Ep.12 やさしいせかい

 証拠の情報が分かりやすいように僕はレシートをかざし、解説を始めていく。


「ディフェンサの中に入っていたレシート。犯人はこれで罪を擦り付けようとしていた。ただ、これに指紋が付いているか」


 そう。指紋。ディフェンサの指紋がついていなければ、彼が犯人でないとも言える。自分でポケットに入れるのであれば、完全に指紋が付く。逆に指紋が付かないような工夫をするのならば、証拠となるようなレシートなど持ってはいまい。

 また、これに指紋が付いていれば、ウイングの犯行を証明できる。知影探偵が僕の横からひょろりと現れ、言葉を追加する。


「観念しなさい! 証拠品にはワタシ達の指紋が付かないよう、きちんとやってきたんだから! 付いてるのは、アンタの指紋だけ!」


 勝ち誇った顔をする彼女にウイングが一言。


「ふむ? そのレシートはここで手に入れたものだと聞いたんや? そこのバイトの坊主が渡したと……なると、そいつが犯人やないか!」


 知影探偵は「ああ……」とあんぐり口を開け、バイトの伊藤さんに注目する。当然、犯人出ない彼は途轍もないスピードで首を横に振っていた。


「違います違います違います!」

「そ、そうよねぇ……今までの推理、氷河くんなら間違いはないと思うんだけど……もしかして、もう手詰まり?」


 知影探偵が僕の問い、その答えを言う前に映夢探偵が喋り始めていた。


「氷河。そういう場合はボクに任せてくれたまえ。指紋じゃなければ、返り血だろうかっ!」


 ウイングは圧倒されている。その的外れな推理に、だ。僕も心中は同じ。幾ら証拠がなくとも口から出まかせでは、ほとんど解決できない。

 それに知影探偵が手を上下に揺らして、呆れていた。


「今回の事件で血は出てないわよ……いきなり、どうしたの?」

「い、いや、つい先走ってな。師匠には困った時は適当に証拠を考えろって言われてたもんだから!」

「今は師匠の教えなんてどうでもいいでしょ。それよりも手詰まりの氷河くんに……!」


 彼女達が目を回しているのを確かめつつ、考えを否定した。だって、僕の心にはなんの乱れもない。

 ウイングに向かって、舌を出した。


「べー!」


 皆がふざけていると思ったのだろう。目を丸くしたり、首を捻ったり。僕を指差して「大丈夫か!」と心配してくれる者もいた。


「おい……何やってんだ……? 何の脈略もなく訳の分からないことを……! 死にてぇのか?」


 ウイングと共に怒る人も少数はいた。僕が「疲れたのか?」と部長のように心配してくれている人も存在した。

 不安がらせて悪かったと思いながら、舌を出した事情を説明していく。


「安心してください。気が狂った訳でもないんで。犯人はここを使ったって言いたいんだ。舌で証拠を残してしまったんだよ!」


 ウイングがようやくその意味に気付いたようで、「うぐ!?」と言って反論をしてこなかった。その間に映夢探偵が僕の解説に納得していた。同時に問いも飛んでくる。


「……唾液! 唾液は確かにDNAになるな! うむ! しかし、どういうことだ? 犯人は何で、大事な証拠品に自分の唾を垂らすような真似をするんだ!?」


 普通ならば、しないであろう。それに唾がついたレシートを他人のポケットになんて入れたら、罪を擦り付けることなどできない。自分のDNAが出てきてしまう。しかし、今回の場合は良いのだ。

 今回の事件に関しては、どちらも自然な事。

 まずは映夢探偵が聞く唾の事情から。


「スーパーだから分かりやすいと思うんだけど。よく手が渇いてお札がめくれないってことがない? レジ袋が開かないってことがない? 年を取るごとに手の油がなくなって、プリントの束とか、本とかが捲りにくくなるってのを昔、学校の先生に聞いたことがあるんだけど」


