Ep.10 キセキ
『頭を抑えた日、そのまま意識を失って……次の日に亡くなった。だから……その日から、どうして妻が亡くなったのか、調べ始めた。頭に衝撃が加わった理由……体が傷だらけだった理由……彼女が亡くなった次の日から俺は悪になった……』
たぶん……彼はわざと周りから悪と見
そういう人達は闇の世界でおのずと自分が振舞っていれば集められる。BARや動画サイトでゲーム好きと豪語すれば、ゲームを愛する者達が集まって来るように。
「……アンタは自分で妻に暴力を振っていた、と言ったのか? やってもいないのに、その罪を?」
『そうでなきゃ、アイツらの世界に近づけなかったからな。訴えた後行方をくらました当たり屋の男と、妻を襲ったのが誰かと言うのを探せなかったからな』
「で、アンタはその世界に入って、見つけたのか……?」
『ああ。当たり屋の男は居酒屋で……こっちが誰だとも知らずに自分から近寄ってきたよ。自分と同じ臭いがするだとか言って来て。そこから情報を貰ったんだ。その男とまだ滝川は付き合いがあったみたいでな。その男に話してたそうだ……武勇伝のように妻に自転車をぶつけたことを……!』
「……滝川が……」
黒川の姿が見えずとも、怒りのオーラは伝わってきた。
『息子を嘘の証言で陥れ、ついには妻まで殺したと言ってもいい。ぐううう! そいつだけは許せなかったっ! 俺の……妻の、息子の人生を全て奪った奴等に……』
「そいつらが見つかったから犯行を……?」
『ああ……ただ、それだけじゃない。あの当たり屋が死んだからだっ。アイツが死んだのを知って思った。ああ……悪は死ねと天は告げているのだ……と。だから、今回は俺が裁いてやったに過ぎん!』
復讐に燃える彼。悪は死ね、か。その言葉が僕の持っていた怒りを更に刺激した。言ってることが外で誹謗中傷の張り紙をしている奴等と同じではないか。
人が死ぬ。大切な人が消えてしまう。美伊子が僕の前から消えたあの日から、僕は知っている。息子に死なれた家族は、友を死なれた友人はどんなに辛いかって。どんなに苦しい思いをしたかって。
美伊子なら言っていただろう。「アンタも同じことをしたんだっ」と。
僕も言うよ。
「んなの、ただのお前の傲慢な正義だっ! まるで自分の復讐だけしか興味がない! 最低な大人だっ!」
『黙れ青二才がっ!』
「何っ!?」
『若造。貴様に分かるのか。目の前が真っ暗になる感じが!』
「ああ、分かるよ!」
『じゃあ、分かるのか! この世の人が敵に見える辛さを!』
「敵……!?」
僕は思っていなかった。美伊子がいたから。後ろに部長がいたから。敵と認識していなかったから。
黒川は壁に拳をぶつけたかのような音を出し、叫んだ。
『妻が死んだ原因はスマホをしながら運転していた滝川のせいだ。ただ、アイツはたまたまぶつかっただけ。見ろ! この世界の全てを! 並列、イヤホン、スマホ! 俺の妻が不注意で死んだと言うのに。何人も死んできていると言うのに、誰も気をつけやしないっ! 止めやしないっ! 誰も自分だけが快適に過ごせばいいと言う! もう……誰に復讐すればいいんだ……!? 誰を信じて生きればいいのか分からないんだっ! どうしてくれるんだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』
僕の体にあった力が全て消えていく。ああ、そうさ。誰もがアンタの標的だ。皆が知らず知らずのうちに犯罪を起こし、恨まれることをしながらも生きている。
しかし、だ。
希望はある。
僕は彼には見えていないだろう部長を指差した。
「います」
『ぐっ! うっ!?』
少々変な反応をするな、と思いながらも黒川に僕の言葉で希望を叩き込む。
「大切な先輩は考えてます。この人は失敗しながらも、迷惑を掛けながらも、一つ一つ反省しています」
「えっ?」
照れてる部長に対しては褒め倒してやろう。
「悪は正せば、綺麗な正義に変わるんだ。一つだけ、言わせてくれ」
僕は壁を叩いて、言葉を続けた。
「世界はまだ汚れ切っちゃいないんだっ! まだ……アンタが綺麗な心で望んでいた世界もあるんだよっ!」
そう言い切って、一息ついた頃。少々荒い息がインターホンから聞こえてきたかと思えば、何かがドシリと床にぶつかる音がした。
その後、彼の声どころか息すらも、こちらの耳に流れてはこない。
何が起きているのか。脳みそが潰されたのと同等。何も考えられなかった。部長の方が反応は早く、こちらの袖を引っ張った。
「なぁ……何かやばいぞ……中で気持ち悪くなってんじゃないのか……?」
「ああ……」
「こうなれば考えてる暇はねえ!」
彼は石を片手に近くの窓ガラスを打ち破った。ガラスが飛び散り、部長に降りかかる。彼は手にできた切り傷をどうでもいいというように唾でも付ける。それから割れたところから手を伸ばし、中から窓の鍵を開けていた。
彼と僕が同時に洗面所へと入っていき、インターホンがあるであろうリビングを探し、奔走した。
まだ、彼を助けられれば。
そう思うも血が滴った床とそこに散らばった錠剤を見て、僕からも生気が失われていくような感覚を味わった。血の上に倒れている渋い中年の男は目を瞑り、白髪混じりの毛を紅に染めていた。彼の綺麗な腕を触ってみるも、もう脈もない。手遅れだ。
僕は自分の手を確かめた。血が付いている。いや、実際にはないのかもしれない。だが、僕の今にはそう見えてしまう。だって、彼は僕が殺したんだもの。
「……なんてことを……僕は……」
「氷河……」
部長が困惑する中、廊下が少しずつ騒がしくなる。誰かがこの家へと入ってきた。顔を上げると、二人の見知った顔がいた。
赤渕眼鏡の赤葉刑事。
そしてスマートフォンを片手に持って佇む茶髪の女子大生。知影探偵だ。知影探偵は僕と死体を目にするなり、顔に手を当ててなんともやりきれなさそうな顔をする。見てるこちらが更に鬱々しくなる。
「……まさか……嫌な予感がすると思ったら……止められなかった」
「えっ?」
知影探偵の言っていることがいまいちよく分からない。彼が死ぬのが分かっていたような口ぶりではないか。
そんな疑問にすぐさま返答してくれた。
「……赤葉刑事から訊いていた身辺整理……それって……引っ越しだとみんな、思ってたけど違ってたとしたら……。違ったとしたら……自殺の前振りだと思ったの……復讐を済ませたら、家族の元に行くつもりだったのかも……」
「ああああああああっ……!」
僕は自分が予期していなかった事態を指摘され、奇声を上げていた。その考えもあったのに。自分は自分の信念を通そうとするばかり、忘れていた。
やはり、間違いない。自殺の後押しをしてしまったのは、僕だ。追い詰めて、殺したのと同じ。自分の愚かさによって、目の奥に溜めていた涙が溢れてしまった。
部長は知影探偵に何かを言っている。それを聞いた彼女がそっと僕の肩に手を当て、優しい声で囁いた。
「何もかもに絶望し、この世に生きる意味を失くした彼のことは誰にも止められなかった……君のせいなんかじゃ……ないよ。逆だよ……。きっと、分かってくれたよ。きっと、君が心から伝えたかった言葉で……彼は最期に希望を持つことができた。アンタがどうしようもない絶望から……希望に変えたんだから、自信を持ってよ……! お願いだからっ……泣かないでよ……ねぇ。君は胸を誇っていい人間なんだよ?」
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