File.8 探偵会議は終われない(悪食強盗団殺人事件)

Ep.1 アンラッキーな人達

 土曜日の夜八時。僕はスーパーの中で明日の食料を求め、彷徨さまよっていた。辺りを見回しても、男子高校生が籠一杯に家庭用品やら食料やら詰めているのを見かけない。

 こんな不幸なのは、僕だけか。

 父が失踪。母が家を出て行き、姉は引き籠りなんて家は他にない。きっと他の家では目の前にいる主婦のようなお母さんが温かい料理を作って、我が子と談笑するのであろう。

 羨ましいという感情はとっくのとんまに捨てたはず。今の心にあるのは、僕の家を滅茶苦茶にした探偵への怒りだった。彼等が人としての心を持っていれば、余計な捜査に入り込んでこなければ……。

 探偵が父の責任を暴かなければ。

 探偵が作家としての母の名誉を傷付けなければ。

 探偵が姉のストーカーの手伝いをしなければ。

 家族のことを考えているうちに、家庭以外に壊された大切な人のことを思い出す。

 探偵がいなければ、美伊子が誘拐されて僕の周りから消えることはなかった。今も美伊子を探しているが、手掛かりが全く掴めない。

 今日も、近くで歩いていればよいのにな、と叶わぬ願いを抱いて、首を振り回す。


「あっ、部長」


 美伊子の兄である達也部長が目の前を通り過ぎた。店の中で何をしているのかと気になって、呼び止める。


「おお。氷河じゃねえか。今日も明日の買い物か?」

「そうなんですけど……部長はどうしたんですか?」

「いや、風呂場の明かりの電球が切れちまってな。ちょいとここまで来た訳よ……」


 この周りに並ぶは野菜や肉、魚など。どう思えば、電灯を食品と勘違いするのだろうか。それとも食べるつもりだったのであろうか。


「部長……電化製品は入り口の方です」

「えっ?」

「えっ、じゃ、ありませんよ!」


 彼が迷い、僕に助けてくることも読めたので取り敢えず、その場所まで案内しておいた。僕と同じく「Vtuber研究会」に所属する二年男子高生であり、部長でもあるのだが、適任と言えるのかどうかは分からない。天然なところも多く、ちょくちょく部活の存在すら忘れていることも多い。

 まぁ、ここ最近、何かと事件に巻き込まれることも多いし、そちらの方に気が行って、僕も部活のことをおざなりにしていることが多い。だから、人のことは言えないな。

 そうして電化製品が売られている場所まで進むと、彼はスマートフォンを取り出した。スマートフォンに撮ってあった電球と売られているものが同じものかどうか確認しているのだ。

 僕も似たようなものを買う必要があったか、メモを見る。暖房のリモコンに使う電池がなかったことに気が付き、幾つか籠に入れることにした。

 一応、最低限必要なものは籠に入れた。これ以上買っても財布の中に入っているお金をアウトする可能性もあると考え、僕はレジの方へと向かうことにした。

 突如、近くで何かがバンと何かが床にぶつかる衝撃音が響いてきた。近くの棚からバタバタとものが落下する音も聞こえてくる。トイレの前にある通路の方から、だ。

 何が起きたのか……? 僕が何だか腹の調子が変になり、不安がっている最中、部長がふと呟いた。


「なんだ……? 誰か倒れたか?」


 僕の頭にふと倒れた人の姿が浮かぶ。最近よく目にするのだ。誰かが貧血で倒れる姿やら、血を吐いて気絶している姿やら。

 そうだとしたら、早い手当が必要だ。命に係わることもあるだろうからと僕は部長の全速力についていく。

 どうか大変なことになっていませんように。

 そう願うのが功を成したのか。倒れていただろう人物は落ちていた紙おむつやら介護用品やらをどけて、何とか立ち上がっていた。

 無事だったことは良いものの。僕はその人の正体に別の意味で驚いてしまった。

 僕達の知り合い。そして、探偵を名乗る女子大生の恵庭えにわ知影ちかげさん。彼女は今一度何かにつまづいて、スッ転びながら僕を指差していた。


「ちょっ!? アンタ達!? 何でいるのよ!?」


 それはこちらの質問だ、と思いつつ僕は返答する。


「いや。普通にスーパーですから。僕んち近くの。そりゃ、知影探偵の通ってる大学内とかだったら、高校生の僕達が現れて……驚いてもいいと思いますけど……何でこんなところに……」


 いや、まぁ、僕も彼女がいきなり出てきたのは驚いたけれど。それは彼女がこのスーパーを利用するとは思っていなかったからだ。

 見掛けるのもこれが初めてである。

 僕達が疑念を持ちつつ、辺りのものを片付けていた。彼女も姿勢を低くしたまま散らかったものを拾い上げる。

 そうこうしているうちに、彼女がトイレで転んだ理由とスーパーに来た事情を説明してくれた。


「買うものがないし、って歩いてたらトイレに行きたくなって。一応入って……トイレから出て、そのままここを通り抜けて、出口の方に出ようとしてたんだけど……」


 僕は店内の見とり図を頭に思い浮かべつつ、頷いた。


「何か転んだって訳ですね」

「ええ。全く……話題のバズりそうなお菓子が何処のスーパーでも売り切れで挙げ句の果てに転ぶなんてアンラッキーにも程があるわよ!」

「ああ……そういう理由があったんですね。知影探偵らしい」


 知影探偵が転んだ場所をこの目で確かめておく。何かの呪いかとは思っていない。SNSにのめり込んで前方不注意だったならまだしも、何も持っていない知影探偵が何の理由もなしに転ぶとも思えない。

 つまり何か原因がある。

 そう疑った結果、地面が濡れていることに気が付いた。何かを拭いたような痕跡が残っている。そのせいでツルツル滑るのだ。

 知影探偵の不注意が悪いだけではない。それが分かった部長は「お気の毒に」と言って、まだ床に座ったままの知影探偵に手を伸ばす。

 しかし、彼女はその手を受け取らず自分で立ち上がって「ごめんね、男の子にはまだこの肌を触らせられないの」とのこと。

 全く高いプライドをお持ちのよう。

 こういう彼女が探偵として現場にしゃしゃり出てくるのだ。その推理で辺りを混乱させるものだから、どうしようもない。

 だから僕は近いうちに彼女を挫折させようと企んでいる。

 その方法は依然として分からないままなのだが。

 結局自尊心は高いものの、こちらの買い物が気になったよう。こちらのレジが終わるのを部長と共に待っていた。


「まっ、さっき片付けを手伝ってくれたし」


 彼女は会計を済ませた荷物とエコバッグを僕から奪うと、サッカー台にて慣れた手付きで商品を入れ始めた。

 部長は案内のお礼だと袋に詰めた氷を持ってきてくれた。いや、冷凍食品は入ってないのだが。断るのもなんだか申し訳ないのでいただくことにした。

 ふと思う。

 助けてくれる人がいるのだから、案外僕って幸せなのかもな、と。

 暖かい何かが僕の心に纏わりつく。そう思っていたところに何発か花火のようなものが外で鳴り響いた。

 知影探偵は首を傾げている。


「今日、近くでお祭りなんかあった?」


 部長も僕も首を横に振ろうとした最中だった。すぐそばにある店の入り口から黒い覆面を被った不審な輩が三人、駆け込んできた。

 奴等は僕達が驚くのも待たず、叫びだす。


「命が惜しけりゃ、金を出せっ!」

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