Ep.13 少年探偵の憂鬱

 今、部長が事情なく豹変するとは思えない。何か理由があったはずだと記憶を探ってみる。そんな中で知影探偵は顔を歪めたまま、質問を続けていた。


「ちょっと、達也くん!? こんな時に悪い冗談はやめてっ! 何で、こんなことをしたのよ!」

「だから何度言われても同じです。気付いていなかったんですか? 最初から強盗に反抗的だったのも、面白いことを期待していたから、だ」


 そんな彼に映夢探偵は突然ハッとして、ニヤリと笑う。部長の方を素通りし、ウイングの足元にあった金属バッドを蹴り上げた。

 そして部長の顔が緩むと同時にウイングを上から罵倒する。


「貴様はここまでだ! さぁ、ここでお終いだっ! みじめに監獄へ行くのだな。はっはっはっ!」


 何をするのか、僕には理解ができない。部長が持たせた銃口の狙いを何故、自分に向けさせるのか。僕は彼を助けに行きたかったのだが、恐怖で足が竦む。その場で転んでしまった。これではよく転ぶ知影探偵のことを指摘はできまい。

 一方、ウイングは額にしわを寄せて、怒りを爆発させている。


「馬鹿やろ! 終わらねえよ! ここで全員殺して火でも放って、裏口からこっそり逃げるだけだっ!」


 つくろっていた関西弁も出てこない。ストライカーを殴り倒した彼は何も見えなくなっている。そう。彼の犯した罪は重い。今更、一人や二人の命を奪ったとしても、何も感じ取れないのだろう。

 そんな危険人物を世に出してはたまるかと思いつつ、起き上がって駆け寄った。その瞬間、今度は映夢探偵が押し倒され、こちらに飛んでくる。

 ウイングは僕と映夢探偵の上に乗ると、拳銃を近づけて来る。ピタリと映夢探偵の額に当たる。彼の眼からは狂気しか感じない。

 映夢探偵は間違いなく殺されてしまう。それなのに、彼は声を出さなかった。いや、何か言ったのかもしれないが、ウイングが喚くせいで聞こえなかった。


「おい! この二人を死なせたくなかったら、お前等全員この場所に火を放て! こっちに来てみろ! 頭に風穴が空くぜ」


 人々は彼の矛盾した行動に戸惑ったり、泣き叫んだり。中には小さな子供の泣き声も聞こえてきて、心が苦しかった。皆、分かっているのだ。

 最初に全員を殺す発言をしている以上、僕達を拳銃で撃たないはずがない、と。

 最中、依然として一人だけが周囲から引かれているのにも関わらず、不思議な言葉を喋り続けていた。


「早く撃てよ」


 そう言って一歩ずつウイングの方へと近づいていく。狂気の沙汰。ウイングがその言葉に応じて引き金を持つ。その時、恐怖なんかよりも違う感情を持っていた。僕は部長に対して思う。

 どうして。

 どうして、こんなことをするのですか。

 美伊子を助けられなかったことを怒っているのだろうか、と。

 

「死ね」


 そう。彼が拳銃を撃つ。

 だが、何も起きなかった。


「今だっ!」


 瞬時に部長の拳がウイングに飛ぶ。


「うぐっ!?」

「もう一発いかせてもらうぞ!」


 相手が怯んでいる隙に映夢探偵がウイングの腹へと足で一発。

 そのまま彼は腹を抑えながら、拳銃を落としていた。

 部長はとびっきりの笑顔を僕や知影探偵に向け、とんでもないことを言った。


「どっきり大成功、か? 氷河! 知影先輩? 驚いたか? たぶん、ストライカー、本物は手に入らず仲間にもそのことを言えなかったみたいだな。これ、よくできたモデルガンだぞ!」


 僕は考えた。たぶん、映夢探偵と部長はどういう事情かを知っている。知影探偵は部長の肩をポカポカ殴りながら、その点を責め立てた。その目には怒りと涙が詰まっている。


「ちょっとちょっとちょっとぉ! 心臓に悪いでしょ! もし入ってたらどうしてたつもりなのよ!」


 部長は彼女に押されながら、苦笑いで事情を語り出す。


「い、いや。入ってないのは分かってたんだ。そこの映夢と話をしてな。もしかして拳銃に弾が入ってないんじゃないかって、な。おかしかったんだ。オレ達がかなりムカつきそうな行動をしてるのにストライカーは全く撃とうとしないんだぜ。なぁ、映夢」


