Ep.4 テレビドラマでもあり得ない

「何が起きてるんだよ……! おいっ!」


 僕が何度か声を掛けても、返事は戻ってこない。もうダメだと分かっていても、入るしかない。そう考え、個室と個室の間に阻む壁と天井の隙間を乗り越えた。

 そこから飛んだ先から床に付くまでにだいぶ高低の差があり、足に痛みがやってくる。しかし、この惨状を見た刺激よりかは全然マシだ。

 足首までもが変な感覚に陥るのも気にせず、彼の首をトイレから出した。ずぶ濡れになった彼の顔を見させてもらう。中学生のまだ幼い顔付き。そこからはもう生気が感じられない。脈も完全に止まっている。

 首や頭に殴られた痕はあるものの出血は見られない。溺死に違いない。しかも、ただの溺死ではない。殺人だ。

 事故死であれば、体に殴られた痕はできないし。そもそもこのトイレの個室にそこまで広さがない。入った途端、足が滑って開いていた洋式便器に頭を突っ込むことなどできない位に。


「何故だ……」


 中学生のような彼が何故無惨な形で殺害されなければならなかったのか。犯した人物は誰か。

 今の状況であれば、誰が犯人であるか簡単に推測できてしまう。まだ証拠も何もないが、動機的には完璧な人物がいる。

 奴はこちらにドタバタと入ってきて、その怒鳴り声をトイレの中で反響させた。


「おい! 連れて来るのが遅いぞ! おい! 何処に逃げた!?」


 たぶん、僕の姿がいなくなったことに対して驚いているのだろう。

 そして、一つだけ鍵の掛かった個室を見つけるはず。僕が死体と一緒にいる個室には鍵が掛かっている。

 奴はここを押し開けようとするだろうから、その前に僕は答えておいた。


「ああ、いる。鍵を開けてやる。その前に一つだけ質問だ。お前はもう人に危害を加えたのか?」

「だから言ってるだろ。ちゃんと従えば穏便に済ませてやる、と。大人しい奴には全く、手を出してねぇ」

「そうか……」

「何が聞きてえんだよ!」


 まだ嘘をついている可能性もある。死体を見つけた僕を「見ちまったからには逃がせねえな」と拳銃で襲ってくる可能性も大いに存在する。

 だから、僕はドアの鍵を開けてすぐさまトイレを飛び出した。


「じゃあ……これはどういうことだっ!」


 僕が駆け出したことに驚いたストライカーが横に逸れる瞬間を狙って、背後へと回り込む。それから死体へと注目させた。

 少しずつ距離を取ろうとするものの、僕の動きは無駄だと知った。奴は拳銃を手から落としたのだ。

 そのままトイレに膝から崩れ落ちていく。何ということがあろうか。ストライカーは突然にも自分の覆面を取り、険しく濃い顔面を亡くなっていた少年に近づける。


「お、おい……。お前……お前!? 力也りきや! 力也! おい! 起きろっ! おれの顔が分かるかっ!? おいっ!? 何でこんなところにいるんだっ!?」


 その声はトイレすらも抜けて、店内にいた人にも伝わったよう。ストライカーの仲間である強盗二人と共に多くの人質がトイレの前にやってきた。強盗も他の客も皆不思議そうな表情を見せていた。

 それは当たり前のこと。

 トイレの床に座って泣き伏している強盗なんて、テレビドラマの中でもそうそう見ることはない。この場面を目にしてしまったら自然と顔が歪んでいくことであろう。僕も、その一人。

 トイレ前に集まった人の中には知影探偵もいて状況説明を僕に求めてきた。


「な、何があったの……?」

「トイレで人が亡くなってた」

「えっ!? 嘘っ!?」

「それどころじゃない。この口ぶりからして、どうやら……強盗の息子が殺されていたみたいなんだ」

「はぁああああああ!?」


 知影探偵の大声が皆の驚愕を的確に表していたと思う。何があれば、こんなことになるのか、僕にも分からない。

 客も強盗もざわざわと騒ぎ始める中、一人悲しみに落ちる強盗団のリーダー。ただ、彼の悲しみに気を取られて見えていなかった。

 悲しみの先にある怒りの姿を。

 ストライカーの顔は泣きはらした親のものから、般若の仮面へと変化していた。


「殺してやる……おいっ! 犯人はお前かっ! さっきまで死体と同じ部屋にいたんだろっ!」


 彼は素早く拳銃を拾って、僕の額に突き付けた。この脅しには僕も驚いて背中からトイレの床に倒れてしまう。倒れた僕の頭に冷たい銃口が付いたまま。知影探偵は僕を助けようとしたのか手を伸ばしてきたが、僕は彼女の方に手を出した。彼女が庇ったとしても、犠牲が出るのは変わらない。

 それよりかは、試しておきたいことがあった。

 助かるかどうかは分からないが、一か八かで反論を試みるのだ。こちらの方なら助かる可能性がある。


「聞いてくれ!」

「黙れっ!」

「僕を殺しても息子の殺人に加担したことになるんだぞっ!?」

「加担だとっ!?」


 食いついた。ここで説得しなくては、と大きい声で言葉を紡ぐ。勿論のこと、僕の心臓は絶え間なく爆音を発していた。


「ああ。無実の僕が殺されて犯人になったとしたら。アンタの息子を殺した犯人はのうのうと生きることになる!」

「お前が犯人なんだろっ! 何を言うんだっ!?」

「違う! 溺死だろ! 溺死には時間が掛かる!?」

「何の出鱈目でたらめを!」


 更に悪化させてしまったか。強盗犯の怒りを心配をする中、知影探偵が僕の言葉に補足を入れて、手助けしてくれた。


「本当よ! ええと、溺死でしょ? 氷河くんにトイレの様子を見てきてって言ってから五分以上経ってた!? もっと長く時間を掛けないと、溺死しないわよっ!」

「ああっ!?」


 知影探偵は一回ピクリと肩を動かし怯えるような素振りを見せる。だが、すぐさま巻き返して、強気をストライカーにぶつけていた。今回の知影探偵は強い。


「あ、後、トイレの中から争うような音は聞こえた? それがなければ、氷河くんが殺したことにはならないわよっ!」


 強盗犯は僕から拳銃を離し、知影探偵がいる方に向く。彼女か、それか他の人が拳銃で襲われるのか。そう危惧した僕は彼の気を引いた。


「僕はやっていない! だからってここにいる人が犯人とは限らないっ! もしかしたら店からもう逃げてるかもしれないっ! それにここに居る人を襲って警察に捕まったら、犯人に復讐はできないだろっ!?」


 ここでは復讐を肯定するような言い方になってしまったが。仕方ない。ここはまず一般人を守ることを優先しよう。

 思考を動かせる位の時間だけ沈黙。その後だった。僕の発言に強盗は酷く重い声で反応する。


「じゃあ、教えてくれよ……誰が殺したのか……無理だよな!? そんなこと、警察じゃないのにできる訳ないよなぁっ!」

 

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