Ep.2 嫌な救世主

 強盗だ。覆面から登場の仕方やら何から何までがそう思わせた。頭が真っ白になったかと言えば、そうでもない。まだ三人の暴漢が目の前に現れただけ。まだ警察を呼んで制圧ができる。

 突然の事態に希望を見出していた僕は動こうとするも、強盗の中で一番体格の良い奴が黒光りする何かを僕達スーパーの客に向けてきた。

 それは拳銃。最初に聞こえた大きな音は花火なんかではなく、拳銃を何発か撃った衝撃から発したものだったのだ。

 一度ひとたび打てば、弾丸が心臓を、脳を打ち抜く恐れあり。包丁とは違い、遠距離からも一瞬で命を奪えてしまう。

 何回か拳銃による殺人に遭遇したことはあるものの、拳銃は使用済みで捨てられていた。犯人の対象もかなり因縁深い相手で、それ以外には殺すつもりはなかったらしい。

 今回は違う。奴は自分の犯行に対し、邪魔するものを拳銃で排除しようとしているのだ。今もそう。妙な動きを取る者に対し、拳銃を振り回して威圧した。


「おい! そこ! 妙な動きをとるんじゃねえ」


 そう叫ぶや否や、彼は近くで品出しをしていたらしきバイトの少年に近寄った。彼は咄嗟のことで逃げることもできず、ただただ怯えたまま奴に捕まった。


「ひぃいいいいいい! お許しをお許しを!」

「おいっ、今すぐここにいる客が出ていかないように扉を全部閉めろ!」

「は、はひぃいいいいい!」


 バイトの彼は鼻水を垂らし、もう必死な様子で入口の方へと走って、ドアを開かないようにしていた。それから強盗の一人が妙な関西弁はバットを持って、レジの女性をおどしていた。


「おう、おばちゃん、ここにいる店員、店長、全員呼んでくれへんか。客も大集合させろや!」

「は、はいっ!」


 そいつの命令に従うしかなかった女性は手元にあった店内マイクを使い、悲鳴のような叫び声で店内に警告した。


『て、店内にいる、皆様、非常事態が発生致しました。すみやかにレジ前へ』


 との非常事態という言葉が気に入らなかったのか、それとも別の原因か。理由は定かではないが、関西弁の男は店員からマイクを奪い取り、店内にいる人間すべてに脅迫した。


『早く来いっ! 強盗やっ! 通報なんて下手な真似しやがったら、どうなるか分かるやろなぁ! この四番レジの人間とバイトの脳天に風穴をぶち空けるで!』


 妙な言葉遣いのせいで、恐怖よりは違和感が僕の中で暴れていた。しかし、その言葉に宿る力強さは本物で、店内にいる人間がすぐさまレジ前に集合した。

 三人目の強盗は意外にも大人しく、落ち着いた雰囲気で僕達に命令をする。


「悪いのぉ……スマートフォンを籠の中に入れてくれ」


 外部に隠れて連絡されないよう、連絡手段を断っておこうという考えなのだろう。拒否なんかすれば、人質が危険に晒されるだけ。知影探偵も部長も渋々、スマートフォンを渡していた。

 すると、拳銃を持った男の方もレジの方へとやってくる。


「さて。金目のもん、全て貰おうか」


 ついでに財布まで渡すよう、伝えてきた。部長は「オレの小遣いがぁ」と叫びそうになるも、その男に「うるせぇ!」と言われてしまう。

 部長が躊躇っているようだから、仕方なく僕が彼の手から奪わせてもらい、そのまま手渡した。


「部長、今は命の方が優先です」

「そ、そりゃあ、そうだけどよ。何か、アイツらに従っているって言うのも、癪じゃねえか……?」


 こそこそ話で伝えて来る言葉に共感ができないこともない。悔しい。いきなり現れた強盗に金を奪われるなんて理不尽すぎる。僕だってできることなら、文句を叫びたい。

 だけれども、できない理由がある。


「バッドならまだしも、拳銃を振り回してる相手に逆らえませんよ……」

「そ、そうだな……バットだけなら……?」

「ええ。バットは重いですし、振り回すのに時間が掛かりますし。包丁を持って暴れられるよりはまだ何とかなりますけどね」

「そうか……」


 何て言ってるところをリーダーであろう強盗犯に見つかってしまった。彼は覆面越しにこちらを睨み、拳銃を僕と部長、交互に突き付けた。


「……うるせぇぞ。騒いでもどうにもならないことは知ってるだろ。大人しくしていろ」


 部長がじっと耐えている。それだけが頼りだったかもしれない。本来なら拳銃を突き付けられ、命乞いをしていたはず。ただ隣の部長が黙っていたから、それだけで何とか落ち着いていられた。


「ちょっと」


 そんな光景に知影探偵が何かを話そうとした時、男が堂々と拳銃の前に立ち塞がった。きっと店長だろうか。

 

「俺が店長だ。金が欲しいなら、やる。客には手を出すな」


 その威勢に関して、強盗犯はどんな反応を見せるのか。

 覆面の上からでも笑っていることが読み取れた。彼の威勢を褒めている。


「正しい選択じゃねえか。そうだ。たくさんの人に……金を」


 と、このまま何とかなる流れ。それを客の中にいた少年が変えていた。強盗犯に向かって、スプレー缶を投げつけたのだ。

 その本人はまん丸とした顔で自分が正しいと信じ込んでいるようだった。


「君、金をむしり取るのはやめたまえ! このまま大人しく帰ってくれれば、強盗未遂で済む。その方が君達の今後にとっても安泰だろう!」


 その言葉で間違いなく、強盗犯の怒りを買った。ただ一人、大人しいであろう強盗犯が考え始めたのを除いて、二人が男の方へと近寄った。


「貴様っ!」

「何を言うんかいな。お前さん、自分がどんな立ち位置なのか分かってへんのか!? ああ!?」


 店長が通すかと強盗犯の方に建ち塞ごうとするも、男が投げたスプレー缶に転んであられもない姿に。

 強盗犯と一人の男が異議を立てたことにより、騒ぎになっていた。

 知影探偵も心穏やかではなさそうだ。僕に対し、苦しそうな様子で文句を吐いた。


「な、何であのまま……あのまま無事にいけそうなところで口を出しちゃうのよ……!」

「ううん。僕には分かりません……ただ……」


 何か嫌な予感がすると思った。何が、ってその男が何か自分の嫌なことを言いそうに思えたから、だ。

 何故そう感じたのかは分からないが。予感は的中してしまう。


「ボクはかがみ映夢えいむ。君達をやっつける正義の探偵だっ!」


 ……最悪だ。探偵の自分が正しいと思うだけを押し付ける行動。奴は自分が正義だと疑うことはないから、どんどん進む。目の前に犠牲があるかもしれない可能性を考えず、突き進むのだ。

 更に厄介なことが一つ。

 その映夢探偵に集中している関西弁のひょろ男を、部長が後ろから突き飛ばしたのだ。手から転げ落ちるバット。部長はそれを持ち、恰好付けて言った。


「これで、形成逆転だなっ!」

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