くなり、前が見えなくなる悪い僕の癖。そこに止めの声を掛けたのは、人込みの中にいた船水さんだった。


「ああ、ああ……虎川くん、落ち着いて落ち着いて。達也さんは犯人じゃないよ」

「えっ?」

「アリバイだっけ? やってないって証明がちゃんとあるからね」


 そう断言されて、頭から水を掛けられた気分だった。僕が黙っている間に美伊子が事情を尋ねていた。


「ええと、つまるところ、一緒に発見したの?」

「そう。祭りの後、ちょっとはぐれたでしょ? で、たまたま、路地にいたところを見つけて。近くのコンビニのトイレに行かない……? ってことになってさ。ここを歩いてたんだけど。途中で、ね。横眼で駐車場を見たら、綿菓子のふくろを被って倒れている人がいてさ」

「で、見つけた……と。一応、発見時に殺害をしてない証明にはなるね。まだ殺してないか、どうかは分からないけど」


 そんな美伊子の話し方が部長を焦らせていた。


「ええ……。疑い晴れねえのかよ。まぁ、仕方ないか。やってなければ、堂々と、だよな! で、そうそう。綿菓子の袋についてはこっちだ。生きてたら、そのままじゃ苦しいと思ってな、取ったんだ。まぁ、死んでたってことがすぐ後に分かったんだが。一応、それを飛ばないように保管してある」


 そう言って、部長が指し示したのは車の元に置いてある綿菓子の袋だった。風に飛ばされないよう、その上に石が置かれている。

 それを確認した際に船水さんが部長を弁護した。


「あと……亡くなってたのが分かった理由は、一人のビデオカメラを持った男の子がやってきて。検死をしてったからよ。ドラマみたいに脈を計って、死んでるって。一応、救急車は呼んだけど……その子の言うことはあってるみたいね。美伊子ちゃんの様子を見ると」


 喋っている間に美伊子は遺体の腕を取っていた。そして、コメントした。


「つまるところ、探偵みたいな子がいたのかな? その子は結局、何処に行ったの? 探偵だったら、事件現場に残ってそうな感じだけど」


 今度は部長が解説する。


「その子は犯人が逃亡するかもしれないって、言って指定駐車場の方に走ってったぜ。犯人は足で逃げてるとは思うが。それでも少しでも犯人が捕まえられるならって頑張ってたな」


 僕は説明されて頭を下げておく。部長を犯人だと疑って悪かった、と。本人は僕の行動に首を傾げている。どうやら、僕の謝罪は伝わっていないみたい。

 後で言葉にして謝ることにしよう。

 それよりも今は、調査だ。

 

「被害者の服装は……」


 そこまで呟いてから気付く。自己嫌悪に陥った。探偵が嫌いだと言うのに、また捜査を始めようとしている。少しでも後から来る警察の力になろうと考えていたのだ。

 滅茶苦茶な行動原理に悔いていた僕。それを見て、美伊子が何か思ったらしい。


「氷河……毎度毎度事件に巻き込んじゃってごめんね」

「あっ、いや……」

「今日は切羽せっぱつまんなくてもいいよ。楽しい日だったんだし。ここは私に任せて! 今日は後ろで見ててくれるだけでもいいよ。何か喋りたくなったら、喋って!」

「あ……うん」


 と言うことで僕は彼女のサポート役にてっすることとなった。後ろから被害者の様子を観察させてもらう。

 被害者女性は西瓜すいか柄の浴衣を着ている。それでいて、綺麗なブーツは全く汚れていない。新調したであろうブーツは祭りの汚れた道を踏んではいないのだ。つまるところ、祭りへ来ようとしたところでこの駐車場に停めたところを誰かに襲われたと見て、間違いないだろう。

 次は死因だ。

 彼女は首に手を当てている。相当、苦しい思いをしたことが見て取れる。体のところどころに死斑しはんも出ていた。


「なぁ、美伊子……気になるんだが、死体の温度は……」

「露出部分はちょっと冷たいんだけど、夏だからね。そうそう冷たくなってない。で、空気に当たらない部分はまだ暖かい。殺されてから時間は経ってないよね」


 死因は死斑が出るのが比較的早い、窒息と考えられる。今は、窒息死と考えて調査しよう。

 見たところ、首に紐や縄の痕はない。絞殺の線は除外だ。そう考えると、窒息の原因は綿菓子の袋で首を絞められたことではない。被せられたことと考えて間違いはないと思う。

 人間、袋を被せられて新鮮な空気が吸えなくなれば窒息する。その状態を何十分も続けていれば、死に至るのだ。

 綿菓子の袋。そして、窒息。

 この二つを関連させると、部長に謝らなければならないことが出てくる。


「さっきはすみません……この状態だと部長には完全なアリバイがありますね」

「あ、アリバイ? アリバイがあるのか? 俺に!?」

「ええ。部長。祭りが始まるのは六時でしたよね」

「ああ……で、待ち合わせも六時だった」

「六時までは綿菓子の袋は手に入りません。で、そうして被害者を窒息させる時間を考えると……ずっと、この駐車場にいないといけないんですよ。祭りの時、僕達と一緒にいた部長は犯人じゃあり得ませんね」


 部長は自分の無実をニヤニヤ笑顔で喜んでいた。ただ、僕の心は焦りで満たされていた。なんて言ったって、容疑者は祭りに出ている人達。その数は優に百を超える。そして、近所の人や店の人達も入れるとなると二百、三百、四百と増えていく。

 容疑者が断定できない最悪の展開だ。

 


 

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