Ep.2 探偵が終わったら、捕まえてやる(終)

「な、何だって」


 頼る情報が殺人鬼の彼女でしかない。そう易々と殺人鬼の話を真に受けたくはなかった。今まで自分が何か月も掛けて手に入らなかったのにどうして彼女が、と悔しい思いもあるし、殺人鬼が適当なことを言っている可能性もあったから。た

 ただ……今まで、ユートピア探偵団、特に自ら退団したと言う一員、アズマの行動を見る限り、殺人鬼の言葉が正しいとも考えられてしまうのだ。

 美伊子が連れ去られ、優しかった先輩が殺人を犯すきっかけになったアズマの奇行。それだけの悪事をする動機が「世界を破壊したいから」と言うのも納得はできてしまう。


「世界を破壊したいから……破壊の邪魔になる優しい人を陥れているってことか?」


 僕の問いに彼女は辺りを見回してから、顔から紙袋を取った。そこには、悠然とした女の笑顔がある。その余裕そうな表情には腹が立つ。今すぐその顔を壊してやりたいという衝動に駆られるも、今は情報を提供してもらうことが先だった。

 だから彼女が口を開けるのをただただ何も考えずに待っていた。


「そうだよねぇ。表の探偵はいい顔をしているけど……裏の探偵、アズマって人みたいな裏で活動している探偵は、優しい人達の生き様を裏で滅茶苦茶にしてるって話よ。優しい人達は自分がやる偽善の邪魔になるからってことで、ね」

「……つまるところ、ユートピア探偵団の目的はアンタの逆ってことか」

「うん……何もしてない優しい人に危害を加えたり、意味のない犠牲を作ったりなんて、許せない。だからわたしも思ってる。このユートピア探偵団を潰してやるって」

「お前は手を出すな!」


 彼女はきっと相手の命が大切だとはこれっぽっちも考えてはいない。探偵団の人に家族がいるとも想像せず、殺しをする。

 僕は盛大に相手を睨みつけるものの信念を壊すことはできなかった。


「嫌だ。わたしはわたしのやり方でやる! 今の情報だってそうだよ。裏社会を知るわたしだからこそ、手に入ったものばかり。君一人じゃ一生無理無理」

「うう……!?」


 そう言われると、かなり苦しい。裏社会とはなんたるかをほとんど知らない男子高校生には殺人鬼と同じ調査方法ができる訳がないのは僕自身が一番分かっている。


「そしてユートピア探偵団に捕まってるアンタの大切な友達も一緒に殺してくるね」


 しかし、引き下がる訳にはいかない。僕は地面を強く蹴り付け、彼女に飛び掛かりながら、叫んでいた。


「そうはさせるかっ! ここでお前を捕まえる!」


 そう断言するも彼女はまた僕の攻撃を横に受け流す。僕が倒れた隙に紙袋の中に顔を突っ込んだ。それから夕陽に吸い込まれるように走っていく。

 立って追い掛けようとしても、もう遅い。彼女は近くに停めてあっただろうバイクを使って逃げた。

 どうしようもなく、僕は立ち止まる。

 ここではもう体は動いてくれなかった。代わりに頭の中だけで物事を整理する。

 ユートピア探偵団は表では世間一般の探偵職務から殺人事件の解決までをやってのけるよう。知影探偵もユートピア探偵団に憧れているみたいだが、たぶん表の顔に騙されているだけではないか。

 裏の顔がある。

 殺人鬼の言う通り、世界を破壊しかねん探偵の意思がある。優しい人を全滅させていく、理不尽すぎる計画が……。しかも相手は探偵と来た。もしかしたら、だが探偵としての職務を使い、殺人を行ってくるかもしれない。

 刑事には信頼されているから、疑われる余地はない。ただただ自分の殺人を無実の人間に擦り付けることもできるのではないか。

 実際、僕と美伊子がユートピア探偵団のアズマに会った時もそうだ。奴は警察からの信頼を振り回して、美伊子に罪を擦り付けていた。たぶん、アイツらにとっては美伊子は優しい人間だったのだ。

 美伊子が素敵で前向きで何より僕を想ってくれる素敵な女性だったから。僕の苦しみを聞き取り、犯人へ叫んでくれる子だったから。

 アイツらの勝手な怒りに触れて、捕まったのだ。

 これ以上優しいことをされると、探偵行為をされると、探偵団の活動に支障が出るから、と。


「待てよ……」


 思考をまとめている間に疑問が埋もれた。あの中で本当に美伊子が探偵として優秀だと分かるシーンは幾つあったか。推理ショーに関してはほとんど僕が仕切っていた。だから、彼女が「探偵として優秀か」はあまり分からないはず。

 ……いたのではないか。

 今まで美伊子と僕に接触してきた人の中で美伊子が「ユートピア探偵団より優秀で、邪魔をする可能性がある探偵」と告発した誰かがいるのだ。

 ……今のところ思い当たらない。たぶん、今心の中で綴られてきた文字や名前の中にそいつはいないかも、だ。

 しかし、近くにいることは確か。アズマに美伊子の情報を売った誰かが……存在する。意外と身近に歩いている人かもしれない。

 そうやって僕は僕の方法でユートピア探偵団の情報を集めるしかない。そのアズマに関係している人を探し出し、アズマの居場所や美伊子のことを尋ねてみよう。


 そして、ユートピア探偵団を調べていればまた何処かで出逢うだろう。あの殺人鬼とはまだまだ縁は切れることがないのだと思う。

 スマートフォンを使って通報はしておいたが、捕まる可能性は低いであろう。例えば警察も知らない裏社会の良い逃げ道があるとか、ね。でなくては、あの殺人鬼も余裕綽々にはいられないだろうから。

 ……また誓う。絶対に殺人鬼もユートピア探偵団も捕まえてやる、と。

 探偵が終わったら、あいつらを捕まえてやる。僕の誇りと信念に懸けて。


「僕は負けないからな。探偵を全て全て、終わらしてやる。僕が助けられなかった人たちの為に。僕が救おうとしている人達のために。そりゃ、時々挫けることもあるだろうけど……何度も何度もこれからも転ぶだろうけど……この怒りだけは決して消えることはないからな。覚悟しとけよ! 探偵団!」


 探偵が終わったら、死んでやるの信念がここまで変わったのだ。僕はまだまだ前を歩くことができる。

 亡くなった人達の無念。そして優しかった犯人達が苦しんできた証、皆、僕に乗せて。

 世界を平和にするまで、一緒に歩いていくから。

 知影探偵の励ましも、部長の頼もしさも、赤葉刑事の努力も、美伊子の優しさも……僕は忘れないからね、絶対に!

  


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る