Ep.9 幽霊の正体は……!?

 インターホンから飛び出したのは鼓膜が破れそうな轟音だった。


『お、俺が教えたっ!? だとっ!?』


 彼の驚きに僕まで心を乱されてしまう。僕は飛び出しそうになった心臓を飲み込むようなハラハラとした心持ちで推理を語っていく。


「……あっ、ああ……アンタが警察に話したことと矛盾があったから、な」

『何だっ! それは!?』

「女の刑事に言ったそうじゃないですか。『自分は被害者とは知り合いだった』と」

『そうだ! お前は俺と滝川って奴の関係を否定できるのかっ!? 誰だってできるまい!』

「ううん、知り合いだったことを完全に否定できる証拠は残念ながら見つからなかった」

『そうだろうっ!』


 相手が完全に油断しているようなので、もう一つ発言をさせてもらう。知り合いだったことを強調するために喋った彼の言葉だ。


「でも、言いましたよね。『彼は声を掛ければ、止まってくれる』と」

『それの何が問題だって言うんだ?』

「問題ですよ。アンタは知らなかっただろうが、彼は登校している際にイヤホンをしていたんだ! これは被害者に近い人なら知っていた事実。逆に知り合いなら、何故知らなかったんだ?」

『そんな馬鹿なっ! 嘘をつくなっ! ヘッドフォンなんてアイツはしてなかったぞ!』

「ヘッドフォンじゃなくて、イヤホンです!」


 僕はインターホンに見えるかと思い、カメラにスマートフォンの画像を映してみせた。その画像は勿論、被害者の滝川さんが事件当時使っていたであろうコードレスのイヤホンだ。


『それが……その二つが……』

「どうやら、黒川、アンタは流行りのものにうといらしいな。今はコードで繋がっているものではなく、電波でスマートフォンから出る音を受信できるんだ。これが河原に落ちていた。きっと被害者が倒れた時、橋からその下に落ちたんだ」

『……うといからどうだと言うんだ!? それが俺に分からなかったから何だと言うんだ!?』


 最後の証拠に関する言葉の準備は完了した。犯人の黒川は事件当時、被害者がイヤホンを着用しているとは思っていなかったのだ。

 そこからポロシャツ男子の話を聞いてみると、妙なことが分かってしまう。被害者はイヤホンで曲を聞いていたことになる。

 黒川が滝川さんを脅すために放った「学校は何処だ?」との言葉。どうしてイヤホンで音楽を聞いている滝川さんに届いたのであろう。イヤホンを通す程の大声であれば、車に乗っていた人間もその声に気付いたはず。

 それ以外の方法を探そうとすれば、答えは実にシンプル。その日、イヤホンは使っていても聞いていたのは音楽でなかった。音楽のように歌が流れ続ける訳ではない「電話」だったのではないか。

 

「アンタは自転車に乗りながら、電話中の滝川さんに話し掛けたんだ。だから滝川さんは途中でアンタの声を聞くことができた」

『そんなの証拠もない妄言だ……! いい加減にしろ!』

「まだ、全く気が付かないようだな」

『あんっ!?』

「電話なら相手がいる……と思わないか?」

『い、いたなら何故名乗りでない!?』

「幽霊がいたから……じゃないかな?」

『は、はぁあああああ!? ど、どういう……ああっ!?』


 彼はひとしきり叫んだ後、沈黙した。きっと真実に気付き、インターホンの向こうで固まって動かなくなったに違いない。さて、そろそろ楽にしてあげようか。


「……その電話相手は幽霊を怖がって引き籠っている相手じゃないか。そう、だから今まで名乗り出ることはなかった。犯人何かじゃない。幽霊だと思っていたから。幽霊の声が聞こえたから怯えた……警察に頼れなかった。まだ警察の捜査は行ってなかったが、もしかしたらその電話相手が言うかもしれない。あの時聞こえた『学校は何処だ!?』の言葉がアンタの声と同じだってなぁ!」

『そ、それは……』

「違うと言うのなら、教えてくれ。滝川さんとどのように知り合ってどういう風な話をしてきたのか!」

『ぐっ……うううううっ!』


 相手の苦しそうな声と共に思いきり壁にぶつかった音が聞こえてきた。犯行が全て暴かれたことにショックを受けたのだろうか。

 彼は続けて、言葉を吐く。


『ああ……教えてやるよ。滝川宗一という男とどうやって出逢ったかを、な』


 僕はまだ油断ができないかと唾を飲む。


「……どうなんですか?」

『……滝川宗一とは数奇な運命だったよ。まさか息子の裁判でわずか七歳との証人として出てきたんだからな』


 ただ、違った。彼は動機のようなものを吐き始めた。その言葉は重く、被害者達に対する憎悪しか伝わってこない。


「む、息子の裁判……? 十年前に亡くなった……って言う息子の、か?」

『ああ……息子はトラックの運転手だったさ。中学卒業して、高校にも入らずに運送会社で下積みを得て、そのまま運送業者に入ってな。あいつながら、誇りを持ってたよ。運転の仕事にな……』

「その途中で何かあったのか……?」

『一か月前にあの橋で死んだ男を知ってるか?』

「あ……ああ」


 何故、その男のことが出てくるか分からなかったが。ふと思う。もしかして、何か危ないことをしていたのではないか、と。

 答えは合っていた。


『当たり屋、だったんだ。わざわざ夜に見にくい恰好で道路に飛び出し、それを運転手側のミスだと訴える。そんな性根の腐った人間を息子は不幸にも轢いてしまったんだ。全くあいつには過失なんてないっ! アイツが外に出てきたと息子は死ぬ間際まで言っていた』

「……と、すると裁判での滝川さんの証言は……」

『金か何かにつられて、作り出した偽りのものだろ。そんな発言と金にくらんだ他の人間共がいたせいで……裁判に負けたせいで……アイツは生きがいにしていた運転免許を没収され、運送会社も首にされ……気付けば妻が買い物に行っている最中……自室で首を吊って……うわぁああああああ!』

「……ううっ!」


 何と酷いことであろうか。殺人は絶対にいけないと分かるのであるが、どうしても黒川の感情も考えてしまう。

 理不尽に、一方的に自分の好き、個性、生きがいを奪われた自分の息子。その死に様を想像していた。

 更に悲惨なのはここから続く、悲愴な運命と巡り合わせだった。


憔悴しょうすいした妻と苦しい生活を送っていた。何の希望も正義もないただただ空白ばかりの日々を、な。でも、それも数年前に終わった。妻が突然、頭を抑え始めたんだ……』


 妻。そこで少々の矛盾。女殺人鬼の言っていた黒川守が妻に暴力を振るっていた、と「突然」の下りが違うのだ。

 それが意味するところは……たぶん……。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る