Ep.2 全集中 祭りの呼吸

 僕と美伊子は部長と船水さんが仲良くしているのを見守りつつ、残り一人を待った。と待っていると、そいつは人込みの中に流れてやってきた。

 部長の友人である的井まとい泰司たいじ先輩。彼は整った浴衣で道行く女性達に声を掛け続けている。

 毎度ふざけた行動をする部長もこの行動には我慢できなかったようで。すぐさま耳を引っ張って連れてきた。


「お前なぁ。何で人を待たせてる間にナンパしてんだよ。寝てるならまだしも」


 ツッコんでいる部長に美伊子が指摘する。


「寝て遅れるのも問題だから!」


 そうそうと僕も頷いておく。結局、的井先輩も部長も「すまんすまん」と僕達に笑い掛けるだけ。類は共を呼ぶとはこのこと、か。

 ひとしきり先輩達に対して注意をした美伊子。それから、皆が揃ったからと人込みの中に入って歩き始めた。

 池の周りには様々な屋台が集まり、店員の威勢良い声が響き渡っている。こういう日常であり、祭りという非日常。ようやく平和な非日常を手に入れた僕達の休息だ。

 毎度毎度事件に巻き込まれる僕、美伊子、部長。それに失恋を経験して心が乱れてしまった船水さん。一応、的井先輩も傷心中。彼はテニス部で真夏の大会に出場してきたらしいのだが、悲しくも一回戦敗退。

 そのことを歩きながら、ぼやいていた。


「ああ……こんなの変かもだが、風船を見るとテニスのラケットを思い出す……自信あったんだがなぁ」


 部長よりも先に美伊子がその言葉をキャッチしてなぐさめていた。


「兄貴から聞きました。確か、その相手が大会で優勝したんですよね。それじゃ、仕方なかったですよ」


 部長もそれに続けて、励ましの言葉を送る。


「まぁ、その相手に惜しいプレイをしてたじゃねえか。接戦だったろ? 決勝ではアイツ、圧勝だったし。実質、準優勝みたいなもんだ」


 ただ部長の言葉選びがダメだったようで、彼は深く落ち込んでいく。その手で近くにいる女性達の方に向いた。


「へい! そこのねえ……」


 取り敢えず、美伊子と部長の石井兄妹が彼を止めていた。船水さんは「アハハ」と笑っているが内心はこう思っていたことであろう。今の落ち込み方は何だったのか。何故に脈略もなくナンパを始めたのか、と。

 きっと発作みたいなものなのだろう。結論付けた後、僕も石井兄妹を手伝って彼を屋台の前まで引っ張った。

 一応、鉄板焼きを売っている屋台であり、店主は初老の男。彼にならナンパをしないと考えた結果だ。


「らっしゃい。何にする……?」


 部長や美伊子は的井先輩や船水さんと共にお好み焼きや焼きそばを選んでいた。僕は決められない。お好み焼きも豚肉が入って、美味しそうである。ただ、焼きそばも捨てがたい。ソースの匂いもたまらないが、そばの上に乗ったべにしょうがが塩辛い上でサッパリしていて、いい味を出すのだ。

 しかし、この祭りは鉄板焼きだけではない。他にもいいものがあると僕はたこ焼きを選ばせてもらった。

 皆とはちょっと違うものではあるが、ジャンクなフード。歯ごたえの良いタコの欠片とマヨネーズや青のりがついた皮、生地の味がまた美味しかった。

 一旦、ジャンクなもので腹を満たしたら、今度は甘いものを口に入れたくなった。皆も同じようで。

 まず、的井先輩がジュースの屋台へ向かっていた。


「いらっしゃーい!」


 お姉さん的な方が愛想よく対応しているのを見て、僕達はナンパをしないかとヒヤヒヤした。だけれども隣には夫らしき男もいたせいか、注文するだけであった。

 ピカピカ光る容器に入ったソーダを買い、僕達に見せびらかしている。


「ふぅ……お前達はどうすんだ?」


 そう言われ、船水さんと部長はかき氷の屋台へと進んでいた。部長はブルーハワイ、船水さんは苺ミルクと各々に好きなものを選んでガッツガッツ食べていく。そんなに勢いよく食べたら、どうなるか。

 部長が頭を振りながら表現してくれた。


「くわぁああああ! キーンってしてやがるっ!」


 船水さんは部長の反応含めて楽しんでいる。かなり爽快な笑顔。失恋したとは思えない。

 連れてきた美伊子の目的も達成できそうでさぞ幸せな事だろう。と思って、美伊子の顔を確かめようとしたが、姿が消えていた。まさか人込みの中で、はぐれたのではと心配した瞬間、声が聞こえてくる。


「ほーら!」


 僕の頬にふわっとくっつけられたのはピンク色の物体。ふんわり甘い香りが漂う、これは綿菓子だ。

 美伊子はどうやら、僕に綿菓子を買って来たらしい。左手と右手両方に綿菓子を持ち、片方の分を僕に手渡してくれた。


「ありがとう。美伊子」


 お礼を言っておく。ただ僕の頬がベタベタになったのは、どうしようか。まるで僕が食べこぼしをしたみたいに見えてしまう。

 まぁ、美伊子の悪戯だ。今回はそこまで変なものでもないし、祭りだし、多めに見てやろう。

 甘いものを満喫した後は遊びに集中した。

 池の周りには様々な遊び心溢れる屋台が存在する。

 金魚すくい、スーパーボールすくいに射的にくじ引き。金魚の飼育ができないことを考え、今日はやめておく。射的やくじ引きは自分の場所から少々遠い。

 スーパーボールすくいが妥当だった。

 ボールは全て、ぷかぷかと浮いて涼しそう。

 美伊子が袖をめくり、早速挑戦していく。「金魚じゃないから!」とポイを得意げに入れて、水の中へ沈ませる。そして、一発。そう、一発でポイは破けてしまった。彼女は少々がっくりしながら、店員から幾つかボールを受け取っていた。

 お次は部長。「妹には負けん」と意気込んでいくも、いきなり大きなアヒルを狙ってしまったがために失敗。

 今度は僕が挑戦してみる。

 ポイを持って、全集中。一つ一つすくっていく。金魚は動くが、スーパーボールは流れるだけ。一生懸命にやってみる。何回かやって、やはりポイは破れてしまう。よくやったと思ったものの取ったものを見ると、小さなボールばかりだった。

 

「よくやったじゃん!」


 船水さんは褒めてくれるが、納得はいかない。もっと他の人が取れなさそうなものをやっておきたかった。

 次は船水さんが挑戦。と思ったら、石につまづいてスーパーボールが入っている水の中へと顔、首、上半身を突っ込んでしまった。これには皆、驚きを隠せない。美伊子がすぐさま「大丈夫!?」と言って、彼女の手を取った。


「大丈夫大丈夫! ああ、ちょっと濡れちゃった……でも、問題なしっ!」


 皆が驚いているのに当人は何事もなかったかのようにスーパーボールすくいに挑戦する。ただ、今の衝撃で沈んでしまったスーパーボールを取ろうとするのがいけなかった。

 そのままポイは破れ、結局取れず終い。

 さて、次は的井先輩の行動だと僕が告げようとした。しようと思った。


「……的井先輩……何処行ったんだ……」


 僕がぼやいた直後、歓声の中に悲鳴が走る。


「いやぁああああああああああ! だ、誰かぁ!?」


 心を刺激する嫌な声。またもや、聞くこととなろうとは。間違いなく、僕と美伊子が不幸な事件を呼びよせているのだと思ってしまった。

 

 

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