File.9 祭り囃子を吹く悪魔(夏の思い出殺人事件)

Ep.1 真夏の恋愛心理戦

 子供から大人、老若男女の声が賑わうあの夏へ。蘇った記憶はある祭りの日の夜のこと。まだ、美伊子と笑っていられた時の思い出だった。


 日も暮れた後、本番とでも言うかのように大勢の客が屋台の方へと歩いていく。コンビニの駐車場で待ち合わせをしていた僕はタンタンと足を地面に叩き、溜息をついていた。


「ごめんごめん! 待たせたね!」


 最中、そう言ってコンビニの中から戻ってきたのは金魚の絵柄が付いた浴衣を着る少女。耽美たんびな美伊子の姿が目の前にあった。そよそよ吹く風に少々長い彼女の髪が揺れて、見とれてしまう。これが僕の幼馴染なのか。本当は何かのアイドルだったなんてことはないだろうか。

 変な事を考え、口を閉じていた。そのせいで彼女は自分が僕を怒らせてしまったと勘違いしたらしい。眉を下げて、謝ってきた。


「あ……ごめんね。わくわくしてたところで、トイレなんかって……」


 僕は彼女の話を否定した。手を横に振って、「違う違う」と言いながら、今の感情を掻き立てた理由について説明する。


「部長に決まってるじゃないか……それと美伊子の友達と部長の友人って子」

「あ……ああ。うちの兄貴と友達がごめん。兄貴……もうちょっと寝てから来るって言ってたんだよ……あの時、叩き起こしとけば良かった」

「そうだな……何でそこに優しさを見せたんだ……美伊子」


 達也部長はかなり時間にルーズ。部活も部長のくせして、よく遅刻する。そうなるごとに僕は彼の妹である美伊子と共に叱るのだった。

 今日もまた同じパターンか、と思いながら、コンビニの前で待機する。しかし、数分経っても誰も来ない。時間がないからと黒の甚平じんべいを焦って着てきた自分のことが馬鹿らしくなってくる程、だ。

 部長はきっと寝入ってるに違いない。彼を置いて、さっさと行きたいという思いは強くなる。美伊子も同等だった。

 彼女は友人の到着を待たずして、悪魔らしい笑みで呟いた。


「このまま先に二人で回っちゃう?」

「……いいのかぁ」

「いいよぉ、船水ふなみずちゃんはまだ来ないし……」


 友達を置いていこうと提案する美伊子の後ろからするり手が伸び「誰がぁ、来ないって?」と一人の少女がポツリ。美伊子が浴衣なのを忘れていたのか、腕や足を振りまくって驚いていた。すぐに振り返って、少女の顔を見る美伊子。

 少女、船水このみ。彼女は顔や腕、朝顔模様の浴衣やポニーテール全てに汗が付いていて、動くごとに水滴が飛んできた。

 一旦深呼吸をした彼女は自身の髪の毛を擦りながら、遅れた言い訳をした。


「いやぁ。ごめんごめん。信号待ちで困ってるお婆ちゃんを『大変そうだったなぁ』って見つめてたら、遅れちゃった」

 

 僕はすかさずツッコむ。


「見てただけかよ! 助けろよ!」

「ごめんごめん。最近、色々あってさ。落ち込んでたから人を助けるなんて選択肢がなかった……」


 美伊子はそう言う彼女をフォローした。


「まぁ、仕方ないね。自分でフッたとは言え、失恋だったんでしょ。彼氏の嫌な場面を見ちゃって。恋が壊れて、ショックだったんだろうね」


 事前に聞いていた話によると、船水さんは付き合っていた同級生の彼氏と喧嘩別れをしてしまったとのこと。それで落ち込んでいたところを美伊子が祭りに誘ったらしい。その方が気が晴れるかも、と。まぁ。今さっき、その彼女を置いていこうとしたけれど。それは冗談だったのだろう、きっと(悪戯好きで気まぐれの美伊子のことだから、本当に置いていこうとする可能性もあったと思う)。

 失恋のことは分からないが、僕もコメントを入れておく。


「まぁ、世の中にはもっといい男もいるんだし。船水さんみたいにかわいい子なら、他にも本当にいい人が見つかるよ」


 次の瞬間、船水さんが喋った話のせいで「口は災いの元」という言葉の意味を実感することとなる。


「じゃあ、君とくっついちゃおうっかな? 虎川くんと!」

「へっ? ぼ……ぼぼぼぼ、僕!?」


 とんでもない話に驚きを通り越して、首が自然に傾いてしまった。この娘は何を言っているのだろうか。


「だって、虎川くんって……可愛いところもあるし、優しいし。落ち着いてるしで彼氏にピッタリじゃん」

「はぁ!? ぼ、僕の何が!?」


 自分では船水さんが言ったことが当てはまっているとは思えない。まず、第一に可愛くないし。

 そう思うのだけれど、美伊子が勝手に彼女の言葉を肯定した。


「そだねぇ。氷河、頭にリボン付ければ、結構女の子っぽくなるかもしれないし。後でくじ引きで当ててあげるから待っててね!」


 「待ってないから」、と言おうとする前に船水さんが喋る。


「優しいでしょ。人が待ち合わせで遅れても全然怒らないし」


 「それは言うタイミングを逃しただけで」と伝えようとする直前に美伊子は語る。


「落ち着いてる落ち着いている。だって趣味、カフェでコーヒー飲みながら読書だもん!」


 「僕の日常を勝手に暴露するなぁ!」と美伊子に怒鳴ろうとするも、船水さんが僕の声を掻き消した。


「いいねいいね。じゃ、美伊子、貰ってもいいんだね?」


 もう僕は止められない。次は美伊子が叫ぶのだろう。そう予想した結果が外れ。彼女は真っ赤な顔をして、黙ったまま。

 僕が聞いてみる。


「み、美伊子?」


 彼女の肩に手をポンと触れた瞬間、喋った。


「だ、ダメだよ……」


 あれ、もしかして、美伊子は何かを言おうとしているのだろうか。僕の胸は高鳴った。なんたって、少しずつだけれど、美伊子に好意を持ち始めていたから。

 ここで美伊子が僕に「私のものだから!」と言ってくれれば、それ程嬉しいことは他にない。僕は心の中で手を合わせながら、彼女が話すのを待っていた。

 船水さんが美伊子が話しやすいよう、反応する。


「ダメって? それって?」


 「それ」とは何だろう。ただただ、待ったのだが。


「そりゃあ……氷河はちょっとひねくれてるところが多いからね。結構、天邪鬼な性格だから彼氏にすると喧嘩が絶えないんじゃないかなぁって! 取り扱い説明書何万ページあるかなぁ。あんまり本を読まない船水ちゃんにはきついよ、きつい!」


 期待外れの答えだった。僕は苦笑いをするしかない。せめて、少しは褒めてくれても良かったと思うのだ。

 船水さんが「そっかぁ、じゃあ、ダメだね」と言う。それはそれで何か寂しいではないか。何で美伊子の話を真に受けるか、理解に苦しんだ。

 寂しがっていると、やっと美伊子の兄、達也がやってくる。


「おーい! 遅れて悪かった悪かった!」


 彼は紺の甚平を着衣して、元気に駆けてくる。途中一回、何かにつまづいて転んでいた。あら大変。

 船水さんが彼の元に駆け寄り、手を差し伸べてあげていた。その後は部長と彼女で笑い合っている。

 何だ。遅れた者同士、波長が合っているよう。僕なんかよりも部長と船水さんの方がお似合いだ。僕は美伊子とお似合いになりたいもの。美伊子はたぶん、気付いていないんだよな。





 

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