 今度は若い世代ではなく、パートのおばさん達が共感していた。この店には唾でお札が汚れないよう、アルコール消毒液や水で濡れたスポンジが置いてある。

 知影探偵が「何でお札を数える必要が」と口を動かしている間に真相に気が付いたようで。


「あっ、そっか! 被害者の力也くんからはお金が取られていたから……きっと、これってディフェンサを犯人に仕立てあげるためにお金を盗もうとしたのよね」


 僕はそれに頷いた。


「そういうことです。警察もディフェンサを疑った際、動機を調べるでしょう。そこでお金となれば、だいたいみんな納得してしまいますからね。金銭を奪うために殺人が起こるなんて、普通のことですし。それにそのお金が自分のポケットに入れば、得ですし。そう。ウイングは力也くんの顔を便器の水に沈めた後、お金を盗んだ。で、その時自分が手に入れたお金の量を確認したんだ。で、お札と共に数えたところ、レシートにも付けてしまったんだ」


 時々いるお札の中にレシートを混ぜてしまう人。たぶん、被害者はそうだった。

 そう考えた後にウイングの行動を続けて、説明させてもらった。


「強盗で金を数えてる時にも唾を付けていたな。ウイング、アンタ自身の癖でレシートに唾を付けてしまったことに対し、焦った。だが、そこでディフェンサに罪を擦り付ける悪魔の計画を思い付いたんだ。ディフェンサがガム好きで、レシートに自分と同じ逃れられない証拠。自分の唾液の上にガムと唾液を付けてくれることを、狙ってね」


 ウイングは体を強張らせている。ここまで自分の計画をばらされてしまったら、おかしくなるのも無理はない。

 僕は深呼吸を一回。それから追い詰める。


「今はまだ出てない証拠だが。警察が来たら、すぐさまこのレシートを提出する! ディフェンサがまだガムを付けてはいない、これを、ね。さぁ、今こそ年貢の納め時。神妙にお縄に付けっ!」


 ウイングが「ああ……バレてしもうた」と口に手を当て、慌てている。最中、一番厄介な人物が動き始めた。

 ストライカーだ。

 もう彼の殺意は止められない。彼は拳を握り締め、奴を殺そうとしている。ただ、僕には止められない。

 止められないからと一歩足を引く。

 今は探偵の出番ではない。ここにいる客の人達が彼に声を飛ばす番だ。


「息子さんは貴方を止めるために、この店にわざわざ来たんでしょ! 罪を重ねるなんてやめてっ!」

「その痛い気持ちは分かる! 自分だって息子を事故で亡くしている。その苦しい気持ちは分かる! でも、今動いたって」

「貴方が殺人を犯して、そのまま死ぬことなんて誰も望んでないわ!」

「もう一度、アンタならやり直せるだろっ!」

「どうか、落ち着いてっ!」


 ストライカーはそのまま床にひざを落とす。体が崩れ落ちていき、一人不可思議なこの状況を語っていた。


「……何で、そんなことを……おれはお前達にどれだけ迷惑を掛けたか、どれだけ無茶を言ったか、どれだけ脅したか。それなのに、何でだよっ! 何でそんなことが言えるんだよ。畜生……畜生、畜生おおおおおおおおおおおおお!」


 彼の嘆きが店内に響き渡る。他の人達が彼を止めてくれたのだ。探偵なんかより、やはり有能。探偵はただ、相手を怒らせることしかしていない。

 そう考えているうちにウイングがストライカーに近寄った。何をするかと思えば、拳を固めて頬を殴っていた。


「こんな分かりやすい計画に嵌めやがって! 親子共々、あの世に送ってやる! 殺してやる!」


 ストライカーに対する非道な行為を他の人が止めようとするも、ウイングはどこからか転がってきた金属バットを拾って周りを振り払っていた。

 ちょっと待て。今、金属バットが何処から飛んできた? 間違いなく、今……映夢探偵がいた方向から……。

 まあ、今はそんなことよりもウイングを止めることだ。ただ今の状況。「金属バッドだけなら何とかなる」と言っていた部長はどうしているかと確かめた。

 彼が手にするのは、黒光りする拳銃。それを下に向け、じっと見つめていた。

 まさか……!

 

「ウイング、金属バットもいいが、こっちの方が簡単にストライカーを仕留められるぜ。一発眉間を撃ち抜けば、終わりだな!」


 部長は悪魔のような笑みで拳銃をウイングの方へと放り投げる。まさか、部長はそちら側の人間だったのですか……!?

 知影探偵が一歩部長の方から離れつつ、尋ねていた。


「ちょ、ちょっと! 達也くん! どうしたのよ!」


 彼はやっと本性を表したかのように、獣のような目付きで答えた。


「オレはなぁに、見たいだけですよ。最悪で最高にゾクゾクする結末って奴を、ね!」

 

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