Ep.3 最悪じゃないか……

 部長の咄嗟な行動に思考が停止した。本人は隣にいる映夢探偵と意気投合。彼は笑顔で部長の肩をポンポンと軽く叩いていた。


「おお! ご協力感謝する」

「後はどう対処するか、だな。あの拳銃、行けるか」

「拳銃の射的に避けられる自信はあるのか?」

「このバットで撃ち返して見せるぜ!」


 部長は部長なりの正義だったのか。皆を傷付けないと言う奮起だったのであろう。しかし、人をヒヤヒヤさせるのは迷惑極まりない。

 自信満々に言っても部長もただの人。バットで弾丸を対処できる程、強くはない。銃口の先を辿ると、彼の眉間があった。


「人を舐めやがって……! 二人共どうなるか分かってるよなぁ!?」


 このままでは、キレた強盗のリーダーが部長と探偵を撃ち殺しかねない。

 そんな結果を阻止するべく、取る行動は一つ。

 強盗がやられて困る選択。レジから遠ざかり、外に逃げようとすることだ。僕は声を出しながら、商品棚のある方向へと走ってく。

 勿論の如く、撃たれるつもりはない。すぐさまお菓子がある商品棚を盾にした。

 

「うをおおおおおおおおおおおおお!」

「な、何だっ!」


 銃を持った強盗のリーダーがこちらに注目してくれた。そこを危惧したのか。隣にいる知影探偵までもが飛び出していた。


「こっちよ! こっち! こっちを狙いなさいいいいいいいいい! うおおおおお!」


 雄たけびを上げ、「自分はこっちだ」と強盗の目を引きながら、洗剤がある商品棚に身を隠す。

 そこで僕の選択が間違っていたことに気付く。知影探偵を心配させてしまったのだから、僕も部長と同じ。無謀なことをした。

 そんな僕達の攪乱かくらんに苛ついた強盗のリーダーは関西弁の男に向かい、叫ぶ。


「この二人は任せろ! ウイング! お前はあの二人が逃げないよう、捕まえて来い!」

「分かったで! ストライカー!」


 ウイングと呼ばれた男が指示に従い、最初に僕を捕まえようと走ってきた。銃がなければ、まだいけると自分の右手、その奥にあったトイレに向かう。一番の目的はそこで奴を転ばせること。

 床が濡れていることをしらない彼が勢いよく走ったら、転倒間違いなし。その狙いを彼は受けなかった。何故か、僕がこちらに入ると分かると知影探偵の方を狙って走っていったのだ。

 そこから、何かが転がる音が響いていた。今度は硬い鉄が床に当たる音。この店でそんな音が出る道具が売られているのは……フライパンなどが売られている調理用品コーナーしかない。

 更なる悪寒に、取返しが付かないことが起きると感じ、僕はそこへ急行した。


「死に晒せや! ぼけぇ!」


 商品棚と商品棚の間にある通路で知影探偵の方に迫っていたのは、商品棚を揺らし、売られていたであろう包丁を構えているウイングだった。

 それに対し、うつ伏せに転んでいた知影探偵は「ひぇえええ……」と白目を剥いて固まっている。どうするべきか、と言えば一つしかない。

 調理器具の中で落ちていたものを使わせてもらう。後で金を払わせてもらおうとフライパンを持ち、知影探偵の前に立って振り回す。

 奴を声で威圧した。

 

「こっちに来たら、これでぶん殴る!」

「大人しくこっちに来てみぃ!」

「包丁を持った奴の元に誰が近づけるかって言うんだよ!」

「本当にドアホやな? 大人しく金さえ出せば無事に返してやるって言ってるやん! どうして、そう抵抗するんや?」


 僕は最初その言葉に従おうと思っていた。だが、きっと部長や探偵はこう思ったのだろうと考え、代弁しておく。


「本当に解放するか信用できないからだ!」

「……そうか。そうか……聞き分けのないっちゅうわがままな奴は、痛い目に遭ってもらわんとなぁ!」


 ウイングはこちらまで来ると、包丁を凄まじい勢いで僕の方へと振り下ろす。そうはさせるかとフライパンの包丁の切っ先に当て、ついでにもう一度包丁をフライパンで叩いてみせる。

