Ep.14 あの夜の悲劇へ

 「アズマ」、その名を耳にした途端、僕の眼球に熱が宿る。驚いた時に目が飛び出すなんて表現をするが、今の感覚はそれに近いものがあった。

 僕はすぐさま映夢探偵の肩を掴み、師匠のことについて尋問しようとする。


「そのアズマって奴が本当に師匠なのか!? そいつが今、何処にいるのか知ってるのかっ!?」


 奴に遭ったら、復讐する。今までも様々な事件に挑むことで彼が来るのを待っていた。しかし、奴は一度も顔を見せなかった。ただただ僕の関係する事件の裏で活動していることが分かるだけ。

 いち早く居場所を突き止め、奴が美伊子や僕を襲ったことを明らかにする。そのつもりで聞こうとしたのだけれど。


「な、何を。何か事件の調査か?」

「ああ! 答えてくれ! アズマとはどういう方法で連絡してるのか、だとか! アイツが何をたくらんでいるのだとか」

「企んでいるとは人聞きの悪い話だな!」

「だから!」


 彼がなかなか答えない上に電話が掛かってきたからと、電話の方に集中してしまった。待っている間に狐目の女刑事が僕達三人の方へやってきて、乱暴に告げる。


「もう時間が遅いから、送迎してやるだと、さ。さっさと車に乗りな。けっ、何でこんな奴等の世話をする必要があるんだか」


 知影探偵が「は、はい」と対応し、僕も頭を下げる。と、同時に彼女の怒りを込めた言葉がまた降ってきた。探偵ごっこはやめろとの忠告だった。そんな彼女の話を僕はほとんど聞いていない。

 早く映夢探偵から話を聞き出そうという思いで心が満たされていたのだ。そんな中、狐目の女刑事が僕の手を引いた。


「おいっ、聞いてるのか?」

「えっ、いや……その」

「……探偵という奴は都合いい話ばかり聞いて。人の話なんか聞いちゃいねえ。最低だ」


 ふと、その言葉を投げつけられて心が痛くなる。僕はそんなつもりはない。探偵として活動するつもりはない。

 そう言い訳しようとするも口は動かなかった。

 散々彼女に叱られて、心がズタボロになって気付く。自分が言われたことに集中して、映夢探偵のことを忘れていた、と。

 急いで後ろを振り向けど、映夢探偵の姿はない。きっと帰ってしまったのかと肩を落とす。アズマのことを知るチャンスだったのだ。

 狐目の彼女が説教をしてこなければ。怒りを覚えそうになる。ただ、こうして叱られたのは自分が探偵としての調査をしてしまったせい。これは自分のせいだと怒りを後悔に変えておいた。

 その後は車に乗せられ、まずは部長が家へ送られることとなる。車内に乗せられると、最初に部長が呟いた。


「結局、アイツ、オレ達に何も言わず帰っちまったな。車に乗ってけば良かったのに」


 そこで思い出す。確か部長は映夢探偵と挨拶していなかったか、と。


「あの、部長……? 映夢探偵と話をしてましたよね? 映夢探偵のこと、知ってたんですか?」

「ううん、それがなぁ」

「え?」


 部長は顔を歪めて、人間関係あるあるを口にした。


「何か見覚えはある気がするんだけど、何処で会ったかは覚えていないんだ。よくあるだろ? 相手が話し掛けてきて、少し立ち話した後、『あの人、誰だっけ?』ってなる奴」

「ま、まぁ……ありますね」


 助手席にいた知影探偵も「そうねぇ」とのこと。一応、彼女にも「探偵として知っていますか?」と聞いてみる。けれども、返ってきた言葉は「知らない」だ。

 インターネットで検索してみるのも無駄。名前なんかは出てこない。せめて、何の事件を解いたか位、教えてくれれば良かったのだ。

 そう悔やむ間に部長と別れを告げる。今度は車が僕の家へと向かう。帰る前に知影探偵が問いを投げ掛けてきた。

 映夢探偵ではなく、今回の事件に関しての話題である。

 

「話が変わっちゃってごめんね。結局、ストライカーって弾のない拳銃を持ってやってきたんでしょ? 誰も殺すつもりはなかったのかしら?」


 結果から考えれば、そうだ。あの強盗でディフェンサは逮捕されることとなる。人殺しをやってしまえば、協力者のディフェンサも重い罪に問われることだろう。ついでに殺人に少しでも協力した姿勢があったとなれば、死刑の可能性も出てきてしまう。彼にとっては悪いことしかない。

 息子が殺された後でもストライカーはディフェンサの面倒を見ていた。思いやりがあったのだと思う。つまるところ、復讐というのは「犯人を殺す」のではなく、「自分の手で犯人を捕まえる」ことだったのだ。しかし、直接そう言えば男の沽券こけんに関わったり、他の人が止めたりしかねない。だからわざと物騒な立ち振る舞いをしたのだ。

 

「たぶん……あの人、本当はいい人だったんだよ……」

「悲しいわね。そんな人が犯人になるなんて……となると、ディフェンサも」

「みたいですね……」

「そんなことをしなければ、ホームレスの彼は生き残れなかったのかしら」

「他にも方法はあったと思うんですよ?」


 生活保護だとか。そう知影探偵に言おうとしたところ、予想していない反応がきてしまった。


「その方法を知らなかったら? 生活保護の申請の仕方を知らなかったら? 聞いてもホームレスの彼に協力してくれなかったら? もし、生活保護を頼んだとして周りから嫌な目を向けられるのが分かってたら?」

「嫌な目より、犯罪者として牢屋に入れられた方が、まだ人間として生きられるか……」

「まぁ、でもそんな恥になるのを気にするより、人の迷惑を考えないとね……」

「そうですね。結局、ストライカーやディフェンサのその選択のせいで計画の中にウイングという欲求の塊でしかない悪魔を呼んでしまったんですし」


 そうは言っても分からない。他にも価値観や事情が存在しているのかも、だ。彼等の心理状態や想い、信念が全て分かる訳ではない。

 この世界はまだ人が自由に生きられない。哀しい結論を出た。

 話していたら、車が僕の家が見えてきた。僕は運転した警官にお礼をして、知影探偵に挨拶する。


「さて、僕は映夢探偵を探して色々と……彼を挫折させるために頑張ります。彼には危険なことが多すぎますし。探偵嫌いの名に懸けて、やってみせますよ」


 そんな話に小声で反応する彼女。


「そう言えば、ワタシはいいの? ワタシも事件に足を突っ込んじゃうのに」

「あっ、大丈夫ですよ」

「……それって、ワタシがどんな時でも潰そうと思えば、潰れるからってこと?」

「ああ、そういう解釈でいいですよ」

「どういうことよー!」


 知影探偵がこのまま不機嫌になる前に僕は車から降りさせてもらった。さてさて、夜は遅くなりましたが。

 何とか、彼の居場所を探さなくては。そう決意した瞬間、頭の中に銃声の音が蘇る。同時に映夢探偵の顔が浮き上がる。

 玄関に入ってから、考えた。この音は銃声ではない気がする。音と共にピカピカ光るもの。顔が浮き上がったり、かげったり。

 そうだ。思い出した。

 僕は彼と出会っている。あの惨劇が起きた夏の夜に。




 

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