Epilogue.3 悪の探偵と正義の殺人鬼
Ep.1 待ってるよ。君が殺すの。
黒川守が起こした事件は、犯人の死を以て終わりを告げた。世間もこれで安心かと思っているようで、繁華街が賑わっている。勿論のこと、彼が最後まで憎んでいた交通ルールを破る輩は消えていない。今日も今日とて、やりたい放題。奴等は自分のために生きている。
僕は学校の下校中に自転車を引いて、河原の近くを歩いていた。
彼の自殺をどうして止められなかったのか。考えながら溜息を何度も何度もついていく。警察の人も経験がある人間ならば気付いていたはず。犯人が死ねば、万事解決。そう思ってわざと人に伝えなかった人がいると言うのか。
いや、それ以上だ。やはり警察の中にあの殺人鬼と同じ考えを持つ人間、いや、協力者が存在するのかもしれない。そう考えると気が重くなる。アイツを否定するとなると警察の一部も敵に回すこととなる。
探偵としての行動だけではない。警察の捜査だからと言ってこちらのプライバシーに踏み込んで普通の日常生活を送ることすらままならないんじゃないかと不安が込みあがってきた。胸を抑え、この地面を踏みしめる。
「……アイツ……」
想像の中にいる殺人鬼を思い浮かべた。アイツが何よりの元凶なのだ。アイツが間違った正義を振りまいているから、だ。
恨みの念を込めていると、後ろから言葉が投げ掛けられた。
「あっ、恨んでるのって、わたしのこと?」
「……お前っ!」
素早く振り返る。そうでないと何をやられるか分からないと考える感情が、恐怖が僕を動かした。急いで距離を取り、自転車を彼女の方へと倒す。一緒に巻き込めば、と思えば良かったが。無駄だった。
「おっと、危ないよね……」
紙袋を被った彼女は一歩足を引き、避けていた。この殺人鬼を通報しようと思ったが、生憎倒した自転車の前かごにスマートフォンを入れてあったのだ。自転車の下敷きになっている。倒して取ろうとすれば、その隙に彼女は逃げてしまう。そうしたら、また彼女の正義が殺人を起こすだろう。
仕方ない。通報は一旦、諦めるしかない。彼女には今、伝えたいことがあった。もしかしたらそれが彼女の殺人を止める鍵になると思っている。
「……半月ぶりか?」
「早いねぇ。わたしが起こした連続殺人から一か月。幽霊橋殺人事件から半月……
「……そんなのは今どうでもいい。よく聞けっ!」
「何?」
殺人事件が終わってから姿を全く見せてこなかった彼女。あの日から溜めていた怒りを吐き出す時が来た。
「お前の正義は間違ってるんだっ! アンタは黒川の情報に踊らされてただけじゃねえかっ! お前は単に黒川の嘘を真に受けて、殺意を抱いた」
「だから?」
「黒川の本質をお前は読み間違えてるってんだっ! どういうことか、分かるよな? お前のそんな探求力じゃあ、優しい人も勘違いして、誰かが嫉妬で吐いた嘘を真に受け、殺しちまうことがあるってことだっ! 現にアンタはあの館で関係のない人を手に掛けているだろっ!」
「痛いところ突いてくるね」
言葉には余裕がある。まだ追い詰め方が足りないのかと僕は言葉を出す喉に力を入れた。
「つまりはお前は自分の理想郷なんて作ることはできねえんだよ! 言っとくが、そんなものに頭から協力する気はないが。もし、あったとしても、お前にだけは任せられないな」
「……それが答え?」
たぶん、今の言葉が「探偵として人に害を与える人間を、殺人のターゲットを探しなさい」の解答になっているだろう。
僕は大きく首を縦に振った。
「……お前の作った理想郷はさぞ、美しいだろうな? 血みどろで、そこでは誰もが勘違いで人を殺してっ!」
そう目を瞑って叫んだところだった。彼女の身のこなしを忘れていた。彼女は僕の背後を取って、肩に手を当てる。
顔を真っ暗にして嘲け笑っていた。手の感触はこちらの心臓までもが凍り付く程に冷たい。同時に息苦しさも覚えてきた。当然だ。呼吸を止めていたのだから。
彼女の匂いを吸ってはいけない。直観がそう言っている。
「ふふっ……じゃあ、完全に君とわたしは敵なんだね……面白い……! 面白いね! 見せてあげるよ。間違いだらけだったとしても選ばれた人間なら大丈夫だって。証明してあげるから、待っててね」
「誰が待つかよ」
「けけけっ! 何言ってるの。アンタは思うでしょ。大事な人が死んだのを目の当たりにして、絶望して。わたしと同じことを考えるようになるんじゃない。そうだよ。きっと、わたしを殺して、わたしに協力していた人を殺して、原因になった人を殺してぶっ殺して潰し殺して刺し殺して握り殺して殴り殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺しまくって、そしてそしてそしてそしてそしてそしてそして、君が君が君が君が君が君が君が、わたしがわたしをわたしの、わたしの望んだ理想郷に連れてってくれるって……」
「悪いっ!」
「きゃあ!」
いけないことだとは分かっていたが。彼女の顔を爪でひっかいて、振り払う。彼女は本格的に狂っている。こうでもしなければ、肩の骨が砕かれそうな気がして、怖くなっていた。今もまだ体の震えは止まらない。
彼女はどうやら何処にいるか分からない幼馴染の美伊子を殺し、僕に復讐をさせようとしているらしい。そしてその殺人こそが、彼女にとっての理想郷になると。
「馬鹿らしいな。そんなことは絶対にしない……!」
「強がって可愛いね。でも、そう断言する人程、するんだよ。間違ったことを何度もするんだよ」
「……アンタより先に美伊子を探せば、そんなことをする必要すらないだろう」
「あらら……そっちで考えてたか。面白いね。美伊子って子が死んだ時、どうなるかなぁ。楽しみでたまらないなぁ!」
「無理だ。だってお前はゼロ……だろ? 情報なんてまだ持っていないだろ?」
そう言ってみせた。そう。僕は彼女よりも事実を知っている。彼女の死にアズマと言う探偵が関わっていることも。それがユートピア探偵団と関係があることも。
まだユートピア探偵団の人達は忙しいのか、電話でさえ交流できない状態。きっと彼女も同じだったはず。
過信する僕に彼女は言葉を紡ぎあげた。まるで僕が今まで積み上げてきた努力を全て否定するかのように。
「……ユートピア探偵団……それは世界の破滅を企む探偵達が集まった組織。皆、いい探偵団と勘違いしてるって話よ」
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