Ep.8 おかしな証拠

 映夢探偵に喋ると、返事が来た。


「確かに……しかし、何で強盗なんてやるんだろうな。こんな方法でしか金を稼ぐ方法はないって訳じゃないのに」


 暗い顔で考えている彼に僕は「分からない」と首を横に振っておく。ついでにもう一つ忠告しておく。


「そんな質問をしても、時間の無駄だって言われるだけだ。色々と気になるところはあるけど、殺人と関連性がない限り、ね」

「そんな……強盗がいたから殺人が起こったんじゃないのか?」

「いや、まだバイトの伊藤さんが容疑者の一人としているから。彼が殺人を犯した後にたまたま強盗が来てしまったって状況の可能性がある以上……」

「ううん、そんな理不尽なことが。殺されたのは強盗犯の息子なんだぞ! 関係があるに決まって」

「たとしても、だ。偶然っていう可能性が拭いきれない以上、どうしようもないんだ」

「うう……」


 悔しそうに歯を噛み締めていた。探偵と気分が一緒だと言うのは、何となく悲しい。僕も強盗団の言いなりになっているという事実には非情に腹が立っている。

 ついでに愚痴を小さな声で彼に呟いた。


「それに何だよって思うよな。強盗団のネームとかほとんどふざけてるじゃないか……野球だとか」

「サッカーだと思うぞ。以前に試合を撮影しに行って、実況がそう叫んでいたのを覚えてる!」


 この時「死にたい」という気持ちが体の中に走っていた。別に死を望んでいるのではない。今の自分がこの場から消えたい。そんな恥ずかしさを例えるには、その言葉しかなかったのだ。

 頭を掻き、荒ぶる精神を落ち着かせた。そして、考え直す。


「そうかそうか。ええと、サッカーのポジションで言うとストライカーは……」

「シュートを撃って得点を狙う人だ。ウイングはストライカーを補佐すると言えばいいか。ディフェンサのディフェンスはゴールの近くで守る選手」

「ふぅむ」


 これは強盗だ。サッカーとは違うような気もする。そんなことを考えていたら、映夢探偵は僕の思考に言葉で同意していた。


「まぁ、本名の代わりに呼び合うニックネームみたいなものだ。過去に解決した強盗事件の犯人も数字だったり、トランプの記号だったり。適当に決めたような名前だった。きっと、そういう事だろう」

「……そうだな」

「さて、こんなところで悩んでいても仕方がない。聞き込みをしようじゃないか!」


 映夢探偵の言葉に従うのも何となく癪ではあるが。彼の言う通り。拒否している時間もないから、僕はすぐさまディフェンサの方に話し掛けた。


「ディフェンサ。聞きたいことがある。付着物の話だ。事件現場の洗剤の付き方でもしかしたら、犯人が特定できるかもしれないと思って、な」


 ストライカーが選んだ菓子を貪り食っている彼はこちらに振り返る。それと同時にフローラルな香りが辺りに漂った。

 靴からではない。顔、からだ。


「何だぁ?」

「ああ。下見に来た時、洗剤が散らばっているのを踏んづけたって話は本当か? バイトの少年から聞いたんだが」

「ああ、そう言えば、そんなこともあったなぁ」

「でも拭いてもらったんだよな?」

「そうそう。バイトの少年が焦ってたのぉ」

「つまるところ、トイレに洗剤は付けていないと」

「ちゃんと拭き取ったからの」


 やはり、今のところは洗剤が事件の鍵になることはないらしい。では、違う匂いについても尋ねさせてもらおう。

 もしディフェンサが犯人でフローラルな香りが犯行時にも漂っていたとしたら……被害者にも匂いが移っているかも、だ。後でまた被害者を嗅げば、犯人が分かるかもしれないから調べておく必要があった。


「そのいい匂いは……?」

「ああ……これはストライカーの家で風呂に入った時に付いたものだ。強盗をやる時に臭いままではいけないと言われてな」


 聞いていた映夢探偵はストライカーの方に鼻を近づけていた。そこで「あっ、こっちにも微かに」とのこと。

 香りによって犯人が分かる説は無理だった。ストライカーからも匂うものとなれば、息子が同じ入浴剤やボディーソープを使っていても不思議ではない。息子である被害者から同等の香りがしても、犯人とくっついた証拠にはならないのだ。

 しかし、強盗仲間を家にある風呂へと入れるとは。作戦会議も家でしたのであろうか。で、あれば息子が父親の行動や頻繁に出入りする見知らぬ人に不信感を覚えるのも当然だ。ここに来た理由も納得はできる。

 そうと考えると、ストライカーは本当に世話好きのよう。ここまで仲間を持て成す強盗犯とは……。

 更にそこで思考を深めようとしたのだが。ディフェンサがガムをくちゃくちゃ噛んでいる音に邪魔された。推理の妨害になるからと言えば、「別の場所で考えろ」と言われると思う。

 だけれども、この考察をした後にまたディフェンサに聞きたいことがあると面倒だ。レジ前に行って、帰ってはタイムロスにもなる。

 だから文句を言いたかった。

 そんなところに映夢探偵の無謀さが炸裂した。


「おーい、ガムを食うのはちょっと後にしてくれないか? 考え事に集中できん!」


 ストライカーの眉が吊り上がるものだから、背筋が冷えてしまう。それでも何とかディフェンサの方が「ああ、やめるよ」とこちらに譲ってくれたものだから、安心できた。

 ストライカーはディフェンサがそう言うのならと顔を平常のものに戻す。ついでに「吐き出すものが必要だろう」とこの場から走り去っていく。

 ティッシュを盗りに行ったのだろう。

 そうにも構わず、ディフェンサは彼自身のポケットを探って一枚の紙を取り出した。ふと僕は尋ねていた。


「メモ用紙の形じゃない……レシートみたいな紙……」

「これか?」

「あっ、それっ!」


 白く細長い紙。これが大事なものなんじゃないかと思い、ディフェンサから取り上げさせてもらった。

 印刷されているのは、胃薬の値段。映夢探偵はそれを見つめ、ポツリと言葉を零す。


「知影探偵から聞いていたんだが、それって、被害者の財布から消えていたレシートじゃないか? もしかして……もしかしてだが」


 レシートは確か、犯人が持っていったものだと思っていた。つまるところ、死亡時刻を誤魔化すためにディフェンサが持っていったものなのか。

 映夢探偵の視線から思うことが一つ。彼は間違いなく、ディフェンサを殺人犯として疑っている。

 

 

 

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