 映夢探偵が倒れ伏したウイングを近くにいた店長と共に縛り付けている。そんな彼が部長の話に続けて、推理を語る。


「それに店に入る前にわざわざ貴重であろう弾を撃ったことも気になったんだ。それに通報を避けたいのに外でわざわざ発砲するなんておかしい。だからあれは動画か何かで、こちらだけに聞こえるように音を出したんじゃないかって思ったんだ。店の中にいる人に、拳銃は使えるものだと錯覚されるために、な」


 意外と拳銃のことについては考えていたらしい。彼の推理に圧倒させられていた。そして少々、奇妙な感情も芽生えていた。そこまで気が届いていなかった自分が悔しいような……本来僕には持ってはいけない感情が生まれている。

 奇妙な感情に襲われる自分自身を誤魔化すために頭の中にあった話題を変えた。部長のことだ。そのまま口に出しておく。


「ああ……それにそう言えば、部長って武器に詳しかったですよね?」

「だから、気付いたぜ。ストライカーが凄い勢いで拳銃を叩きつけたので、な。あれ、下手したら勝手に暴発して危険なんだ。しかも、そこで撃ったら、仲間に当たる可能性もな。だから、入っていないから、そんなことをしたんじゃねえか、ってな。で、最後に手に持った時、撃てないのを確認しといて」

「それであんな真似を」

「そうすれば拳銃を撃とうとした隙に一瞬相手の気が緩んで、集中攻撃が入るからな」

「にしても酷いですね。まぁ、敵を欺くには味方からとは言いますが……」

「本当にすまん……って言っても、この案を思い付いたのは映夢だぜ? お前の推理中に犯人が暴れた時の対処法を教えてくれて、な」


 そんな彼は身動きが取れなくなったウイングの顔から覆面を取って、「ああっ!」と大声を上げていた。彼は皆も知っている人だと皆に伝えていく。


「思い出した。彼、選挙のポスターで見かけたことがあったんだ……! まさかまさか、だな」


 近くにいた店長はポツリ。


「きっと、横領か何かをしてお金が足りなくなったってところだろうな」


 同時に僕もウイングを見張りながら、一言。


「ですね……本当に自分勝手な奴ですよ」


 こうしてウイング、ストライカーと共に行動不能。ディフェンサ自体は逮捕されることが目的で、人は傷付けたくないとのこと。強盗団は逮捕されていった。

 ついでに僕達も共に警察署へ。入口付近のソファーに座られて、何をされるのか。


「ボク達が認められたのか?」

「ふふふ、結構頑張ったぜ。オレ」

「だね。表彰されて。これで探偵としての知名度アップよ!」


 本当にそうなのか。

 映夢探偵と部長、知影探偵は何か褒めてもらえるのかと期待していたみたいだが、それは違った。以前、事件で出逢った狐目の女刑事が現れた。皆のニヤけ顔ににらみつける彼女。

 一応、三人はこの後に起こることを察したらしい。無言になった。

 僕達は探偵嫌いの女刑事に嫌と言う程、説教されたのである。


「これだから、探偵共は嫌いなんだ。またも現場を荒らしやがって。お前等、今回事件が解けたのは偶然だと言うことを覚えておけ! いいなっ! 次、事件現場に顔を出した時には首根っこひっ捕まえて、ぶん投げてやる!」


 知影探偵もげっそりとやつれた顔をしている。部長も「何で。オレ、活躍したんじゃないの」とぼやいている。

 部長は例外だ。もし、部長が一つでも拳銃のことを勘違いしていたら、何が起きていたか分からない。ウイングが何も持っていなかったから良かったものの、もし弾を一つでも持っていたら……。狐目もそんな趣旨で部長を叱っていた。

 一番最悪なのは映夢探偵だ。

 僕達と共に叱られた彼は「師匠に教わったことなのに」と肩を落として発言する。そう言えば、推理中にも「師匠」だとか言っていたな。

 僕はそんな師匠に腹が立った。この体が燃えてしまいそうな熱い感情を抱き出す。

 まだ、中学生である映夢探偵に何を押し込んでいるのだろうか。危険な事に巻き込まれたら、どう責任を取るのか。

 無性に師匠のことを知りたくなっていた僕は口を開けた。


「映夢探偵、その師匠って誰だ? その馬鹿な探偵は……」


 心が燃える位の怒りを覚えて、当然だった。僕はその名に敵意しかなかったのだから。


「馬鹿とは失礼な! アズマ師匠の教えがあったからこそ、助かったじゃないかっ!」

 

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