Ep.8 お前の正義が輝く時

 僕は重い足を動かしていく。今から、僕はこの殺人犯を責める者達の希望に応えようとしている。やるべきことを噛み締めなければならないと目をつむる。

 部長は言った。


「ひでぇ話だなっ!」


 僕も彼に乗じて頷いた。


「ですよね……酷い話です……やはり、探偵として戦うと言うのは」

「ああ……お前はひでぇよ」


 そうだよな、と頷いた。部長に言われずとも分かっている。僕が最低な人間だと言うことは。探偵として、人の姿をした物の怪として、人生を滅茶苦茶にする悪魔だとは。

 そうだ。前から言っていた。「探偵が終わったら、死んでやる」と。社会的にも、人間的にも、僕は足を止めるべきではないか。

 これ以上、探偵による犠牲者を出さないためにも。


「ええ……僕はとんでもないですよ」


 部長はそれに同意した。如何にも奇妙な形で、だ。


「そうだな。お前はまだ分かっていない。自分の凄さを、だ」

「えっ? ぶ、部長!?」


 頭の中に曇っていたものがこねくり回されたようで気が変になる。僕が混乱している中で部長は張り紙を取っては破りつけていく。それはもう暴れているみたいだった。


「こんな、滅茶苦茶な、誹謗中傷と、お前の、犯人に対する思いは違うっつってんだろ! お前は凄いんだよっ!」

「えっ」

「こいつらの正義とお前が目の前で知ってきた、調べてきた熱意は全く違う! お前は犯人に対して敬意を払ってるから言えたんだろ。自首させてでも!」

「……そ、そうなんですか?」

「自信を持てって! こんなのは正義の糧を振りかざしてる悪魔だっ! 人ってのはなぁ、罪悪感を持って悪を成したとしても躊躇ためらうが、正義の場合は自分が正しいと思ってるから、厄介なんだ。でも、お前は違う。たくさんの人と話して、自分の正義が正しいか。他の人もこれを望んでいるのか。そう考えて動いてるじゃねえか! 汚い正義なんかに流されるなっ! お前が持ってるものこそ、純粋で綺麗な正義だってことを認めてやるっ!」


 彼の勢いある言葉が僕の耳から喉へ、脳へと入り込んでいく。それはとても苦い味のするものでもあり、清々しさを感じる不思議なものであった。

 心の中で彼に「ありがとうございます」と伝え、僕は黒川の玄関にあるチャイムを押した。


『誰だ……』


 インターホンの機械越しに流れてくるのは重い男の声。そんな彼はこちらを警察だと思って用心しているのだろうか。ここで警察と偽るのもやはり悪い気がして、回りくどい説明をしてしまった。


「僕は警察から派遣された捜査官のようなものです。お話したいことがありまして、尋ねさせていただきました。黒川守さん……でいいんですよね?」

『ああ。何だ……? 何を尋ねる必要がある……』

「それはアンタが犯行を認めるか、どうか、だよ」

『なっ……!?』


 ここは正確に彼の犯行手順を説明していく必要があるだろう。


「黒川。アンタは親戚の車を盗み、登校途中の滝川さんの前に車を止め、彼を制止した。そしてボーガンで狙撃した後に車に戻って歩道に乗り込み、殺害した。ここまでは間違っていないか?」

『ふんっ、警察ではそう言ってるみたいだがな。滝川って子は、背が高くて俺の体格じゃあ頭をまっすぐ狙えねえって話だぜ。どうやってボーガンで頭の真ん中に撃てたって言うんだ? こちとら腰が痛くて飛び上がることもまともにできねえんだぞ』


 予想通りの反論が来た。彼にとって、それこそが自分が犯人ではないと主張できる一番の切り札だ。

 

「アンタは飛ぶ必要もなかった。ただ偶然生まれた状況に真っすぐ撃てば良かったんだ」

『何だって……!?』

「うちの頼れる相棒があったみたいです。ふざけてスマホ歩きをしてたら、近所の人に注意されたことが」

『あっ……!』


 相手も気が付いたみたいだ。きっとインターホンの向こうではさぞ、目を大きく開けていることに違いない。


「言ったんだろ? アンタは滝川さんに『お前の学校は何処なんだ』って」


 そう。滝川さんが止まった理由は一つ。学校名を尋ねられたから、だ。


『そ、それを何故……!?』

「一部の素行の悪い学生なら近所の人に言われることだろう。さっき言ったように、そんな人が身近にいて推測したんだ」

『ど、どうだって言うんだ! それを言ったからって! 何で止まることになるんだ!』

「最初、アンタはそれで滝川さんが気を引かれて、自転車を止めればいいと思ってたんだ。そう。その止めればいいが最高にいいシチュエーションを作り上げたんだ」

『……どうすれば、頭に当たるような状況ができると言うんだ……!』

「できるさ。アンタの手元と滝川さんの頭が同じ位地に来る状態が。そう一枚のシールで、ね」

『シール……!? シールがどうして頭を下げる理由になる!?』


 そう。それはただのシールではないから。個人情報が入っているシールだったから、だ。


「そのシールには学校名や出席番号が書かれてるから、なんだ! 滝川さんは生徒会長であり、偉い先生等には猫を被るような性格だったらしい。アンタに今の状況を学校に通報されては生徒会長としての立場として、マズいと思った滝川さんは急いで自転車の後ろに貼ってあるシールを取ろうとしたんだ。学校の個人情報が書かれているシールさえなければ、嘘でも何でも言えるからな。警察官とかとでも、身分を偽造することだってできる」

『犯人はボーガンを持ってるんだぞ。そんなことをやるより、真っ先に逃げる方が先じゃないか?』

「アンタは黒いジャンパーの中にボーガンを隠し持っていたんだ。ボーガンを取り出し、手元から作業途中の滝川さんが頭へ垂直になるよう発射したんだ!」


 さて、彼の切り札を破壊した。どう出るかと僕は緊張して、唾すら喉を通すことができなかった。


『……そう言う主張か……でも残念だな』

「何が残念なんだ? 黒川守。お前にも犯行が可能だと示したんだ」

『考えてみろ。確かに自分にもやれたと思うが、他の人がこの犯行をした可能性もある。証拠が出てないんだろ?』

「……そう思うか。今までの推理が無意味だと」

『まぁ、疑問に答えを見つけるよう必死に頑張ったみたいだがな。それだけは認めてやりたいが。俺を捕まえられはしないよう、だな』


 何だ。案外、こちらの努力も褒めてくれるではないか。では、もう少し称えてもらえるように頑張るか。


「じゃあ、見せてやるよ。今した推理が証拠を導き出す。決して今までの推理は無駄じゃなかったってこと。そして、アンタが教えてくれた真実って奴をな!」

 








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