 奴の勢いに押されつつ、少しずつ後ろに下がる。ただ、負けてはいられないと心を熱くする。フライパンで押し返そうと試みた。

 何度か、何度か包丁の先にフライパンをぶつけた。衝撃のあまり、包丁が堪え切れられなくなったか。とうとう、包丁の刃が折れた。

 奴が驚いている間に、だ。フライパンをウイングの足めがけて放り、知影探偵の腕を引っ張った。

 途中で知影探偵が口にする。


「ちょっと」

「何ですか!? 今、触る触らないの話をしている場合じゃ」

「それはいいのよ。そういうことじゃなくて、どう逃げるの!? 今のところ、逃げられそうな場所なんて……!」


 確かに店の裏なんかに逃げても追いつかれてしまう。ならば、やるべきことは一つ。レジの前に戻り、大人しく強盗の行動に従うしかない。

 今のところ、倒すなんて無理だ。「信用」できないと言った手前、あの三人を制圧したい気持ちも出てきてしまった。と言うか、そうしなければ暴走を止めることはできない。

 先程みたいにまた包丁で襲われる可能性もある。

 どうするべきかと考えながら、レジの方を見ることができる場所まで移動する。そして、部長達の様子を確認しようとした。しかし、彼等は制圧されていた。部長と映夢探偵が倒れている姿だけが目に映った。


「部長……!? えっ……!?」


 拳銃を持っているであろうストライカーと呼ばれている強盗主犯の姿もない。

 何処にいるかと探そうとした途端、右の脇腹に冷たい感覚を味わった。重い男の声がする。


「さて、終わりだ。来い」


 左にいた知影探偵は「氷河くん!」と口にした。後ろはウイングが来ないかと警戒していた。ただ、横。トイレからの襲撃については考えていなかったのだ。

 恐る恐る嫌な心地で彼と話をしてみた。


「ふ、二人はどうなったんだ……」

「ウイングが商品棚から物を落とした時だ。がらんがらんって音に気を取られた二人をおれが拳銃で、ディフェンサが金の束で殴っただけさ。まぁ、死んではいねえよ。安心しな」


 そう言われつつ、僕達はレジへと戻された。ウイングの方は何事もなかったようにニヤニヤしながら手に唾を付け、店の売り上げから奪った金の量を確認している。

 ディフェンサと呼ばれるのであろう大人しい強盗犯はちまちま札束を数えていた。そこに僕達を連れてきたストライカーも入り、客から奪った金をまとめている。

 ……逆らった二人はレジの中に隔離されていて、様子を確かめられない。ただただ強盗犯の言葉が正しいと信じて無事を祈るばかり。

 探偵は嫌いだが目の前で人として物理的に死なれるとなると話は別。殺されて誰か悲しむ人がいるのだから。見たところ映夢探偵は僕よりも若いように思える。

 

「中学生か……」


 僕が考えたことをポツリ呟いたことで、鼻水を垂らしていたバイトの少年が反応した。


「あっ、そう言えば……」


 そこをストライカーが目を付ける。


「そう言えば何だ……? 隠していることがあれば承知しねえぞ!」


 まあ、銃口を突きつけられたら言わない訳にはいかないであろう。引き気味になって、涙まで流して叫ぶ。


「あっ、いや、まだトイレに行ったまま、帰ってこない中学生っぽい少年がいたなぁ……と」

「ああ!? 本当か!?」

「は、はいっ! お腹が痛そうで……早くしてくれっ、と凄い怒鳴ってましたから……」


 周りの店員も頷いている。その少年の様子を強盗犯のストライカーが見に行こうとしているところ、ちょうどよく僕の方に視線を向けた。


「おい、お前」

「えっ?」

「お前が連れて来い! おれの声だと用心されて、籠城されちまうだろうからなぁ」

「……そんなの、僕でも同じじゃないですか?」

「ああ……強盗犯は去ったとでも言えばいいじゃないか」


 どうやら僕を利用したいらしい。と言うか、僕と知影探偵が要注意人物だとも思われているのであろう。何かする間、ずっと見張っておきたいのだ。

 かといって、男子トイレに知影探偵を連れていく訳にもいかず。

 少年を騙すのは悪いが、これ以上彼等に反抗する訳もいかない。僕達はもう危険なところまで奴等をおちょくってしまっている。

 下手に断れば、拳銃でバン、だ。

 強盗犯はトイレの前で立ち止まった。「二人以上だと怪しむだろうが」とのことだった。仕方なく一人でトイレの中に入り、個室の鍵に視点を移す。隣り合っている二つあるうち一つが閉まっている。

 ノックを何回やっても、「すみませーん」と声を掛けても、返事はなし。流石にこれだけ呼びかけたら、少しでも反応するはずなのだけれど。

 嫌な予感がした。

 助けを呼べない状態に……?

 今までの経験からして、またも奇妙な感覚に襲われる。この自分だけが包まれる暑くて寒い、呼吸が苦しくなる。吐き気さえも催しそうな過去のフラッシュバッグ。

 やめてと心で叫びながら、動いていた。隣の個室に入り、洋式便器の上に立つ。行儀は悪いが、ここからならもう一つの個室を上から覗くことができる。そして無理をすれば、壁をよじ登って隣へ入ることも可能。

 何も起こるな……そう願い、上から中を覗いてみるも無意味。


「はっ?」


 少年の顔は洋式便器の中に突っ込んで、腕は力なく垂れている。まるでそれは、人間の尊厳を奪われたかのような惨状だった。

 

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